第5話勇者候補ジェネリー

 次の日の朝。オーマは軽い財布と、軽い後悔を持って外出の支度をする。

リストにある勇者候補の中で、帝国の軍学校の生徒をしている人物がいる。

実際に、勇者候補がどんなものか様子を見るべく、軍学校へと出かけた。


 軍学校は、軍の宿舎と同じ第二区画にあるが、大通りの反対側の奥の方で少し歩く距離だ。

道中で朝食をとりながら、ゆっくり一時間ほどかけて現地に到着した。

 学校に着いて門をくぐり、訓練場へと慣れた足取りで向かう。


 オーマもこの軍学校の出だ。

今は帝国に対して不信感しかないが、それでも少しだけ懐かしい気持ちになる。

オーマもこの学校に通っていた頃は、帝国の理念に賛同し、世を平和にするべく懸命になっていた。

 生徒たちが、あの頃の自分と同じ様に、汗を光らせて訓練に励んでいる。

魔王に打ち勝つためか、平和のためか、あるいは出世するためか・・・自身の明るい未来のために瞳を輝かせている。


「ああ・・・あの頃は、俺もあんな感じで・・・若かったな」


 昔を思い出すと、どうしても今と比べてしまう。

少し物悲しくなるも、目当ての人物を見つけると、気持ちが切り替わった。


「・・・あの子か?ジェネリーって」


 オーマの視線の先には、剣を振るう若い女性がいる。

燃えるように紅く、艶のある長い髪を束ねたポニーテールを、剣と一緒に振っている。

顔は整っていて、上品な顔立ちだが、目が大きくもやや鋭く、気迫を感じる。

訓練中で顔も服も泥だらけだが、美しさは失われていない。かなりの美人だ。

訓練用のボロボロのレザーアーマーとのアンバランスなギャップが面白い。

 オーマは、懐から勇者候補のリストを出すと、彼女に関する情報を改めて確認する。


 ジェネリー・イヴ・ミシテイス。軍学校訓練生、18才。第二貴族のミシテイス家の長女。

ミシテイス家は元々、リジェース地方にあった『シルバーシュ』という国の貴族で、シルバーシュは、ドネレイム帝国とバークランド帝国に隣接している国だった。

5年程前に帝国の誘いを受け(圧力に屈して)帝国の傘下に入り第二貴族となる。

 本々は厳格な家柄で、帝国に来る前から厳しい教育を受けている。

本人はそれを嫌がることは無く、国と民を守る使命感を持っていた。

そのため、根は優しく真面目ではあるが、少し気が強く、融通が利かない性格と言われている。

 親が帝国と戦うことすらせず、併合に賛成したことに対して反発しており、現在、家族関係は良好とは言い難い。


 リストの情報を確認し終えて、改めて、ジェネリーの訓練の様子を観察する。


 ジェネリーの特訓は、はっきり言って見るに堪えない。

ボロボロになりながら剣を振るう姿は健気だが、気合が空回りして、相手に動きを読まれ、いなされている。

それでもジェネリーは、反撃を受けながらも諦めることなく、相手に挑んでいる。


 その様子を、オーマは少し冷めた目で見ていた。

若者の一生懸命な姿。本来なら応援したくなるものではあるが、そう思ってあげられないほど、今のオーマはすれている。

戦場で生き抜いてきた戦士としての冷静な判断でもある。


「・・・ホントに大丈夫か?このリスト」


 ジェネリーは、体力こそありそうだが、剣の技量も、肝心な魔力も大したことはない。

勇者としての片鱗があるのは気の強さだけだ。

その気の強さも、訓練兵としてなら微笑ましいが、自分の部隊に入れたいとは思わない。

気持ちが先走って、連携を乱し、足を引っ張る姿しか、見ていて想像できない。

初見なので全てを決める気はないが、最初の第一印象は、“期待外れ”だ。

ジェネリーの資質と、リストの信憑性を疑う結果となった。


 今日は様子を見に来ただけ。

この様子では、もう見るべきものはないだろうと、帰ろうとした。

 その時_____。


「イィヤアァーーーーー!!」


 先ほどより一段と大きい声で、ジェネリーが剣を上段に振り上げ、突進する。

そして、相手の間合い手前で飛び上がり、自身の最大限の魔力を込めた大上段斬りを放った。


(____ただの悪あがきだ)


