第6話「魔族のハート、鷲掴ませていただきますわッ!(2)」


「オ~ホッホッホ! 魔族の皆々様のハート、しっかりガッチリ鷲掴わしづかませていただきましたわァ~ッッ!!!」


 魔国入りから3日後の昼過ぎ。

 首都グラナドの中心街で、私はを決めていた。




 その理由は、他でもない。

 私が開店した『アイスクリーム専門店』が超大盛況だったからである!


 店舗形態は、持ち帰りテイクアウト飲食専門の馬車屋台キッチンカー

 我がフォーンスターヌ領で作られた良質な『乳』を原料に、氷魔術専門のパティシエが仕上げた『ミルクアイス』を、お手頃価格の持ち帰りテイクアウト形式で提供したところ。

 地元魔族の皆さんから「うんめェッ!」「こんなの初めて!」と歓喜の声が次々に湧き上がり、評判が評判を呼びまくって、スタッフが盛り付けるそばから飛ぶように売れていく……こんなのもう高笑いが止まらないに決まってるじゃないのよッ!



 ――ああ、見える。


 特製アイスが1つ、また1つと売れるたび。

 チャリンチャリンと貨幣コインが溜まりゆく幻想イメージが――



 皆様、お買い上げ感謝ですわッッ!!

 召し上がったお顔がバラ色で何よりでございます!

 頂戴した代金以上にご満足いただけたなら、またのご利用お待ちしてますわねッ!





 ・・・・・・・





 軌道に乗ったあたりでスタッフたちに店を任せて休憩することにした。


 さっそく私は、近くの個室喫茶店へ。

 注文したのは、この店の名物だという『採れたてオレンジの生絞りジュース』。風味豊かで酸味のきいた冷たい果汁が、乾いた喉に心地よく染み渡っていく。


 2階の窓から馬車屋台キッチンカーの様子を眺めつつ、すっかり疲れてお昼寝中なハクトの柔らかで温かな翼を撫で、優雅な午後のひとときを楽しんでいると。後ろに控えるゼトが、呆気にとられた顔で呟いた。


「開店初日から売れ行きが凄いですねぇ……」

「あ~らゼト、驚いてるの? 手がプルプルしてるわよ?」

「そう、ですね……勿論ミル様の事業ですから、失敗なさるはずはないと確信はしておりました。ですが魔国と王国では食文化も異なると聞いていましたから、まさかここまで人気が出るとは…………あの店が繁盛すればするほど、私への特別手当ボーナスも右肩上がりに増え続けると思うと、内心では震えが止まらないほど動揺しております」


 なんだそっちか~。

 ま、私も事前に「過去最高額の特別手当ボーナスかも!」って煽ってたしね。


「ミル様は驚かないのですね?」

「だって始める前からこうなるって分かってたもの」

「え?! 想定なさってたんですか?」

「当たり前でしょ。魔国進出にあたって『決して安くない初期投資が必要だ』ってことは当初から歴然だったし……支出を無駄にしないためにも、魔国の実地調査や事業計画立案には“相当の時間と予算”を割いていたの。この出店までは当初の計画どおりなんだから、予測を外す道理もなくってよ!」




 私は今回の出店に先駆けて、『変化の魔導具』のテストがてら複数の調査員を魔国へと派遣し、時間と手間をかけて綿密に調査させ、そのすべてをレポートにまとめてもらっていた。


 魔国の情勢。

 出店に必要な土地や許可。

 魔族の食に関する嗜好。

 現地の物価状況などなど。


 これらの結果をもとに、各分野の専門家の意見も聞いたうえで『最終的な事業計画』を立案。必要人員や物資に関する手配も早いうちから調整していた。


 お客様はすべて魔族――好戦的な者も多い――ってことで、魔国に連れていったスタッフを選ぶ基準には「トラブル処理に慣れてる人」や「戦闘力の高い人」というのも加味したわ。


 最初の商品に『アイスクリーム』を選んだ決め手は、魔国首都グラナドに類似品が存在せず、かつ魔族の食嗜好や生活様式に合致するとふんだから。

 ほら、「需要ニーズがあって競合ライバルがいない新商品」って成功させやすいじゃない?




「ということでゼト。明日からはもっと忙しくなるわよ」

「お任せください!! 今日と同じく、とにかく売って売ってッ! 売りまくらせていただきますねッッ!!」


 ん? なんかウキウキしてるわね??

