22 秒

 私が芹沢くんの近くにまでやって来ると、彼は椅子をキイっと音を立て回転させて、きっちりと真正面で向かい合ってから、顔から足下までゆっくりと何度か視線を往復させた。


「えっ……何? 変……?」


 流石に現役でもなんでもない女子高生コスプレは、間近で見たら引かれたのかもしれない。何も言わない彼に不安になってしまった私に、芹沢くんは何度か頷いた。


「いや……これは、控えめに言って最高。水無瀬さんって、可愛い系の顔だからもう卒業してるはずなのに、違和感がない。このままで高校行っても、ちょっと大人っぽい子だなくらいで、学校内に入るの止められなくて通じるよ……可愛い。これ……俺が癖になったら、どうしてくれるの?」


 背の高い芹沢くんは今は座っているので、私の胸辺りの高さに彼の顔が来るという絶好のポジションだった。


「もし、制服フェチになったら、ちゃんと責任取るよ。芹沢くんってどんな制服だったの?」


「俺の時は、詰襟の学生服だった。卒業したら要らないだろうと思って、もう制服は捨てたんだけど、こんなことになるなら、取って置いたら良かった。後々になってこんな後悔をするなんて、全く予想してなかった」


 傍に居た私がより近付いて芹沢くんに抱きついたらその時はそうしようと思った訳でもないんだけど、彼の頬に胸が当たってとても嬉しそうな表情になった。


 あまり表情を動かさない推しが、わかりやすくデレるという、貴重な一瞬を私は目を光らせ見逃さなかった。


 出来たら毎秒、写真撮りたい。


 イケメンのこうした可愛い顔は、絶対に女性は癒される。貴重な人類の財産でもあるんだし、後世の人々のためにも残したい。なんで、政府は動かないの? むしろ、事の重大さ的には国連なのかな。


「芹沢くん。絶対、制服着ているところ、格好良いよね。私も、見たかったな……」


 絶対。恰好良い。推しの詰襟。絶対。格好良い。


 私の強い期待に満ち満ちた目を見て、芹沢くんはどう言うべきかと、若干言葉に迷ったようだった。


「弟の制服を、借りてみる……うん。水無瀬さんが、こういうのが嫌いじゃなかったら。俺も高校生じゃないし、コスプレになってしまうけど……そういうのに、抵抗なければ」


「え! 良いの? すごい。嬉しい。言ってみて良かった……芹沢くんの弟さんって、高校生なの?」


 こんな美形の推しに似た遺伝子を持つ個体が、世界にもう一人存在するなんて……絶対に、見てみたい。そういう関係筋の人が見たら、ダブルで国宝指定案件だと思う。


「うん。あいつ高校は、ブレザーだけど。水無瀬さんがこうして着てくれるなら、一人だけじゃなくて。俺も同罪だから、恥ずかしくないし……うわ。最高」


 芹沢くんは私のセーラー服の上着の裾から、さりげなく手を差し込み胸を下着の上から優しく揉んで、小さく色っぽく溜め息をついた。


「……芹沢くん、寝室行く?」


 これまでの何度かは、お風呂上りに彼がさりげなくリードしてくれるので、私がこういう事を言ったりする事はなかった。芹沢くんはそれを聞いて、こくんと喉を慣らした。


「待って……せっかく、そうやって水無瀬さんから誘ってくれたし。俺が良く勉強中にする妄想を再現したい。良い?」


「妄想? どういう?」


 芹沢くんって真面目な性格だし、たまにそういう色気のあることを冗談で言ったりもするけど、あくまで硬派で上品なのだ。そんな人がどういう妄想をするのかと、不思議になった私は首を傾げた。


「……勉強をしている俺がたまに頭に思い浮かべている、机の上に水無瀬さんを押し倒すという妄想」


「そんなことを考えつつ、勉強捗るの……?」


 さっきまで芹沢くんが何かを懸命に書き込んでいたノートの内容は、法律など勉強したことも無い私には理解なんて出来るようなものでもない。


 しかも、これは芹沢くん情報を流してくれるゆうくん談だけど、司法試験って覚える事や考えねばならない数が途方もなく多すぎて、本当に大変らしいのに。


 そんな難解な勉強をしている時に、私とそういうことをしてる妄想していて、頭に入るものなのかな。


「俺。水無瀬さんと付き合うまで、何をモチベにしていたんだって思うくらいに。勉強したら連絡出来るとか、会えるとか……今はそういう事ばっかり、考える」


「私……どうしたら良いの?」


 あ。妄想の再現許可を得たと思った芹沢くんの目が、瞬く間に本気になった。


 彼はゆっくりと椅子から立ち上がって、後ろにあった机の上を簡単に片付けた。法律関係の本ってこの本は何ページか考えるだけでこわいくらいに分厚いし、重そうだけど、テキパキとした動作で彼は片付け何もない空間を広げた。


「ん。ここ、座って」


 芹沢くんの迷いない指示通りに私がストンと机の上に座ると、彼は噛みつくようにしてキスを始めた。


「……あ……芹沢くんっ……」


 はあはあと息を荒らげて、彼を見たら何故か表情を険しくさせた。


「……うわあ。もう……これは、本当にやばい。我慢出来ない。無理。水無瀬さんって、何も考えずにこういうことが出来るのって、逆に魔性だと思うよ」


 準備が良い彼にあっという間に机の上に押し倒された。


「なんか……これって、こういうシチュエーションを楽しむだけで着ているだけとは、頭では理解はしてるんだけど。なんか、高校生時代の水無瀬さんといけないことしてるみたいで、やばい。着てる服だけで脳が誤作動、起こしてる……背徳感もあるし……堪らない……水無瀬さん。やばい。可愛い」


「あっ……ありがとうございます?」


「なんか、いくらでもイケそう。高校の制服も良いけど、水無瀬さんだったら……俺、なんでもイケると思う」


「ナース服とか?」


「多分。また秒かな」


「スチュワーデスの制服とか」


「秒」


「警察官の制服は?」


「あの……短いタイトスカートは、本当にやばい……多分、俺。水無瀬さんだったら、結構な確率で秒だと思う。流石に大学内とかでは、人としての倫理的な何かが働くけど、うん。密室は……我慢するの、無理だわ」


「ふふっ……芹沢くんって、私のこと好きなんだね。なんだか、本当に信じられない」


 私がそう言うと、芹沢くんはそんな様子をじっと見つめつつ言った。


「そう? 一途で水無瀬さんのこと、大好きで……将来性抜群な男なら。俺、知ってるよ」


「えっ……」


 私は彼の言葉を聞いて、絶句してしまった。


 す、すごい。こんな私が芹沢くんと付き合えてるのも、世界でも有数の奇跡がこの身に起きているのに、他の人にも好かれるだなんて。


「だ、だれ?」


 ドキドキしつつ私がそう言えば、芹沢くんは目を細めつつとても気に入らないって表情になった。


「……俺。他の誰だと、思ったの?」


「えっ……それって……罠じゃない? もう。ひどい」


「いや、ちょっと待って。水無瀬さん。誰だと思ったの? 聞かせて欲しい。ねえ」


 そうして、私は芹沢くんに手首を押さえつけられた。


「えっ……芹沢くん?」


「やっぱり、この恰好は反則。我慢するのは、無理……うん。けど、どうか。この制服着た後悔は、しないで」


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