現代日本語
2024/04/06
洋室の窓を開ける。
薄く膜を張った灰色の雲の向こうには青空が広がっているのだろうか。
などと、回らなくなった頭で考える。
雀が控えめに鳴いた。
鳩が飛び立った。
人は、いない。
その程度の情景しか入ってこない。
それほどに脳が疲れていた。
丸一日以上だ。
ただひたすらに読み続けた。
もちろん、なにかを胃に入れることくらいはした。
それより煙草だったが。
山となった灰皿を片付けることもせず、次から次と別の灰皿に吸い殻を盛っていった。
おかげで買い置きはすっかり吸いきってしまい、買いに行くのも億劫でシケモクに手を付ける始末だった。
それぐらい、読んだ。
読み慣れないライトノベルだが、その名の通り、すらすらと滑るように読めた。
目が滑る、という言葉に新たな良い意味をつけてもいいのではないだろうか。
そんなことを思うほど、円滑に抵抗なく入っていった。
読み慣れるということを必要としないのだ。
文章というのは、なかなか難しい。
言葉というのは、定義されたものだが、その実、扱う者のニュアンスや思想を多分に含んでいる。
日本語はその特徴が顕著に表れる。
同音異句はいくらでもあるし、文脈や雰囲気、情景、その場の空気、そのすべてで言葉の意味を決めなければならない。
言葉の定義外の意味を持つことも多い。
そしてそれが文化として根付いている。
英語だと、そうはならない。
まず文化的前提として、はっきりと発した言葉意外の情報は考慮しない。
言葉の定義は、その文脈をもって決まるし、用途ごとに単語が定まっている。
例えば『りんご』なんかわかりやすい。
日本語では『りんご』『林檎』『リンゴ』。
ひらがな、漢字、カタカナで若干イメージが違う。
英語では『Apple』だ。
ただし英語には複数形『Apples』がある。
日本語だと、複数あることを明確に表現するには――――
そんなことはどうでもいい。
とにかく、だ。
文章というのは、その文化、育ってきた環境、時代に大きく左右される。
現代人にとって万葉集が読みづらいように、同じ日本語でも意味合いは大きく変わる。
国語辞典の改定など十年に一度以上のペースで行われる。
それぐらいに日本語は不安定だ。
情景描写ひとつとっても、作家が明確にその情景を描写しようとすればニュアンスをできるだけ含まない言葉の羅列となる。
それは素直に言葉として脳に入っていき、その世界に没頭できる人であればとても心地よいものなのだが、これがなかなか訓練の必要な技能である。
現代人は読書をしない。
活字を読まない、というのはそういう訓練を行っていないということだ。
だからこそ、ライトノベルというの素晴らしい。
特別な語彙力がなくとも、現代の日常的な語彙とニュアンスで文章が構成される。
だから、円滑に入っていく。
そんなことを考えながら曇天を見つめる。
早朝の冷たい風が火照った脳にびりびりと刺激を与えてくれる。
端的に言えば、彼女の作品は面白かった。
ライトノベルの特性を活かし、勢いのあるストーリー展開で読者を引き込み、その文量で飽きさせず、また次の展開へと持ち込む。
そしてそれはジャンルを問わず注ぎ込まれる。
転生してファンタジー世界に行ったと思えば、駄目男な魔族と婚約が決まっている。
けれどその駄目男はどうにも悪いやつではないので、主人公は段々と放っておけなくなる。
これはラブロマンスだ。
そこに領地運営という問題が出る。
ここで起こるのは経済学や地理学、農学の話だ。
スパイスとして戦争が描かれる。
個人の戦いはバトルモノのスタンスで書かれる。
そしてそれが幾度となく続けばやがて戦記モノとしての輪郭が浮かび上がる。
かと思えば、ファンタジーに科学を持ち出し、宇宙の概念に突入する。
これはSF的手法である。
もちろん世界には宗教もあるので、宗教問題にも触れる。
物語は神への対峙や真理の探求へと足を踏み入れ行く。
哲学の話になる。