 そういえば確かに今日お店で私と一緒に売り子してた時のゼト、妙にテンション高かったような……



「……盛り上がってるところ悪いんだけど、もう店には出なくていいわ」

「なッ?! も、もしかしてそれがし、何かやらかしましたでしょうか?」

「ゼトはよくやってくれてたわよ。店の売上も絶好調だったしね」

「では何故ッ――」

「貴女の本職は『』でしょ」

「あ」


 “すっかり忘れてた”って顔。

 ゼトって普段はクールビューティなくせに、意外とこういうとこあるのよねぇ……まぁ見てて面白いし、ちゃんとやることはやってくれるからいいんだけど。



「今日はわたくしも売り子だったから、ゼトにも護衛がてら手伝ってもらっただけ。明日以降の販売はスタッフの皆さんにすべて任せるつもりなの」

「ミル様は店に立たない、ということですか?」

「ええ。まぁ顔だけはちょくちょく出すつもりだけれどね。今日の働きを見る限り、彼らなら上手く回してくれるはずよ。わたくしが店に出ないんだから、ゼトもこっちに付いてきてくれなくちゃ困るわ! だってはここからなんだもの……」


 ため息交じりに私が目を落としたのは、テーブルの端に山積みにした資料の束。



 魔国への出店。

 ここまでは私が直々に計画していたとおりなのだ。

 成功も当然である。


 ――だがは、あくまでこの後。


 今回はただの事業じゃない。

 失敗すれば私の命はもちろん、我がフォーンスターヌ伯爵家が存続の危機となるだろう。急きょ突貫で追加した部分の計画とはいえ、何が何でも必ず成功を掴み取らなければならないのだ。





 ・・・・・・・





 それから私たちは首都グラナドの街の各所を精力的に回った。


 基本はひたすら宣伝に尽力。

 うちの店はできたばかりだから、魔国内ではまだまだ無名。まず知名度を上げないことには、計画を“次のステップ”へ進めないもの。

 チラシを配ったり、試食してもらったり、現地の新聞に売り込んで広告みたいな宣伝記事を載せてもらったり……幸いにして「うちのアイス」はとにかく美味しいから、1度でも試食してもらえば魅力が伝わるってのは大きかった。ま、そうなるように開発したんだけど。


 同時進行で各種調整もおこなった。

 “出る杭は打たれる”とは良く言ったもので、急に人気店になると、面倒なことも多いというか何というか……長い目で見ると「やっぱりある程度は筋を通さなきゃ」ってことで、周辺の有力者や店に挨拶して回ったわ。

 一部の店では「資材や食材とかを卸してほしい」的な交渉もした。継続して取引してる相手なら、何かあってもそうそう無下にはできないわよね!





 ・・・・・・・





 ほぼ休みなく働き続けること1週間。

 経営するアイス屋へ、待ちに待った便が届いた。



 ――明日の午後3時。

 ――わらわへ“あいすくりぃむ”とやらを献上せよ。


 ――新月しんげつの魔王ノヴァルーナ



「……よっしゃァ~~ッッ!!」

「やりましたねミル様!」

「ピヨッピィッ!」


 思わずゼトやハクトと肩を抱き合って喜びあった手紙。

 それこそが“からの”だった。




 ――今代魔王は甘味スイーツに目がなく、城下町で話題の甘味スイーツを毎日取り寄せている。


 実は魔国での調査の過程で、こんな“噂”を耳にしていた。

 聞いた時は「ふぅん、そうなんだ」ぐらいの感覚で、そこまで気にも留めておらず。当初はここまで派手に魔国で事業を展開する気もなかったし。


 だけど“勇者任命神託”を受けた直後、「あれだッ!」と閃いちゃったのよ……!


 てなわけで、まずは魔国内で展開を予定していた中――服飾店とか輸入雑貨店とかいろいろ準備してたのよね――で「唯一の甘味スイーツ事業」だった『アイスクリーム店』のみに1点集中することにした。

 無事に開店してからは、ゼトとともに首都の各所で派手に宣伝。“需要にあった商品”を“ぴったりな方法”で宣伝すれば、ある程度の流行ぐらい簡単に作れるもの!



 こうして万全の準備を整えた私たちは、翌日、魔王城へ足を踏み入れたのだった。

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