第18話 後味の善し悪し

 翌日は日曜日。シュガーパインはお陰さまで大盛況だった。列こそできなかったものの、席は常にほぼ満席の状態。休日だった冬暉ふゆきにも手伝ってもらい、春眞はるまたちは休憩を取る間もないまま、忙しなく動き続けた。


茉夏まなつ〜春眞〜、ごめんやけども休憩10分でいいかしら〜」


「10分もあるなら充分。何か食べれたらええよ」


 注文されたホットティの準備をしながら春眞は応える。下げた食器をシンクに置きながら茉夏も笑顔で頷いた。


「ボクもええで〜、めっちゃ働くで〜」


「ありがと〜。冬暉は洗い物一段落したら上がっていいからね〜。また呼んじゃうかも知れへんけど〜。でも何で今日こんなに繁盛してるんかしら〜、ありがたいんやけども〜」


「ほんまやね。雑誌にでも載っちゃったとか?」


「聞いてへんわよ〜」


 秋都あきとが首を傾げる。心当たりも無いのだろう。もしかしたらお客さまの誰かがSNSにでも上げたのかも知れない。今やSNSアカウントを持っている人の方が多い。訴求力は強いのだろう。


「兄ちゃんも休憩取ったってや。ティタイムの注文やったら僕でも何とかなるから」


 春眞も調理師免許を持っているが、普段厨房に立つのは秋都なので、要領の点では全然敵わない。味はレシピがあるのでおおむね問題無いのだが。


「ありがと〜。さ、じゃんじゃん働くわよ〜う」


「オッケー」


「はーい!」


 春眞と茉夏は気合いを入れる様に、元気に返事をした。




 無事閉店時間を迎え、片付けを終えて、へとへとになって住居スペースに上がった春眞たち。冬暉が立つキッチンから漂って来る夕飯の美味しそうな匂いに、お腹を空かせていた春眞は鼻をひくつかせた。


「お疲れ。えらい繁盛やったよな」


 その通り、フードのオーダーストップの頃には空席もでき始めたが、それまではほぼ満席の状態を保っていた。


 冬暉の手伝いはずっとでは無かったが、それでも洗い物を片付けてくれるだけでも充分助かった。出ずっぱりでは無かったので、疲れは春眞たちほど酷くは無いだろう。


「そうなのよ〜。ほんまに一体どうしちゃったのかしら〜、いくら今日が日曜日やからって〜」


 ソファに身体を預けて、秋都が溜め息とともに漏らす。


「早うメシ食うてとっとと寝てまえや。もうできるからよ」


「ありがと〜。ほんまに助かるわ〜」


 秋都が身体を起こす。春眞は匂いにつられて、すでにダイニングテーブルに着いていた。茉夏もだ。しかし疲れからか突っ伏している。


「おらおら、春兄、姉貴、起きろや。できたで。秋兄も」


 春眞たちがのろのろと起き上がると、目の前に出来立ての晩ごはんが盛られたプレートが置かれた。ペンネのアラビアータである。


 ショートパスタのペンネに赤いトマトベースのソースが絡み、つやつやと輝いている。


「バランス悪ぃけどベーコン多めな。疲れた身体にはビタミンやろ。辛さはかなり抑えてあっからよ」


「アラビアータやからトマトやし、アスパラも入ってる。さすがユキちゃん。痒いところに手が届くって、こういうことを言うんやね〜」


 茉夏が癒された様に顔を緩ませ、精一杯美味しい湯気を吸い込んだ。


「姉貴も作れる様になれたらええな」


「どうせね!」


 茉夏が料理下手な事を判っていての、冬暉の発言である。茉夏は頬を膨らませた。


 テーブルに4人分の晩ごはんが揃う。今日は夕子は来ていない。次のシュガーパインの定休日に打ち上げをする約束になっている。


 春眞たちは手を合わせて、スプーンを手にした。


 トマトソースに加わる辛みは程よい刺激で、すっと舌に馴染む。アスパラガスの爽やかさとベーコンの甘さが引き立っていた。ペンネは夜遅いからか少し柔らかめに茹でられていて、疲れていても食べやすい。冬暉の心配りが感じられた。


「今日から捜査会議も無いんやなー」


 茉夏がペンネを突つきながら、残念そうに言う。


「あんな事、そう何度もあってええもんや無いやろ」


 春眞がアスパラガスを口に放り込み、茉夏の発言に眉をひそめた。


「春ちゃんは楽しく無かった? ボクは楽しかったで」


「楽しいとか楽しく無いとか、そんな次元の話や無いやろ」


「秋ちゃんとユキちゃんは?」


「俺は立場的に楽しいとか言えるわけ無ぇだろ」


 冬暉はペンネを頬張りながらぶっきらぼうに言う。


「私はもう今は立場とか無いけど〜、でもやっぱり楽しいだなんて言えないわ〜。でも楽しくなかったと言えば嘘になるわね〜」


 秋都が苦笑混じりに言う。


「でも私の場合は、現役のころを思い出して、少し血が騒いだって感じかしら〜。どんな理由でも人がひとり死んでるんやから、それに関しては楽しいとは言えないわ〜」


「ほな何? ボクがおかしいん?」


 全否定の様な格好になってしまった茉夏は、表情を強張らせた。


「人が死んだことを面白いやなんて思うてへんよ? いくらなんでもそんなことは思わへんよ。後味かて良う無いて思ってる。ボクが楽しかったんは、事件を解決していく過程や。尾行したり考えたりネット見たり、そういうのが楽しかってん! ねぇ、ボクそんなに非常識やった?」


 硬い声で言う茉夏。春眞と秋都は顔を見合わせて、細く息を吐いた。


「……ならええの。ちょっとね、心配だっただけよ〜」


「大丈夫? ボク大丈夫やんね?」


「ええ、大丈夫よ〜」


「……良かった」


 秋都の微笑みに、茉夏は心底安堵した様に表情を綻ばせた。秋都などは親代わりな気持ちもあるだろうから、余計に心配だったのかも知れないし、春眞は双子で同じ環境で育って来ただけに違和感を感じていた。ひとまずそれは解消されたと見ていいだろう。春眞も安堵した様に小さく息を吐いた。


「さ、食べて後片付けして、4人でちょこっとだけ打ち上げみたいなのしましょ〜」


 その場を取り直す様に、秋都が手を叩いて明るく言った。


「疲れとんやろ。酒は止めといた方がええんや無いか?」


 春眞たちを労っているのだろう、そう言う冬暉に、秋都は「ふふ」と微笑んだ。


「寝酒も兼ねて、ちょこっとだけね。明日からもお店は開くんやし、冬暉もお仕事だからね〜」


「ま、そんぐれぇなら」


 そんな兄と弟の微笑ましいやりとりを聞きながら、春眞はアラビアータソースをたっぷりとまとわせたペンネを飲み込んだ。適度な酸味を効かせたペンネが、疲れた身体に程よく染み込んで行った。

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