第4話「カチコミますわよッ、魔王城!(3)」


 そもそも『魔族』とは、「本能のまま欲のままに暴れる獣『魔物』の特徴を色濃く受け継ぎつつも、『人間』に近い姿と知性をあわせ持つ種族」というのが通説だ。



 2年ほど前のこと。

 魔族の国である『魔国グラナトゥム』の王が代替わりしたらしい。


 ――新月しんげつの魔王ノヴァルーナ。


 交流のない我が国まで“風の噂”として流れてきたのは、「新たな王の名前」のみ。歴代と同様、謎に包まれた存在なのだ。


 だが少なくとも、普通の人間が挑んだところで勝てる見込みは薄いだろう。

 なぜなら魔族は魔物の性質を受け継いでいる関係とやらで、個体差こそあるものの総じて「戦闘力が高い」傾向にあるからだ。彼らの頂点に立つ以上、「今代の魔王も歴代同様に強い」と考えるのが妥当である。





「……とはいえ倒すのが不可能でも、取引ならば可能なはずよ。魔物と違って魔族たちには“知性”があるはずだもの。だからもし仮に『Win-Winな双方に利益がある形』で魔王と取引できるとしたら、きっと彼らはわたくしの強力な後ろ盾となってくれるわ! さすがに『魔王を味方につけた』となれば、ユベール王家だってわたくしや我が伯爵家を軽く扱えないでしょ? ま、別の外交問題とかは出てくるけれど……それを加味しても、試してみる価値は十分にあると思うの!」


 私が“計画の概要”を説明し終えたところで、シュゼットがゆっくり口を開いた。


「……ルミエラ様、本気……なのですね?」


 声が震えている。基本は動じることなく私の指示に従うはずの彼女が、明らかに恐れを隠しきれていない。


 気持ちは分かるわ。

 何も知らない状態で“同じこと魔王と取引予定”を言われたら、誰だって戸惑うはずだもの。それだけ魔王は恐ろしい存在であり、普通に考えれば私たちが潰されるだけ。本音を言えば私だって不安がないわけじゃないし……



 ……、私は満面の笑みを作る。

 それから目一杯の確信をこめて断言した。

 シュゼットに、そして私自身に言い聞かせるように。


「もちろん本気よッ! 我が伯爵家は存亡の危機なの。次期当主として、領民たちやお父様を守るためにも、これぐらい思い切らなきゃ乗り越えられない非常事態である――わたくしはそう判断したわ!」

「それは……そうですが……」


 歯切れの悪いシュゼット。



 まぁそうよね。

 私だって逃げられるもんなら、面倒事なんかポイッと捨てて、持てるだけの財産だけ掴んでとっとと逃げちゃいたいわよ……


 ……だけど逃げるわけにはいかない。

 だって私はなんだものッ!




「……ねぇシュゼット、これまでわたくしが失敗したことがあって?」

「いえ、ルミエラ様はいつだって、すばらしい成果を出しておられます……その御姿おすがたを、もっとも御傍おそばでこの両目に焼きつけてまいりました」

「ならばわたくしを信じなさい! 確かに今回は、いつも以上に危ない橋を渡ることでしょう。しかしわたくし自身が先頭に立つことで、例え想定外の事態になっても、その都度、軌道を的確に修正できるはずですわ……それに何かトラブルがあったとしても、シュゼット、貴女が守ってくれるんでしょ?」

「当然です! 例え地獄であろうと御供いたします! ルミエラ様には今後もこのシュゼットへお高いお給料を払い続けていただかなくてはなりませんからッ!!」


 ははは、シュゼットもお金大好きだもんねぇ……ま、彼女なら何が何でも雇い主を守ってくれるはず。期待してるわ。



「――ということでッ! カチコミますわよッ、魔王城ッ!!」

「はいッ!!」


 私とシュゼットは気合いを入れ直すと、計画の細部を詰め始めた。





 ・・・・・・・





 それからは追手に気づかれないよう「何台も馬車を乗り継いでは、そのたびに服を着替えて変装する」という流れを繰り返す。

 同時進行で、事前手配していた人員と合流し、必要物資を受け取るなど、計画の準備も進めていく。人数も徐々に増え「小さな商団」と呼べる規模まで膨れ上がった。



 移動する馬車内で夜を明かしつつ、移動すること数日。

 ようやく国境を越え『魔国グラナトゥム』へと入ることができた。


 ここまでくればそう簡単に追ってはこれないだろう。

 そもそも追手は完璧に巻いたはず。さらにこの何百年ほど、我が王国と魔国は表向き不干渉。例え私たちの行き先が気づかれたとしても、普通の人間族なら国境を越えることに二の足を踏むに違いない。


 だが魔国は魔族の領域ということで、“また違う危険”が待っている。

 私たちは気を抜くことなく、最終目的地である魔国の首都へと向かうのだった。

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