合間に日常的要素も含み、科学や魔法によって構築された現実の現代日本と変わらない環境での日常は現代ドラマの要素を含む。
つまり、しっちゃかめっちゃかなのだ。
構成に一貫性がない。
そして読む前提条件に、現代人であり日本人であり、且つサブカルチャーに触れている必要がある。
でなければ、文章の表現として、足りない。
とどのつまり、ライトノベル足る、ライトノベルなのだ。
よし、考えはまとまった。
次は、彼女がこの作品を経て、なにを思っているのかだ。
狙って書いたのか、それとも書きたいものを書いたらこうなったのか。
なにが一体『書けない』のか。
私は、この作品が好きだ。
おもしろいと思った。
一気に読んでしまった。
まずはこれらをそのまま伝えるとしよう。
そう決めて、メールを開く。
『お待たせいたしましたこと、何卒お許しを。この作品に関しては、私の心を捉える何かがあります。
端的に申し上げれば、貴女が紡ぎ出す作品は興味深く、私の心を捉える何かがあります。
面白いと感じました。
あまりの引き込まれように、気が付けば一気に読み終えていました。
ライトノベルという、まことに今日的な文学形態を取りながら、独自の勢いを持って物語を展開し、読者をその世界へと誘っています。
文量も程好く、読む者を疲れさせず、次なる展開への期待を掻き立てている。
作品は、あらゆるジャンルに手を広げており、転生ものから始まり、不器用な魔族との婚約話にまで及ぶ。
その不器用な彼が、意外と憎めない存在であるため、主人公もまた、彼を見捨てることができず、徐々にその魅力に引き込まれていく。
これが所謂、恋愛物語の筋書きであるでしょう。
そこに領地運営という新たな要素が投じられる。物語は経済や地理、農学の議論を交え、戦争の描写を加えて物語を彩る。個々の戦いは、いわゆるバトル物のスタイルで描かれ、これが重なることにより、戦記物としての枠組みを作り出しています。
そして、ファンタジーの枠を超えて科学や宇宙の概念を取り入れる試みもある。これはSF的なアプローチですね。
世界には宗教の存在もあるため、物語は宗教問題にも触れ、神との対峙や真理の探求に足を踏み入れる。こうして物語は哲学的な話題にも触れています。
さらに、日常的な要素も取り入れられており、科学や魔法によって築かれたこの現実は、現代日本のそれと大差のないものとなる。
そういった現代ドラマのような要体も見受けられます。
ともあれ、物語は複雑に絡み合い、その構成に一貫性はないと言えます。
読者としては、現代人であり、日本人であり、サブカルチャーに通じていなければ、その奥深さを理解することは難しいでしょう。
足りないというべきか、そういう条件が前提とされています。
しかしこれは、良点です。
この作品は、ライトノベルたる所以を備えている。それは言葉だけでは伝えきれない何かを持っていると私は感じております。
そして、その内容、勢い、リズム、言葉の紡ぎ方がなにより読者を物語の世界へとさらって行くのです。
これを素晴らしいと言わずなんと表すのでしょうか。
そこでひとつ、お尋ねしたいことがございます。
この作品を通じて、あなたが何を感じ、何を思っているのか。
あなたがこの作品に込めた意図は、計画的なものでしたか、それとも筆を進めるうちに自然とこの形になったのでしょうか。
そして、何がどうしても「書けない」のか、その心の内を伺いたいのです。
もし明日、お時間が許されるならば、あの喫茶店で、この話を少し深める時間を持てたらと存じます。』
こうして見ると、我ながら堅苦しい文章である。
まあ、いい。
これが私だ。
なに、私のファンであるならこれくらい読んでくれるだろう。
などと、若者に甘えるのは稚拙だろうか。
いかんせん徹夜で頭が回らない。
とにかくだ。
とにかく寝るとしよう。
だから今日は書かない。
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