第1話「その最弱勇者、“人選ミス” でしてよ?」


「我が愛娘まなむすめルミエラよ。本日はをせねばならん」


 呼び出された私が執務室に入るなり、頭を抱えた父が不快そうに吐き捨てた。



 瞬間、私の顔にが走る。

 なぜなら彼は私の父である前に、“由緒正しきフォーンスターヌ伯爵家の現当主”という凄まじい重責を担う人物でもあるからだ。

 どんなときでも笑顔を絶やさないはずの父が、こんなに大量のシワを眉間に寄せて難しい顔をするなんてありえない……そう、でもなければ、ね。


 我が領内での重大事件?

 他の貴族との面倒な揉め事?

 取引先からの無理難題?

 それとも……


 脳みそだけはフル回転で心当たりを検討しつつも、声色だけは淡々とさせたまま「どんなお話ですか?」と聞き返してみる。



 一瞬、言いよどむ父。



 だが覚悟を決めたのだろう。

 私を正面から見据えると、神妙な面持ちで口を開いた。


「心して聞くが良い……ルミエラ、お前が『勇者』に選ばれたのだ――」


あ゙ァ゙ン゙?!」




 ――いっけない!!


 驚きのあまり思わずッ!

 小汚こぎたねェ声で叫んでしまいましたですわッッ――

 




「……こっほん」


 あざと可愛い咳払いで誤魔化しつつ、扇子片手に、取り繕った笑顔で返す。


「オホホホ……お父様。本日のご冗談、ひときわ冴え渡っておられましてよっ♪」

「違うのだァ~~ッッ!! 神託だよ神託ッ王家に神託が下ったらしいのだッ!」

「あら珍しい。何年ぶりかしら?」


 私たちが暮らすユベール王国の初代国王は「神託を受けたことにより即位した」との言い伝えがある。

 その子孫である直系王家の人間は、時折“神託”とやらを受けているらしい。以前読んだ歴史資料によれば、最後に神託があったのは私が生まれるよりも遥か昔だったと記憶しているけれど……


「とッ、とにかくこれを見てくれッ!! 王宮から届いたばかりの手紙なのだが、『“ルミエラ・フォーンスターヌを勇者に任命する”との神託を受けた』と言わんばかりの文面となっておるのだ!」


 焦る父が差し出した封筒には金色の封蝋ふうろう

 確かにこれは王宮の印章、それも王家のみに許された特別製。手紙の内容も父が要約したとおり……うん、面倒なことになったわねぇ。



「となればお父様、フォーンスターヌ家として対応はどうなさるおつもりですか?」

「そ、それは……ぐぬゥ、受け入れるより他あるまい!」

「ですわね。王家が受けた神託をないがしろにしたが最後、“異端者”とやらに即日認定されてしまいますもの」

「そうなりゃ我が家は破滅だぞ……クソッ王宮に巣食う金の亡者共めッ! これまで我が家が税金をいくら積み続けてきたと思っているのだッ!! 元はといえば我が領民が身を粉にして働き稼いだ血と汗の結晶だぞッ?! なのに奴らはどんどんどんどん要求額を増やしては私腹ばかりを肥やしやがってッ――」

「お父様。少々、口が過ぎましてよ」

「これでも相当遠慮しとるわッ! 彼奴あやつらだって知っておろうに。ルミエラは私にとって目に入れても痛くない最愛の娘であり、100年に1人と噂される稀代の神童、そして何より我がフォーンスターヌ伯爵家の次期当主に他ならんのだぞッ?! それを勇者なんぞに差し出すなど『死ね』と言うに等しい宣告……ありえん、誠にありえんわァ~~ッッッ!!!」


 あらまぁ完全にご立腹。

 珍しいこともあるものだわ。


「……お父様、あまり激昂げっこうされてはお体に触ります。それにお父様は誇り高きフォーンスターヌ家を率いる当主なのですよ。お気持ちは分かりますが……こんな非常事だからこそ、冷静に動かなくてはなりません」

「あ、ああ……ルミエラの言うとおりだな」 


 よかった、我に返ってくれたみたい!

