第6話任務と本心

 夜になり、明かりのない訓練場に、短く呼吸を吐く声と、剣を振るう風切り音が鳴っている。

ジェネリーの日課である、素振りの鍛錬だ。

 オーマも、この時間に彼女が一人で鍛錬をしていることを知り、再び訓練場に訪れて、隠れて見守っていた。


“見守る”____。

“見学”、“観察”、“様子を見る”、でもなく、“見守る”だ。

これが、彼女の才を見て起きた、オーマの心境の変化だ。


 オーマは今、ジェネリーに対して、自分が過去に抱いたことのない父母性のような感情を抱いている。

彼女に才能があるから?彼女が懸命に訓練に励んでいるから?美人だから?それらもあるかもしれない。

だが、一番はここが帝国だからだ。

 最初に訓練を見て、才が無いと思った時は、落胆もしたが同時に安心もした。

帝国の第一貴族に、利用されずに済むからだ。

才がないのは悲しいかもしれないが、才があるとなれば帝国の第一貴族は放って置かない、必ず自分達が都合よく扱えるよう首輪を付けるだろう。


 この国において、第一貴族以外の者は使い捨てと言っていい。

彼女も貴族だが、第一貴族と第二貴族では雲泥の差がある。

だから、自分や他の才ある者達と同様に、彼女が使われる運命を辿ると思うと、不憫に思えていた。

守ってあげたい、助けてあげたい、そんな感情が芽生えてくるのだ。

だが、オーマ自身が、その任務を命ぜられているのが悲しくて、泣けてくる。


 自分が情けなくて、第一貴族に反吐が出て、彼女が可哀想。そんな感情が入り乱れている。


 気持ちはかき乱されているが、視線は彼女の姿を捉えて離さない。

凛々しい瞳で、脇目も振らず剣を振るう姿は、女神の様に美しい。

月明かりに照らされて光る汗は、彼女の真剣さを物語るもので、外見の美しさを損なうものではない。

 その姿にオーマは心奪われるも、冷静な分析もする。

ジェネリーの剣の使い方、魔力の使い方共に、基本に忠実だ。

だがそれだけに、不器用でもある。

ジェネリー本人の性格が窺え、思わず笑みを浮かべてしまうが、少しもどかしい気持ちになる。


(基本に忠実すぎだ・・・)


