第17話 閑話休題

 再開したシュガーパイン。表のプレートを「OPEN」にして5分ほどしてから、お客さまが訪れた。


「あの、さっき前通ったら閉まっとったんで……」


「あらっ、ごめんなさいね〜。ちょーっとマシンの調子が悪くて、少しの間閉めさせてもらってたんです〜」


 カフェでマシンて何や。いや、冷蔵庫もオーブンもマシンはマシンだ。秋都あきとの言い訳は無難なものであった。


 そのお客さまに、ご注文のレアチーズケーキのセットをサーブしたころ、またお客さまが訪れる。


「よう」


「いらっしゃいませ」


「いらっしゃいませ!」


「あら、いらっしゃ〜い。何だかお久しぶりな気がするわぁ〜」


 ご常連だった。グレイのスリーピースのスーツを着こなした、細身のすっきりした印象の男性である。


「ちーっとばたばたしてもてな、なかなか時間が取れへんでよ。ここのブレンドとレアチーズが食えへんでいらいらしたわ。テイクアウトも味気無ぇしよぅ」


 どれだけだレアチーズケーキ。


 それはともかく。


 外見はお若くそこそこ爽やかであるのに、口を開けばあまりガラが良く無いこのご常連は、シュガーパイン及び里中さとなか家近くの某所に勤める、自称サラリーマンだった。


 ちなみに口調はこの調子だが、気性はさっぱりした良い男である。


「今日もケーキセットで、レアチーズケーキとブレンドかしら〜?」


「おう、頼むわ!」


 そして甘党である。ブレンドコーヒーにも砂糖とミルクをたっぷりと入れる、正真正銘しょうしんしょうめいの甘党だ。


 そうして男性はようやくテーブルに着いた。


 それからもまたお客さまが訪れ、時間も過ぎ、ディナータイムに差し掛かる。賑やかなシュガーパインが戻っていた。




 閉店時間となり、後片付けを終えて住居スペースに上がると、冬暉ふゆき夕子ゆうこが帰って来ていて、晩ごはんの支度が終わろうとしていた。


「おう、お疲れ。メシ、もうすぐできっからよ」


「お帰りなさ〜い。晩ごはんいつも助かるわ〜」


「私は何もしてませんけどね」


 料理下手な夕子はダイニングの椅子で縮こまって苦笑する。


「大丈夫やで夕子さん。料理なんて何とかなるなる!」


茉夏まなつ、お前が言うな」


 明るく言う茉夏に、春眞はるまの突っ込みが飛んだ。


「でもボク、卵は焼けるで」


「焼いてるだけな。味付けしてへんし。しかも作り始めたころは、目玉焼きの黄身が割れとったやろ」


「得意料理はスクランブルエッグやで」


 茉夏が胸を張ると、春眞は溜め息を吐いた。


「それも作り始めたころは、火ぃ通し過ぎてぱっさぱさやったよな……」


「それでも上達してるんや無ぁい〜? 今は目玉焼きも綺麗な目玉できてるし、スクランブルエッグもぱさぱさや無いわよ〜」


「やろ? 上達してるやろ?」


 秋都のフォローに、茉夏は破顔する。


「今はオムレツに挑戦中やで! でもなかなか巧くできひんのよな〜」


「茉夏、お前まさか、最近スクランブルエッグが多いんは、オムレツの成れの果てか?」


「えへ」


 春眞の指摘に、茉夏は照れた様に舌を出した。


「照れるとこちゃうわ!」


 春眞たちがそんな馬鹿話をしている間にも、冬暉は手際良く手を動かし、やがてキッチンとダイニングテーブルを繋ぐカウンタに、ほかほかと湯気が上がったロコモコが上がり始めた。控えめな量の白米に、ほど良くこんがりと焼き上がったハンバーグと半熟の目玉焼きが乗せられ、茹で野菜がたっぷりと添えられている。


