第34話

 お参りを終えると、颯太は子供のように真奈美の手を引き、出店から出店へと渡り歩いた。駅に着くころには、綿あめや、ゲームで取れた景品で手がふさがる程だった。


「いい大人がごめんね。どうもこういう雰囲気が好きでさ」

「いえ。私もすごく楽しみました」

「よかった。じゃあ帰ろうか」


 電車に乗り込む時、降りてくる人を待っていると、二つ向こうの扉から、見知った顔が混ざっていた。周りの目を引く容姿は、一瞬老若男女の注目を浴びている。


「――どうして?」


 颯太の目線も、真奈美と同じ方向に向けられている。電車のアナウンスが流れても、真奈美の体は壊れた機械のように動かない。


「真奈美ちゃん」


 颯太に腕を引っ張られ、ふらつくように電車に乗り込んだ。ぼうっとした真奈美の目には、まるで壊れたフィルムのように何度も同じ映像が流れていた。

 健吾に腕を絡ませながら歩く綺麗な女性。はたから見れば、絵に描いたようなお似合いのカップルだった。


「大丈夫?」


 いつの間にか地元の駅を降りて、家路に着いていた。


「え、は、はい」


 颯太は眉間に皺を寄せて、険しい顔になっている。颯太はそのまま無言になり、真奈美を引いて歩く。


「心配だから」


 そう言って、颯太の家にお邪魔することになった。三が日に人様の家にと我に返ったが「両親は後援会とかの挨拶回りでいないから、気にしなくていいから」と言われものの、ショックで気力がなくなっていた真奈美は導かれるように、颯太の部屋に入った。

 放心状態の真奈美に寄り添うように、颯太が隣に座る。


「大丈夫?」という声の後に、部屋をノックする音が響いた。

 初めて来た時にあったお手伝いさんが部屋に入ってきた。手に持った盆には、湯気のたった湯呑が乗っている。

 颯太と一言二言交わしているが、まるで遠くで話しているように、真奈美には聞こえてきた。


「これ飲んで。体が温まるし、少しは落ち着くだろうから」


 言われるがまま、持って来てもらった緑茶を口に含んだ。お茶の苦みと酸味が舌を刺激する。湯呑の底には、梅干しが沈んでいた。そんな真奈美に気付いたのか、


「新年だからね。でも苦手なら無理しなくてもいいよ。実は俺もちょっと苦手でね」

「――いえ。美味しいです」

「そっか」


 颯太の大きな手が、真奈美の頭を優しく撫で始めた。それがまるで手招きをするように、真奈美は隣に座っている颯太に体が傾倒し始めた。


 手に持ったままの湯呑の温度がぬるくなってきた頃に、やっと真奈美は思っていたことを吐き出すことができた。

 今日、健吾が綺麗な人と仲が良さそうに歩いているのを見て、彼が変わったのは自分が作用したのではなく、寄ってくる女性たちによってだったのではないか? それと健吾は自分と体の関係を持つ前から、他の女性と関係を持っていたのではないか? これには何となくだが確信めいたものがあった。そして自分はとうに本命ではないという事。


 駅で健吾を見てから考えた事を、颯太にぶつけた。颯太は「そんなことはないと思う。でも」とやはり否定しきれない返事だ。


 真奈美も颯太に相談してもまだ混乱していた。どうすればいいのか全く分からない。ただ、耳を澄ませば聞こえてくる颯太の鼓動と、服越しに伝わってくる体温は心地よかった。


 一気に色々な事を考えた真奈美の頭は疲れてしまったのか、気が付けばそのまま瞼を閉じてしまった。

 体の痛みで目が覚めた時、真奈美は慌てた。そのまま寝てしまった事への申し訳なさと、颯太の顔が、直ぐ頭上にあって寝息を立てていたからだ。

 動揺した真奈美が勢いよく動いたため、颯太も目が覚めたようだ。


「ご、ごめんなさい」

「え? ああ……俺も寝ちゃったから。お相子だよ」


 まだ少しだけ重そうな瞼で、颯太が答える。


「今、何時かな?」


 時計を見て真奈美は慌てた。


「もう四時です。すみません。もう帰ります」

「じゃあ送るよ」

「いえ。少し一人で考えたいんです」

「そうか」


 何となく颯太の顔を見ることができなかった。


「玄関までは送るよ。それくらいはいいね?」


 真奈美は「はい」としか言えなかった。


 帰り際、颯太が一度健吾にメールでもいいから、連絡をした方がいいと助言してくれた。

 確かに思い悩んでいても仕方がない。真奈美は真っ直ぐに家に帰らず途中、子供のころによく遊んだ公園に向かった。陽が傾き、朱い夕日と夜空が混じり合い、美しいグラデーションを作り上げている。颯太の温もりもすでに、外の寒さで消え失せてしまっている。

 公園は静まり返っていて、誰もいない。ぽつぽつと点き始めた街灯が、やけにまだ暗くはなり切っていない公園を照らしていた。

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