一つ見つけた二月の蝉と三寒四温

夢神 蒼茫

一つ見つけた二月の蝉と三寒四温

 ふと目に留まった街路樹。何かがしがみ付いていた。


 目を凝らして見てみると、それは一匹アブラゼミだ。


 おいおい、アブラゼミの兄さんよ、今は二月だぜ?


 出てくるのが半年ばかり早いんでないかい?


 物珍しさについつい手を伸ばし、せっかちな奴を一摘まみ。


 おっとこいつは失礼。メスだったか。


 鳴いて誘ってくるのがオスだ。


 だが、目の前の奴は弱ってるのか、一向に鳴きやがらない。


 まあ、鳴いたところで、ぼっちのお前さんにゃ交尾チャンスは回って来ねえよ。


 へっへ、俺とお揃い。お仲間じゃねえか。


 セミはオスとメスとで腹の色が違うんだ。


 俺の記憶じゃ、こいつはメスの色だ。


 いやぁ、すまんすまん。淑女レディーを摘まんでしまうとは、少々品がなかったな。 


 そら、残り短い命とやらを、そこで過ごすといいさ。


 ここ最近、二月とは思えない陽気だったからな。


 せっかちにも土の中から飛び出してきちまったんだろうが、ご愁傷様。


 明日の天気予報にゃ雪だるまが鎮座してやがった。


 ああ、なんてこった。また寒の戻りだぜ。


 こういう陽気の後の寒さは、余計に体に染みてきやがる。


 三寒四温って言うんだぜ。ほんと面倒だよな。


 俺は農家をやっててな。こういう気候が来ると、いよいよ春だなと身構える。


 冬の間は暇で暇で、やる事ないからブラブラしては、気が向きゃ筆を走らせる。


 そんな生活をやっている。


 春がやって来るとそうはいかねえ。


 冬の間に用意しておいた苗を、次々と畑に植えていく作業が始まるんだ。


 お前さんもそうだが、俺もお天道様のご機嫌次第で生活が左右されちまうんだ。


 今年の冬は雪が酷くてな。外にあった野菜がペチャンコにされちまったよ。


 どえらい損害だ。泣きたくなるよ。


 去年の冬は程よい気候で、良かったんだけどな。


 でもあれだ、お前さんと違ってやり直しは利くからな。


 一ヶ月分の野菜がダメになっても、翌月の野菜が無事なら出荷できる。


 俺はな、白ねぎの農家をやってて、ピッチが速くてリカバリーしやすいんだ。


 果樹とかだったら、台風で実が吹き散らされて、一発アウトなんてこともある。


 白ねぎは根さえ無事なら復活するんだ。起き上がるの時間はかかるけどな。


 でも、お前さんは悲しい事にお天道様の気紛れで、全てが台無しだ。


 土に潜って数年過ごし、ようやく日の下に出ても、ほんの半月程度の命。


 セミの一生なんて、そんなもんだ。ずっと日陰者だな。


 しかも、お前さんに至っては、誰もいない二月に出てきちまって。


 もう次がねえ! 繋がらねえ! 


 ここでぴたりと止まっちまう!


 リカバリーなんてありゃしねえ! 


 チャンスも何もありゃしねえ!


 ぼっちで寂しく死んじまうんだ。


 同情はするが、救いの手は差し伸べれねえよ。


 時間を間違えて飛び出してきちまった、お前さんが悪いんだからな。


 定休日のお店に行っても、物を買うことはできないんだよ。


 お天道様の気紛れで、三寒四温に騙られて、哀れ一生の不覚なりってか。


 ああ、残念だ、残念だ。


 俺とお前さんとじゃ、種族の壁は超えられねえんだよな。


 人間のオスと、セミのメスとじゃ、どうしようもねえわ。


 おとぎ話じゃねえんだし、鶴の恩返しなんてにゃないわな。


 こうして語ったところで、虚しいばかりだ。


 どうせ言葉は通じねえし、そもそもお前さんは眠りに入ろうとしている。


 ピクリとも動かねえ。木に掴まっているのが不思議なくらいだ。


 せめていい夢でも見るんだな。


 この陽気が嘘みたいに、明日は雪が降るんだそうだ。


 ああ、そのまま寒さの内に命の灯が消えていくんだな。


 雪が来ればほんの一時、夢心地のままあの世へ行けるぜ。


 夢を見ながら死ねるんだ。案外それも悪くない。


 こちとら毎日、泥と汗にまみれて野良仕事だ。春が来ればそうなるさ。


 お天道様のおかげで、楽しい楽しい毎日さ。


 夢は遠いが、ちゃんとある。


 俺は元々日陰者。都会の片隅で、日の当たらぬ生活をしていたぞ。


 だが、今は農家になって、日の下で楽しくやっているぜ。


 お前さんは出る時間を誤っちまったな。


 タイミングや巡り合わせの悪さでしくじるなんて、世の中よくあることさ。


 俺の周りも同じく農家を新たに始め、止めちまった奴もいる。


 投資した分が丸々無駄になっちまったな。


 生きてりゃどうにかなるだろうが、やっぱり勿体ないよなぁ。


 だから、俺はお前さんのようにはなりたくねえ。


 何もなさず、夢だけ見て、あの世になんかにゃ行きたくねえ。


 現実リアルで多少なりとも、面白可笑しく生きたいさ。


 さらば眠れよ、アブラゼミの姉さんよ。


 一匹さすらい夢の中。


 二月に出てきたお間抜けさんよ。


 詐欺にも等しい太陽の微笑と、それがもたらす三寒四温に騙されるな。


 次の機会があるならば、せいぜい気を付けることだ。


 ああ、今日は薄手で過ごせても、明日には再びコートに手が伸びる。


 ああ、早く陽気よ、続けてやって来てくれ。


 こいつが死なずに済むくらいの、本物の陽気な季節が待ち遠しいぜ。


 二月に出会ったアブラゼミは、そんな思いを強くさせやがった。


 風向きが変わり、寒風が肌を這ってきた。


 ああ、また冬に逆戻りか。


 早く来い来い、春一番。


 命芽吹く季節まで、あと少しだ。



               ~ 終 ~

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