 頭に血が上ったままじゃ、解決できることもできなくなってしまうもの。




「何にせよ、ありえないという点では強く同意でございます……お父様、『勇者』とは『人々を率いて“悪しき魔王”を討伐する者』とのことですよね」

「ああ。伝承でも、先の手紙でもそのように書かれておる」


 ――

 魔族が住まう『魔国まこくグラナトゥム』を統治する王の通称だ。

 その実態は謎だらけ。ただし弱肉強食な魔族の頂点に立つだけあって、「代々の魔王は恐ろしく」ことだけは確からしい。


「当時の魔王が我が王国へ侵略してきたのも、その魔王侵略者を先代勇者が討伐したのも、遥か昔の出来事だと伝えられております。それから早数百年、我が国と魔国は隣国同士でありながら原則“不干渉”を貫き、互いに平穏を保って参りました……にも関わらず、いきなり魔王隣国の王を暗殺しようなど、新たな戦乱の火種になるだけでございます」

「ふむ。我が国として『その昔に我が国を侵略した魔国は悪だ』との点を大義名分に上げられなくもないが、現状をふまえるといささか強引すぎるのは確かだな……」


 改めて手紙の文面を精査しながら、父が眉をひそめた。


「……それ以前にだ。ルミエラ、お前に魔王は殺せまい」

「ええ、残念ながらわたくしには“戦いの才”など1mmたりともございません。戦場の外から“司令”として戦略立案や指揮に徹するならともかく、前線に立って魔王を討つべき『勇者』として任命するなど、人選ミスにも程がありますわよ!」


「「はぁ……」」


 父娘そろって溜息が漏れるのも自明の理。

 これからを考え始めるだけでキリキリと胃が痛み出す。




 何を隠そう、私は割と“有能”である。

 自分で言うのもアレだけど、15歳の若さで大事な仕事を任されてるのは事実。

 かつて幼い私に“天賦てんぷの才”を見出した父は、金と手間とを惜しむことなく最高峰の英才教育を手配してくれた。私は嬉々として知識の習得に励み、今では『次期当主』として父の右腕を担う形で領地運営にも携わっている。


 とはいえ苦手な分野もいくつかあった。その1つが『戦闘術全般』だ。

 この国では子供の頃に最低でも「護身程度の戦闘術」を学ぶのが当たり前。だけど私は全然ダメ。どんなに魔術原理や剣術理論が完璧でも、潜在魔力量ゼロ&ありえない運動音痴じゃどう頑張っても無理だって……



 ……いわば私は“”だ。


 仮に勇者になったとしよう。

 相手は、あの魔王……直接戦えば99.99%死ぬしかない。


 ってか人事が酷すぎ!!

 私は「頭脳特化のスペシャリスト」やぞ?!

 適材適所があわァ吹いて倒れるレベルの“人選ミス”やろがいッ!


 いったい“神”とやらは、何を思って私を勇者に指名したのやら……




「……仕方ありません。ひとまずわたくしは“神託”とやらに従いますわ」


 ひととおり検討したけれど、現状の結論は変わらない。


「だがルミエラ。お前はたった15歳、今年成人を迎えたばかりだぞ。そんな若さでお前に死なれでもしたら、私は、私はッ――」

「あら、例えわたくしがこの世を去ったとて“エリクお兄様”がおりますもの――」

「馬鹿いうなッ! 奴に爵位を譲るなどッ天地が逆転したとて有り得んわッッ!!」


 私の言葉を遮ったのは、父の激しい怒声。

 かわりに場を支配したのは凍り付くような沈黙だった。



 ――“エリクお兄様”ことエルキュール。

 私の5歳上の長男で、たった1人の兄妹きょうだい……人。

 慣例に従うなら伯爵家の後継者は彼のはずだが、それも既に過去の話なのである。




「……失礼。冗談が過ぎましたわ」


 今のは完全に私のミス。

 父にとって“エリク”は最大の

 例えどんな事情があったとしても。



「いや気にするな! 思わず怒鳴った私も悪いさ……あんな寝耳に水の恐ろしい神託、動揺して当然だろ? らしくない冗談の1つや2つ口にしたって誰も責められやしないよ。ましてルミエラ、お前はまだ10代の若者なんだから」


