第24話

 二人の関係は、数日で周りには知れ渡っていた。笙子が大きい声で、周りの女子を牽制するように「真奈美と健吾、やっと付き合うようになったんだ。これで私も安心」と、ところ構わず言っていたからだ。


 それでも健吾を狙っている女子はいる。それは真奈美自身が、垢抜けない容姿のせいだと分っていた。容姿に自信がある女子が、二人でいるとこにわざとやって来ては、その差を見せつけるように話しかけてきた。

 その間、真奈美は健吾の背中に隠れながら、息を潜めながら時間を過ぎるのを待った。


そしてその事を、家に帰ってから颯太と電話で報告するか、会って食事をしながら話すことが多くなっていた。


 颯太はいつも「そんなことは無いよ。真奈美ちゃんは可愛い。でも周りはそれに気づけないだけなんだ。俺が言うから間違いないよ」など、砂漠のようにひび割れた心に水を与えてくれる。


 でも真奈美はふと思った。笙子と颯太の邪魔をしているのではと。罪悪感を感じながらも、颯太との会話を止めることは出来なかった。



 いつものように講義を終え、二人で大学を出ようとした時、健吾の携帯が鳴った。


「ごめん。忘れ物をしたみたい。待っててくれる?」

「じゃあ、図書館で待ってる。ちょっと見たい本があるから」

「わかった。じゃあ急いで戻るから」

「ゆっくりでいいよ」


 走っていく背中を見送りながら、真奈美も校舎へと戻った。


 最終の講義が終わって、まだそんなに時間は経っていないのに、閑散としていて別世界に足を踏み入れたような錯覚に陥りそうになった。

 第一校舎を通って向かう途中、笙子の姿が見えた。今日は講義で笙子の姿を見なかったので、真奈美は声を掛けようとした。でも直ぐに通路を曲がり、姿が見えなくなった。


 真奈美は急いで追いかけた。でもあまり距離は空いていなかったにも関わらず、笙子の姿はない。


 左右には研究室や資料室が並んでいる。廊下をそのまま進んだが、左右に分かれてたので、引き返すことにした。


 戻る途中、静かな廊下のどこからか、人の声が聞こえてきた。

 真奈美は糸を手繰り寄せるように慎重に耳を傾け、声のする部屋を突き止めた。体は自然と気配を消すように動いている。


 耳を当てると、男女の声が聞こえてくる。でも話している内容までは聞き取れなかったが、笙子という単語だけは聞き取れた。

 真奈美は音を立てないよう細心の注意を払いながら、数センチ扉を開けた。中は乱雑に物が置いてあるだけで、特に遮る物はない。


 正面に人影はなく、真奈美は角度を変えてみた。部屋の右奥に見えたのは、壁に押し付けられるように立っている笙子の姿だった。

 履いていたスカートからは、柔らかそうな足を男に抱えられて力なくぶらついている。その足がどこか艶めかしく見えた。


 二人は激しく上下し、漏れ出てくる吐息は、まるで耳元から聞こえてくるように熱を感じた。

 笙子の髪に埋めていた男が、息継ぎをするように顔を上げた。真奈美は咄嗟に口元を手で押さえながら、その場をゆっくり離れた。


 気付いた時には、図書館へは行かずに、健吾と別れたベンチでぼんやりと座っていた。

 颯太から笙子と別れたという話は聞いてはいなし、笙子も顔を合わせれば、颯太の話をする。じゃあなぜ、笙子は雄二と、それも校内でセックスをしていたのか。


 笙子は雄二の事が好きなのだろうか。いや、違う。笙子は初めから颯太だった。じゃあ雄二は? 雄二が「笙子」と呼んだ響きの中には、友達以上の感情があったように思われた。


 頭の中はミキサーでかき混ぜられているかのように収集がつかない。心臓もまるで全力疾走した時のように動いている。考えれば考えるほど、出口が見つからず気分が悪くなってきた。


「真奈美!」


 健吾が息を切らしながら、走ってきたのが見えた。


「ここにいたんだ! 図書館って言っていたのにいないし、携帯に掛けても繋がらないから、焦ったよ」

「え? 携帯?」


 鞄の中から取り出そうとすると、


「手に持ってるよ?」

「え?」


 確かに、携帯を手に持っていた。いつ鞄から取り出したのかさえも覚えていないし、携帯が鳴ったことも気付かなかった。


「真奈美? 大丈夫?」

「な、何が?」

「何か、汗かいてるけど……」


 額、首筋に手を当てると、秋風が手に着いた汗を拭きとるように通り過ぎていった。



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