 もちろん基本は大事だ。どんな物事においても、基本を押さえておくことは、応用する上で重要だ。オーマはよく理解している。

だがそれは、ちゃんと確立された基本ならの話だ。

 剣術は良いだろう、色々な流派が生まれ、長い歳月を掛け、剣術の基本は先人達の積み上げた知識と技の集大成になっている。

 だが魔法は違う。長年存在を知りながらも、超常の力ゆえ不可能と言われたり、魔族などが扱いに長けているため、忌み嫌われたりと、殆んど研究されてこなかった。

帝国ですら、本格的に研究を始めたのは、ウーグスができた50年位前からだ。

剣術の武芸や他の技術と比べると、魔法の基本は約50年位で一国が積み上げたものでしかない。

もちろん、国内で様々な研鑚がなされてはいるが、他の分野のように、様々な交流があるわけでもない。

 おまけに、魔法は非常に奥が深い。学べば学ぶほど、新たな仮説、可能性が生まれてくる。

帝国が積み上げたものなど微々たるものなのかもしれない。

ゆえに、帝国で教わったことが、魔法のすべてと考えるべきではないのだ。

時には基本を疑い、自らの感覚を信じたほうが上手くいく場合がある。

 だが、ジェネリーはその性格と、訓練兵という立場のせいか、帝国の教えを全く疑っていない。

まだ発展途上の帝国の魔法技術を、ルールの様に厳守している。

___オーマには、ひどく窮屈に見えた。

 どの分野においても学習の過程で、その人の癖が出るものだ。

普通なら、その技術が上手く身につかなくなるので、矯正する。

だが、魔法に至っては、少し違うとオーマは考えている。

 魔法の場合は、基本の学修をしている中で自身の個性を見つけ、それを生かす方がオーマの経験上、上手く魔法を扱えた。




「・・・それにしても、一体いつまで続けるんだ?」


 オーマが来て、もう一刻が経とうとしている。彼女はオーマが来たときからあの調子だから、それ以上続けていることになる。

それだけ魔力を行使し続けていることに驚きつつ、体に負担をかけすぎている気がして、オーマの方が、気が気じゃなくなっていた。


「・・・ッ!ああ、ダメだッ!見てられん!なあ、君!!」


 ついに我慢できなくなったオーマは、ジェネリーに声を掛けた。

任務のことは頭に無かった。


「___はっ?・・はい、どちら様ですか?」

「突然声を掛けて申し訳ない。私は北方遠征軍第3師団所属、雷鼠戦士団団長オーマ・ロブレムといいます」

「えっ!?あの!?あ、いや、失礼しました。訓練兵のジェネリー・イヴ・ミシテイスです。団長殿が、私に何の御用ですか?」


驚きつつも丁寧に挨拶してきたジェネリーに、オーマは驚いた。


(・・・第二貴族だから、もっと高圧的な態度で来ると思ったが・・・以外だな)


「いえ、大したことではないのですが・・・遠征から戻り、街を回っていたら、懐かしい気持ちになって、懐かしついでにここまで足を運んだのです。そして、訓練する貴方を見かけまして、訓練の仕方に思うところがあって、おせっかいですが、もしご迷惑でなければアドバイスできないかと思い、声を掛けてしまいました」

「そうでしたか!迷惑だなんて、とんでもない!勇猛で知られるサンダーラッツのオーマ団長から手ほどきして頂けるなんて光栄です!是非ともお願いします!」


明るく友好的な声で返答したジェネリーは、礼儀正しく頭を下げた。


「あ、いや、そんなにかしこまらないで下さい。私は平民ですから」

「いえ、敬意を払うべき方に平民とか、そういう身分は関係ないですよ」

「へぇ・・・」


 オーマは感心した。

第二貴族の者は、第一貴族に対して劣等感を抱きやすく、そのせいか平民に対して高圧的な者が多い。

だが、彼女は違うようだ。

 資料や訓練する姿から受ける印象とは、だいぶ違う。

それに思っていた以上にこちらの提案に食いついてきた。

彼女自身、自分の力と練習方法に思うところがあるのかもしれない。


「そう言って頂けると、こちらも嬉しいですが、本当にかしこまらなくても大丈夫です。こちらも委縮してしまいますし、助言といっても一言でいえば、“もう少し力を抜いた方が良い”といった程度のものなので」

「力を・・ですか?」

「はい。魔法の扱いに関して、基本にこだわり過ぎている様に見えました」

「そうでしょうか?」

「はい。もちろん基本は大事ですよ?でも、私は魔法に至っては、少し違うと考えております」

「どう違うのでしょうか?」

「魔法の場合は、まず基本自体がまだ成熟しておりません。ですので、帝国の教えイコール答えではありません。魔術は感覚的な部分も多いですから、学修の過程で自分の個性を見つけて、それを生かす方が、私の経験上、上手くいきました」

「個性ですか。私の個性・・・」

「教えられた通り、精神を統一して、自身の内側にある魔力を感じ取り、肉体を魔力で再構築するように、魔法術式を展開・・・と、まあ、馬鹿正直・・いや、真面目に考えるより、魔力も体の一部と考えて、本能に任せた方が良かったりするのです」

「考えるより、感じろと?その方が上手くいきますか?」

「人によりますが、戦場では、頭で考えている暇はありません」

「なるほど」

「ちなみに、ジェネリー様は、何のために軍人になろうと思ったのですか?」

「え?」

「差し支えなければ、ジェネリー様が何を思って剣を振るのかを、教えて頂きたい。肉体の本能は精神に左右されがちですから」

「そ、そうですね・・・」


 少しためらう様子を見せるジェネリーに、踏み込みすぎたか?とも思ったが、ジェネリーは軽く深呼吸をして、話始めてくれた。


「今の父が嫌いで・・・あんな風になりたくないからです」

「お父様のことが?」

「私が幼少の頃、父は厳格であると同時に、民に心を砕く良主でした。ことあるごとに、民を守るのが貴族の誇りだと、民に寄り添って生きるのだと、そう言い聞かされました。父の教えは厳しいものでしたが、民に尊敬される父の姿を見て、それを誇りに感じ、私もああなりたいと思っていました。ですが、シルバーシュが帝国から圧力を受けると、王と父は、戦うことすらせずに帝国の傘下に入りました・・・。そして、帝国に来てからの父は、帝国の民を無視するのはもちろん、シルバーシュの民のことすら忘れて、第一貴族連中・・・あ、いや、第一貴族の方々に媚びてばかりです。昔の威厳と優しさに満ちた父はどこにもいません・・・あんな父の姿は見たくはありませんでした・・・」