 力なくも優しい口調で微笑む父。

 もう……娘には、でろんでろんに甘いんだから。




「そのことですが……ここだけの話、わたくし、死ぬつもりなどなくってよ」

「何ッ?! だがお前は神託に従うと――」

「“建前上の詭弁きべん”ですわ! だってわたくし、次期フォーンスターヌ伯爵家当主として最大限に生涯をまっとうするつもりですもの。やりたいこともまだまだ沢山ありますわね。我が伯爵家と領民たちの未来のために事業をさらに手広く展開したいですし、各地にあると聞く美味しいものだってもっともっと色々食べてみたいですし……そうそう、お父様への親孝行だって幾つも計画しておりますのよ?」

「ル、ルミエラァ……!」

「お父様、泣くのは後ですわ。今は時間が幾らあっても足りませんもの」


 かすれた声で「そのとおりだな」とつぶやいてから、父はこぼれ始めた涙を拭った。



「……してルミエラよ。いったいどう動くつもりだ?」

「前提として、現状の王家と我が伯爵家との力関係を考えれば、我々は神託に従うしか道はありません。ですからわたくしは『一時的に勇者の使命を受け入れた“”』を装って時間を稼ぎ、その隙に根本から問題の解決を図るつもりです。我が領地の運営状況をふまえると……半年以内には事を片づけたいところですわね」


 私は机から紙を1枚拝借し、インクを付けたペンで勢力図を描きつつ説明する。

 納得したらしい父は大きく頷き、言葉を続けた。


「となると私は何をすればよいのだ?」

「もちろんがございます。こんなのお父様にしか頼めませんわ」

「おお!! 遠慮なく申してみよ!」

「ではお言葉に甘えて……、くれぐれも宜しくお願いいたします」

「ん? 普段と変わらないではないか――」

「いえ大違いですッ!!」

「むむゥ??」


 ビシッと言い放った私の言葉に、父は首を傾げた。



「……お父様。あくまで一般論ですが、『貴族家の次期当主が死に、他に有力な当主候補が存在しない』と確定した場合、その家はどうなりますか?」

「決まっておる、様々な者に狙われるだろう。ある者は次期当主の座を狙い、ある者はそのおこぼれに預かろうとし……そんなゴタゴタの隙を狙って別の面倒事も数多く巻き起こること確実だ」

「それこそが今後の我がフォーンスターヌ伯爵家の姿ですわ」

「なッ……!」


 驚きのあまり目を見開く父。

 相変わらず、リアクションが豊かですこと。



「……そうかッ! 考えたくもないが、仮に我が家の次期当主であるルミエラが勇者として旅立ったとしよう。お前の戦闘力を知る者は『近日中にルミエラが死ぬ』と確信することになる……つまり我が家がターゲットとして狙われるという訳か」

「となれば『家と領地の死守』という役割の難易度も、恐ろしい勢いで爆上がりすることでしょう。さらに当面はわたくしが領地を離れねばならない以上、そちらのフォローもお父様にお願いしなくてはなりません」

「むゥ、今一度気を引き締め直さねばなるまい……しかし裏を返せば、この機に乗じて“”と“”の見極めも進みそうだな」

「お父様は理解が早くて助かりますわ、うふふ……」


 まるで鏡をのぞいたみたいに同じ顔で、黒い笑みを浮かべ合う2人。

 やはり私は“まごうことなき父の娘”なのである。

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