第46話

 マンションに戻った真奈美は、心配する颯太に写真を見せた。初めは病巣か何かの写真かと思ったのか、顔が引きつっていた。しかしエコー写真に印字された病院名を見て、顔は破顔に変わった。


「真奈美! 赤ちゃんが?!」

「うん。妊娠二か月。八週目くらいだって」

「女の子? 男の子?」

「まだ分らないよ」

「そうか……そうだよな。ありがとう真奈美」


 そう言って真奈美を強く抱きしめてきた。そんな颯太を見て、必ず彼はお腹の子を可愛がってくると確信した。どちらの子でもいい。産んでこの子を手に抱きたい。強烈なまでに湧き上がる本能のような愛情に、真奈美はこのまま突き進むことにした。そしてもう、健吾とは会わないでおこうと考えていた。


 真奈美の妊娠は、直ぐに両家に伝えられた。真奈美の両親は、流産をしないように大学を休めと言い出した。颯太もそれには賛成のようだったが、成海の両親は、無理しない程度に通えばいいのではないか? と意見が割れてしまった。

 成海の家の意見を受け、体調がいい時には出席し、悪い時には無理をしないという事を伝え、大学に通い続けることにした。


 出産予定日は五月上旬。初産なので多少遅れるかもしれないと言われた。産婦人科も、成海家が進める病院に通院することになった。悪阻が酷い時、颯太は外で食事を済ませ、真奈美の食べられそうな物を買ってきてくれた。それを甲斐甲斐しく口に運んでくれては、少しでも気配を感じると、洗面器を差し出してくれる。真奈美がお腹の子供に抱く愛情のように、颯太は真奈美に今まで以上の愛情を注いでくれていた。


 お腹が大きくなると、成海家が出迎えの車を用意してくれるようになった。他の目もあり断ったが、両親と颯太に説得されて受けざる得なかった。

 初めのうちは目が気になったが、何度か続くとその視線を心地よく感じるようになっていた。健吾にも理由を伝え、会わないようにした。「生まれたら連絡頂戴」それが彼と最後に交わした言葉だった。


 出産を無事に終えた真奈美は、一か月半を実家で過ごしてマンションに戻った。実家で過ごしている間も颯太は毎日、顔をだしては蕩けるような顔をしていた。部屋には、出産前に変え揃えていたベビー用品の他に、いくつかの玩具、本が、人形が増えている。


「颯太さん。何か増えてるような気がするんだけど」

「そうなんだ。思わず買ってしまってね」


 積み重ねられた絵本、図鑑を目にして真奈美から笑みがこぼれる。それをみた颯太が、安心した顔をしていた。


「気が早いわね。颯太さんったら」

「なあ悠太郎。いいよな」


 真奈美の手から颯太の腕の中に移った息子の悠太郎は、じっと颯太の顔を見つめている。


「悠太郎はママだな。綺麗な顔立ちだ」


 一瞬、真奈美の体が強張った。綺麗な顔立ちという言葉で、健吾を思い浮かべたからだ。こんなことで動揺していてはダメだ。絶対にばれてはいけない。


「そういえば悠太郎の血液型は?」

「え? あ、うん。私と同じA型よ」

「そうか。やっぱりママ似だな」


 退院する前日、悠太郎の血液型を聞いて初めて、今まで気付かなかったことに恐怖した。しかし自分と同じ血液型だと聞いた時の安堵感は半端なかった。

 颯太はO型だが、健吾の血液型は知らない。だから余計にだった。


「大学には来年の春から、復学するんだったね?」

「初めはそう思ってたんだけど……この子を預けてって思うと」

「そうだな。でも折角だから、卒業はしていた方がいいし、単位も少ないから、そんなに心配はいらないんじゃないか? 保育園に預けるのが嫌なら、ベビーシッターを頼んでもいい。もちろん、しっかりとした筋の紹介だから心配の必要はないし」


 颯太がいうのであればそうなのだろう。


「まあ焦ることは無い。まだ復学までは時間があるし」

「うん」


 颯太が悠太郎をぎこちない手で返してきた。

 悠太郎が日に日に成長し、年が明けた頃には、ハイハイになるかならないかの移動をするようになり、颯太はその様子を見てはビデオカメラに収めていた。目に入れても痛くないと言うほど、息子の悠太郎を溺愛していた。

 そして復学の二か月前、颯太がベビーシッターの話題を出してきた。


「保育園もいいかもしれないと思ったんだが、病気の心配もあるらしいから、どうだろう?」

「そうね……慣れた家で数時間なら、悠太郎の負担も少ないものね」

「よし! 悠太郎。ママはまだ少しお勉強があるから、お家でお留守番しておこな。そうか! 頑張るか! 流石パパの子だ」


 颯太は抱き上げた悠太郎を高く持ち上げた。悠太郎は楽しいのか、声を出して笑っている。体の奥底からこみ上げてくる幸せという気持ちと、颯太が自分を信じ切っている表情に安堵しながら、脳裏に健吾の顔がチラ付いていた。

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