第6話

青藍の窮地を救ったのは、二十代くらいの男性だった。

声音から、優しさと誠実さのある人柄がひしひしと伝わってくる。


「ごめんなさい、迷惑おかけして。恥ずかしながら、火傷をしてしまったようで」


「えっ!火傷?」


青藍はおずおずと火傷をした方の手を彼に差し出した。


「きっと、炎の異能者にやられてしまったんだね」


「いのう?」


「帝都には異能という特別な能力を持つ人たちがいるんだよ。異能を持つ家系は代々、帝から大事な御役目を任されるから、裕福なんだ。君に火傷を合わせた異能者も自分の身を守るために炎をつけていたんじゃないのかな」


なるほど、と青藍は彼の説明に頷いて納得した。

通りで帝都にはみるからに裕福そうな人々がちらほらいるわけだ。

と、ここまできて青藍はようやく大切なことを思い出した。


「あの、実は私、今日上京してきたところなんです」


さすがに説明不足だったかと思い、就職するためにと慌てて付け加える。


「就職...もしかして中宮家の!?」


「はっ!どうしてそれを!」


まさかの就職希望先を初対面の人間に言い当てられるという事態にさすがの青藍も、シュビッっと謎のポーズをして驚く。


「いやいや、そんなに驚かなくても中宮家が毒見役の急募をしてるって、帝都ではかなり衝撃的な出来事だったんだから」


「毒見役を募集するのがそんなに驚きなんですか?」


「えっ!?だってあの中宮家だよ?」


中宮家はそんなにも影響力のある家系なのか、と青藍は首を傾げた。


「もしかして君、中宮家知らない?」


青藍はこくこくと、赤べこのように首を縦に振って見せる。


「中宮家はね、財力・武力・異能・帝からの信頼。どこをとっても帝都一の家系なんだよ。そんな家系はほとんどの場合、一族の下の位のものから毒見役を選ぶんだ。

一般人に毒見役をやらせて、万が一亡くなったりでもしたら大変だからね」


彼はここでいったん言葉をきる。


「だから今回、一般から毒見役を選ぶっていうのは異例だし、誰一人として怖がって立候補していないみたいだからおそらく君で決まりだと思うよ」


話を聞いて青藍は毒見役は死と隣り合わせの職業であるという事を思い知った。

いつの間にか、やけどの痛みもすっかりひいていた。

彼の話に聞き入っていたからかもしれない。


「いろいろとお話しして頂いて、ありがとうございました」


腰からしっかりと頭を下げる。

彼が来てくれなければ今頃ははどうなっていたことだろうと今更ながら自分の注意力のなさに反省した。


「大したことじゃないよ。さあ中宮家に行こうか」


そう言うと彼はゆっくりと歩きだす。



歩き出して五分ほどたっただろうか。

街のざわめきは駅前に比べてだいぶ遠ざかっていた。

すると突然、目の前に白い壁と木を基調とした和風の外装の、大きな大きな家が現れた。

どどん、とか、どーんという効果音がいまにも聞こえてきそうである。

あのようなあばら屋に住んでいた青藍には、家と呼ぶにはおこがましいくらいだ。

ただ青藍は声もなく豪邸を穴が開くほど見つめている。


『スーッ』


ほどなくして、正面から家を守るようにして閉ざされていた門が小さな音をたてて開いた。

まるで青藍が訪れたことを歓迎しているかのようだ。


『コツ、コツ、コツン』


何者かが階段を下りる音に、青藍はぱっと前を向いた。


目の前に立っていたのは、小さなおばあさんだった。

とはいえ、ただのおばあさんではない。

美しい鶴の描かれた桃色の着物に、艶やかな白髪を団子型に束ね、金箔の塗された簪を挿している。

彼女はちいさな目を細めるようにして微笑むとしずしずと頭を下げる。

そして


「お待ちしておりました。加賀青藍様。柊様


と言って、青藍と彼を迷いなく屋敷に通したのだった。




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世間を知らない異能者は上京して毒味役になりました! @fuku1022

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