「自分は、そうはなりたくないと?」

「はい!誇りをもって生きたいのです!!」


(話の内容は資料通りだな)


 熱く語るジェネリーの思いに当てられることは無く、オーマは冷静に話を聞いていた。

いや、話を聞いているうちに冷静になった、が正しい。

 オーマは、表には出ない帝国のやり口を知っている。

ジェネリーは、父親が腑抜けたと思っているようだが、オーマはむしろ、それほど厳格な人物を腑抜けにしてしまうような工作を、帝国側が仕掛けたのだろうと思っている。

戦う事すらしなかったと言うが、当時のシルバーシュと帝国の戦力差を考えれば、一概には責められない。

ジェネリーの立場も不憫だが、父親はそれ以上な気がしていた。


「あ、あの・・・」

「え?」

「いえ、それで・・・この話と魔法と、どう関係するのでしょう?」

「ああ、失礼。少し考え過ぎていました。それが、ジェネリー様の軍人になられた理由なのですね?」

「はい」

「分かりました。話をしてくださってありがとうございます。では、その思いで戦って、相手を打ち負かしたときは、どんな気分になりますか?」

「どう・・・とは?・・・何かを思ったことはあまり無いですね」

「なるほど。では、その逆に、相手に打ち負かされたときは、何を思いますか?」

「そう・・・ですね。今日も試合をして、負けてしまったのですが、その時は自身が情けないな、と」

「情けない?」

「はい。父のように口先だけの人間になりたくなくて・・・でも、その、恥ずかしい話、私は成績が悪いので・・・この程度なのかと・・・・・」

「なるほど」


 父親のように、口先だけの人間は嫌いだが、自分に実力が無いことで、そんな人間と自分が大して変わらないことに、コンプレックスを感じているようだ。

 聞いた話と今日の訓練の様子で、彼女の戦うことに関する性格を大体理解したオーマは、彼女の魔法の原動力となる感情を推測する。


「やはり、帝国の教えは、ジェネリー様に合っていないと思います」

「そうなのですか?では、どうすれば?」

「体の力を抜いてリラックスするのではなく、その逆に意識を昂らせましょう」

「教本と逆のことをするのですか?」

「はい。先程も申しましたが、帝国の基本はまだまだ成熟していません。だから、本人の戦う動機や、戦っている時の心境を考慮した方が良いです。一人一人、魔力を引き出せる感情が違うと言っても良いです。話を聞く限り、ジェネリー様が最も魔力を引き出せる感情は、“怒り”だと思います」

「怒り・・・」

「はい」


 オーマの推測では、そんなところだ。

単純に、目標に向かう向上心等が、一番魔力を引き出せる感情なら、相手に負かされた時に、あの力が引き出されるのはおかしい。

相手に打ち負かされた後に、あの力が引き出されたのであれば、目標に挫けそうになった時に、敗北感や劣等感での自分に対する“怒り”が、彼女の魔力を引き出す一番の要素になったのだろうと考えた。


「先程の話でも、一番気持ちが昂ったのは、お父様の現状に対する“怒り”。それを覆せない、今の自分に対する“怒り”でしょう?」

「確かに・・・」

「後は・・・そうですね、その怒りを込める場所ですね。怒りの感情を戦闘で生かすのは、実は難しいです。冷静な判断ができなくなったり、肩に力が入りやすくなって、剣が上手く振れなかったりしますから。なので、自身の下腹に力と一緒に、怒りの感情を込めて、下腹から魔力を放つイメージで、術式を展開してみましょう」

「分かりました!」


 ジェネリーはとても熱心に話を聞いてくれる。

オーマの中で、ジェネリーの印象がどんどん変わっていく。

ジェネリーは、一見とっつきにくく見えるが、話してみると驚くほど素直で好感の持てる人物だった。

現在、父親と不仲な彼女には言えないが、“親の教育が行き届いている”、と思った。

 ジェネリーと接して、楽しくなってきたオーマは、さらに饒舌になり、剣術にも実戦的なアドバイスをするのだった__。

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