「あらっ、冬暉、今日は凝ってるじゃ無〜い。凄いわ、ハンバーグも焼いてくれたのね〜」


「ハンバーグなんて玉ねぎレンチンすりゃ楽なもんやで。ソースもハンバーグ焼いて出た肉汁に、水と赤ワインとウスターとケチャップ煮詰めただけやからよ」


「それでも凝ってるわ〜。私やったら仕事終わってからハンバーグねようなんて思わへんもの〜」


 嬉しそうに言いながら、秋都はカウンタに並べられていたロコモコを端からダイニングテーブルに並べて行く。最後のひとつをカウンタに置いた冬暉の表情は、まんざらでは無い様だった。


「さ、じゃあいただきましょ〜」


 全員がテーブルに着いて、いただきますと手を合わせた。


 ハンバーグの玉ねぎはレンジで加熱することで甘みが増している。香ばしさは少しばかり足りないかも知れないが、ハンバーグそのものにしっかりと焼き色が付いているので充分である。


 ナツメグも使っているのだろう、臭みなども感じられない。スーパーで買える合い挽き肉だと思うのだが、しっかりと捏ねてくれているからかふわふわで、肉々しい旨味と肉汁もしっかりと閉じこもっていた。


 そこに半熟の目玉焼きをとろりと絡めたら絶品である。


 冬暉の料理の腕前は確実に上がっている。長時間の仕事のあとに、温かくて美味しいご飯が食べられるありがたさとともに、春眞は兄として、思わず鼻が高くなるのだった。




「全員素直なもんですよ。黙秘とかありません。聞いたことに応えてくれてます」


 晩ごはんが終わって後片付けを済ませ、各々好みの酒を手にリビングに移動している。夕子は缶ビールを傾けながら言った。


「シュガーパインですでに認めてましたからね。いまさら何かを隠す必要も無いんでしょう」


「あー、でも垣村かきむらの養父母が来た時は大変やった。ひざから崩れ落ちてわんわん泣いてよ、「あの子はそんな恐ろしいことができる子や無い」ってさ」


 その時のことを思い出したのか、麦焼酎のソーダ割りを前に冬暉が痛ましげに顔をしかめた。


「やろうね。だって垣村さんが手を汚した理由が養父母を守るためやったんやからねぇ。それこそ実の子以上に大事に育てられたんやろうなぁ」


 春眞は頷く。シュガーパインで静かに泣いていた垣村を思い出し、ハイボールを手に、やはり顔を歪めるしか無かった。


「でもそれじゃ、この件はスムーズに終わりそうな感じ?」


 茉夏が赤ワインを舐めながら訊くと、夕子は頷いた。


「すぐにでも起訴きそされるやろうね。あとは検察けんさつに行く前に調書作って……。あ、自殺で片付いていたもんが他殺やて判ったもんやから、署内大騒ぎ。明日記者会見あると思うで。いやー、自殺説主張しとった連中のあの苦り切った顔、おもろかったなー」


 夕子は言葉とは裏腹に苦笑した。喜ばしい結果にはならなかったからだろう。自殺でも他殺でも、どちらにしても人がひとり死んでいるのだから。それが例え犯罪者であったとしても。


「里中さん、春眞くん、茉夏ちゃん。ご協力ほんまにありがとう。お陰で無事解決しました」


 夕子があらたまって頭を下げた。春眞たちは首を振る。


「面白かったから全然大丈夫やで、夕子さん」


「面白いもんや無いけど、大丈夫ですよ」


「そうよ〜、面白いもんや無いけど面白かったから大丈夫よ〜」


「せやから面白いもんや無いって」


 全く里中家の女ども(?)は揃いも揃って。


「そう言ってもらえると助かります」


 夕子は安堵した様に、混じりけの無い笑顔を浮かべた。


「俺が言うんも何ですけど、浅沼あさぬまさん、うちの兄弟はみんなこんなんなんで」


「解っちゃいるけどー」


 冬暉の台詞に、夕子は唇を尖らす。


「やっぱり恐縮してまうやん。ほら、私こう見えても殊勝しゅしょうやからね」


「殊勝な人間は自分を殊勝やなんて言わへんす、浅沼さん……」


 冬暉が呆れた様に目を細めた。全く女性陣(?)は揃いも揃って以下略。


「も〜、馬鹿な子ばっかり〜」


 秋都が楽しそうに言いながら、バーボンのロックで唇を湿らせた。

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