第33話
年末年始になり、真奈美は特に予定もなく、家で過ごすことになった。数年前までは、海外へ家族旅行をしていたが、真奈美が大きくなったからか、話題には出なくなっていた。
健吾は、年末年始は実家に帰るのと、やはりバイトがあるらしく初詣には一緒に行く事ができない。笙子も予定が合わなかった。
三が日の最終日、家のインターホンが鳴った。リビングに一緒にいた両親が「誰だろう。俺が出る」と、父親が用心深くインターホンに応答した。
「すみません。成海です」
真奈美は勢いよく振り向いた。
「成海さん! ちょっとお待ちください」
父親はそういうと、
「おい、酒の用意とつまみ、あと何か作れるか?」
「はい。多分」
「じゃあ急いで頼む。真奈美。そんな恰好じゃ失礼だから、着替えてきなさい」
「あ、う、うん」
真奈美も両親に触発されるように、急いで部屋へ着替えに行く。鼓動が早くなっているのは、颯太に会えるからなのか、急いで動いたのか、今はもう判別がつかない。 とにかく服を着替え、髪を整える。姿鏡で何度も確認して、一階へと下りた。
リビングからは両親の上機嫌な話し声が聞こえてくる。真奈美は大きく深呼吸をしてドアを開けた。
「真奈美ちゃん。明けましておめでとう」
「おめでとうございます」
「真奈美、立ったままでは失礼でしょ」
「いいですよ。自分も椅子に座ったままですし」
「すみません」
母親と颯太のやり取りを聞きながら、身の置き場に困ってしまい、入口で突っ立っていた。
「真奈美ちゃん、今日は用事ないよね?」
「え?」
「もしよかったら、初詣に行かない?」
真奈美が答える前に、父親が口を出した。
「いいじゃなか。ぜひ行ってきなさい。どうせ家でゴロゴロとしてるだけなんだからな」
「そうね。ぜひ行ってらっしゃい。成海さん。お願いします」
「いえいえ。どうする? 真奈美ちゃん」
両親のどこか威圧的な目に押されるように、真奈美は頷いた。
「直ぐに出られる?」
「はい」
「じゃあ行こうか」
颯太が席を立つと、両親が「気を付けて。行ってらっしゃい」と声を揃えた。
コートを羽織って外に出た真奈美は、冷えた新鮮な空気を深く吸った。家の中の空気が淀んでいたように感じていたからだ。
「ごめんね。急に」
「いえ。それより笙子ちゃんは?」
「ああ、いいんだよ。俺も少し時間が出来て、真奈美ちゃんに会いに来たかっただけだから。わざわざ遠い彼女と会う必要性もないし」
必要性という言葉が、事務的で冷やかな響きを持っていた。颯太は続けた。
「それにそろそろ、彼女との関係をはっきりとさせないといけないみたいだしね」
真奈美は、まるで自分が悪い事をして突き放されているように、胸がきつく締め付けられた。男女の関係は、結婚をしていなければ終わりがやってくる。健吾と自分もそうなのだろうか? とふと考えた。
もし結婚となれば両親が許してくれるだろうか? 一番の問題は両親であり、まだ健吾の事を伝えきれていない自分の気持ちが障害のような気がした。
「有名どころの神社は混雑してそうだから、近くでいいかな?」
「はい」
二人は一駅向こうにある、地元でも一番大きい神社へと向かった。
電車の中は、着物姿の子供や、カップル、家族連れで込み合っていた。
駅に着くと、一つの流れが出来上がり、流されるように二人も進んだ。改札を出ると、屋台が立ち並び、いい香りが風に乗ってくると、自然にお腹が空いてくる気がした。
「とりあえずお参りをしてから、何か食べようか。俺、屋台とか好きなんだ」
真奈美のお腹の具合を見透かされたようで気恥しかったが、颯太が子供のように目を輝かせているのを見ていると、もやもやとした気分がなんとなく晴れてくる。颯太は真奈美の手を取り、歩き始めた。
屋台が並ぶ参道を抜けると、境内に入った。最終日の昼過ぎとあってか、思ったほど人はいないが、賽銭箱の前まで行くのには、人垣を超えていかなければならない。
「大丈夫?」
「はい」
颯太の手に力が入るのが伝わってきた。離さないと言うようなその力強さに、やはり安心する。
何とか神殿の前まで到着し、賽銭を投げて手を合わせる。真奈美は健吾とこれからも上手くいくようにと願った。そして颯太とも……ほんの数秒だったはずなのに、目を開けた時には颯太がじっと真奈美を見ていた。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、熱心に手を合わせているなと思って」
「見ないでくださいよ。颯太さんはどうなんですか?」
「したよ。でも俺の場合は、半分ほど願いは叶ってるからね」
穏やかな瞳の中に、針で刺すような鋭さが垣間見えた。真奈美は背中に鳥肌が立ったのを感じた。でも直ぐに颯太の瞳からその針は姿を消し、いつもの穏やかさに戻っている。
最近の颯太は時々、悪寒が走るような怖い目をする。なぜそんな風に感じるのかわからなかった。
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