第2話「カチコミますわよッ、魔王城!(1)」


 神託を知らされた私は、すぐさま動いた。


 父と相談し、私不在時の領地運営体制を作り上げ。

 旅のプランを立てては、必要な物や人員を迅速手配し。

 各種根回しに必要な手紙を何通も何通も書き上げて。

 持てる手札をスピーディーにフル稼働した結果、その日のうちに準備は完了。


 休む間もなく馬車へと飛び乗る。

 “勇者の使命悪しき魔王の討伐”を、1秒でも早く達成するために――




「――ってのはッあくまで“ただの”ですわよッ!!」

「ルミエラ様、どういうことですか?」


 目的地へと進む馬車に揺られつつ、私の説明に臆することなく聞き返してきたのは、黒目黒髪の凛とした美人メイドなシュゼット。たっぷり布の黒ロングスカートのワンピースに、パリッとのりが利いたフリル付き白エプロンが今日もよく映えている。

 私が絶大な信頼を寄せる数少ない身内の1人で、今回の旅にも文句を言わずについてきてくれたのよね。



「だってわたくし、そもそも魔王を倒す気なんて1mmたりともありませんもの」

「それは既に伺いました。知りたいのは『なぜこんなにも早く出発なさったのか?』という点です。勇者任命の件を耳にしてから出発まで、わずか半日程度のことでございました……ルミエラ様のことですから、何か考えがおありなのでしょう?」


 ニヤリと頷く私。


「簡単にいえば『面倒事を最小限にするため』ですわ。仮にわたくしがあのまま我が家に居続けたとしたら、十中八九、次から次へと面倒事が押し寄せてきたはずよ」

「具体的にはどのような?」

「前提として我がフォーンスターヌ伯爵家には常日頃から敵が多いわ。まぁ貴族ならば当然なのだけれど……貴女もでしょう?」

「はい。ルミエラ様がそれがしを重用してくださる最大の理由でもありますから」


 シュゼットは鋭い眼光で答えつつ、馬車の外へと視線を向けた。


 彼女は表向き『ルミエラの専属メイド』となっている。

 だが実際のメイン業務は、もっぱら『護衛』だ。

 とにかく貴族というのは狙われやすい。

 金銭目当ての暴漢達、どっかのお偉いさんに雇われた暗殺者、人間の住処に紛れ込んで暴れる魔物……数々の危険から私を守り続けてきたのがシュゼットなのである。



「これまでは貴女をはじめ我が家に仕えてくれる皆が、わたくしやお父様を守ってくれていたわ。でも素直に“勇者”となってしまえばそうもいかないのよ」

「何が変わるのですか?」

「そうねぇ、まず同行者を勝手に決定されてしまうわね……手紙に書かれていたの。『選び抜いた強者つわものを、勇者の旅の同行者パーティメンバーとして近いうちに派遣する』、と」

「そ、それは……!」


 ハッと気づいたらしいシュゼットに、私はにっこり微笑み答えた。


「……ええ。よくて“監視者”、最悪は“暗殺者”、といったところかしら……特に今の王妃はわたくしのことを快く思ってはいないもの」

「これまでの刺客にも、奴らの差し金らしき者が幾人も混じっていましたしね」

「だからさっさと出発したのよ! 表向きは『1秒でも早く魔王を倒したいから』と各所へ根回ししたけれど、本音は『敵のまわもんなんざと仲良くできるわきゃねェだろッ』ってところかしら。わたくしの同行者は、貴女さえいれば十分ですもの……シュゼット、今回の旅は少々大変になるだろうけれど、どうかよろしく頼むわね」

「勿論でございます。ところでルミエラ様、大変ということはのほうも――」

「任せてちょうだい、特別手当ボーナスでしょ」

「はいっ!」


 キラキラ瞳を輝かせるシュゼット。

 彼女も私と同じでに目がない、信用できる。



 ――“Win-Win or No Deal双方に利益を、でなけりゃ取引不成立


 これは我がフォーンスターヌ伯爵家に代々伝わる家訓モットーだ。

 短期的になら値引き交渉しまくったほうが安上がりだけど、長期的に見ればかえって損することもある。労働であれ商品であれ「見合った対価を払う」ほうが断然メリットが大きい。お互いに納得できる取引じゃなきゃ、いっそ断ったほうがマシ。


 シュゼットに対しても例外じゃない。

 すんごく手厚い基本給に加え、何かにつけて特別手当ボーナスだって十二分に払ってきた。こんなに金払いの良い雇い主、国中を探してもそうそういないはずなんだよなァ!



「知ってのとおりわたくし特別手当ボーナスは、“働きにあわせた金額”で算出するわ。今回の件はいつも以上に危険だけれど、そのぶん利益も相当な金額になると思うのよねぇ……過去最高額が期待できるはずだから、貴女もガッツリ働きなさい!」

「はい喜んでッ! 早速いってまいりますッッ!!」


 張り切って叫ぶなり、ガバッとロングスカートをたくし上げるシュゼット。


「ルミエラ様はお夜食でも召し上がりながら、ゆっくりなさっててくださいね~~」


 スカート内に大量に隠されていたのは、シュゼット愛用武器の数々。

 太もものガーターベルトに仕込んだ小型刃物クナイを選び、素早く数本抜き取ると、走り続ける馬車から飛び降りて、猛スピードで後方へ駆け抜けていった。

 さながら獲物を見つけた狩猟犬のように――



「え、待っ――」


 馬車に取り残された私は、思わず固まるが……





「……まぁ、そのうち戻ってくるでしょ」


 彼女が急に消えるのは今に始まったことじゃない。

 何を見つけたかは気になるけれど、帰ってきてから直接聞けばいい。



 シュゼットは、ある東の小国で『ニンジャ』とか呼ばれている一族の出身らしい。時の権力者に仕え、諜報・戦闘・暗殺などの“汚れ仕事”を引き受けていたのだとか。


 そんな彼女と出会ったのは7年前のこと。

 諸事情で国を追われたシュゼットに出会い、なんだかんだで雇うことになったんだけど……あの時の私の直感、ほんと信じて正解だったわ。ほんとに良い働きをしてくれているもの。




「ピヨッ!」


 向かいの座席には1羽の白い小鳥。

 先程までその席に座っていたシュゼットが使役する『使い魔』で、名前はハクト。見た目は手のひらサイズの可愛い鳥だが、割と頼りになる存在だ。

 いつもどおりシュゼットが、“自分の代理の護衛役”として置いていったのだろう。



「ピィ、ピッピヨピィ?」

「……そうねハクト、わたくしたちは夜食にしましょ。ちょうど小腹がすいてたのよね」


 ハクトがすすめてきたのは、同じくシュゼットが置いていった小さなバスケット。中には一口サイズのサンドウィッチが規則正しい美しさで並んでいた。具材はもちろん『潰し芋のサラダ』と『ハム&チーズ』、私が1番大好きなやつである。


「さすが我が家のシェフ、わかってるわっ♪」

「ピヨッ♪」


 我が伯爵家は代々“食”を大切にする家系であり、お抱えシェフも一流だ。こだわり抜いた具材で丁寧に仕上げたしっとりサンドウィッチは、期待どおりにコクがあってまろやかで……私とハクトはつかの間の至福を味わうことができたのだった。



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