 ジェネリーの気迫のこもった声に釣られるも、オーマの反応は薄い。

自身の最後の力を振り絞った大技なのは分かるが、あまりに工夫が無い。

 実際、相手はこれを読んでおり、滑らかな動きで躱して、ジェネリーの上段斬りを打ち落とした。

ジェネリーの手から剣が離れ、体は大きく体勢を崩し、ろくに受け身もとれぬまま地面に強く打ち付けられた。


その姿に、周囲の訓練兵達は、幾人か励ましの声を掛ける者もいるが、大体が落胆や嘲笑の表情を浮かべている。

ジェネリーが貴族のため、表立って馬鹿にする者こそいないが、概ね劣等生に見せる反応だった。


 しかし、オーマの反応は違った。


 先程の冷めた表情とは違い、大きく目を見開いて、口も開けっぱなしにして、度肝を抜かれた表情のまま立ち尽くしていた。

オーマは見たのだ。ジェネリーが受け身もとれず、激しく地面に打ち付けられた際、腕があらぬ方向に曲がったのを。

明らかに曲がってはいけない方向に曲がったのだ。常人なら複雑骨折で動けなくなっているだろう。にもかかわらず、ジェネリーは多少痛がって腕をさすっているだけ。

明らかに異常だった___。


「なるほど、な・・・」


オーマはようやくジェネリーの資質に気付き、リストが正しかったことを理解した。

 腕の複雑骨折をして何事もないのは、明らかに魔法の作用によるものだ。


 『信仰魔法』と『潜在魔法』。この世界の2種に分かれる魔法は、どちらも先天的に備わる要素と後天的に備えられる要素がある。

これらの魔法の理論は、未だ謎が多く、殆どの国が曖昧にしか把握できていない。

 帝国も魔法のすべてを解明したわけではないが、他国よりは魔法技術が進んでおり、その長年の魔法研究の成果を基に、先天的な要素を『RANK』、後天的な要素を『STAGE』と名づけ基準を設けている。

そして、兵士たちの能力を、才能はRANKで、習熟度はSTAGEで測っている。


 信仰魔法のRANKは『派生属性』を扱える様になるか否かで、決まる。

信仰魔法は四大神を基本属性に、そこから派生する属性がある。

それは現在、4段階まで在るとされていて、才ある者はその『派生属性』の信仰魔法を扱える。

 RANK1は基本属性の炎・水・風・土。RANK2が雷・氷・樹・金。RANK3が創造・重力・幻影・薬物。RANK4が虚無・時空・精神・生命となっていて、派生の仕方は下の図のようになっている。



時空―――幻影――精神

│   / \   │

│  氷―水―樹  │

│ /│   │\ │

重力 風   土 薬物

│ \│   │/ │

│  雷―火―金  │

│   \ /   │

虚無―――創造――生命



 そして、この属性をどこまで操れるかが、習熟度を表すSTAGEとなり、8段階まで設定されている。

完全に先天的な才能のRANKとは違い、習熟度を表すものなので、誰でも修練を重ねれば上達する。

しかし、同じトレーニングや勉強をしても、筋力や知力に個人で差が出るのと同様に、STAGEにも個人差が出る。


STAGE1(錬成):信仰している神の属性を術式で生み出す。初歩。術式さえわかれば、誰でもできる。

STAGE2(形成):錬成した属性を術者の思う様に形作る。剣や鎧など、この辺りから戦闘での実用性が生まれる。

STAGE3(連結):同じ属性を操る者と術式を連結させ、魔法の威力や規模を上げる。帝国軍人の最低水準。できないと訓練兵は卒業できず、軍人になれない。

STAGE4(放出):魔法を自身の術式から切り離し、飛ばす。砲兵は、一定の速度と距離が出せなければならない。このSTAGEから、向き不向きの差が出る。

STAGE5(発生):術式を自身から離れた所で展開し錬成する。難易度が高く、一生できない者もいる。

STAGE6(付与):色々な者に術式を刻み、半永久的に効果を発揮する魔道具を作る。後天的に習得できるとはいえ、到達できるものは少ない。

STAGE7(召喚):同じ属性の精霊や魔獣などの生き物を召喚し使役する。一握りしか到達できない。帝国でもエルフのカスミ・ゲツレイしか到達していないらしい。

STAGE8(融合):錬成した魔法や召喚した生物と融合し、一体化する。過去の勇者の伝承に出てくるが未確認。


 この他に、錬成したただの水を、傷を癒す水に変えたりする『性質変化』という魔術もある。

『性質変化』は、炎や雷など、属性によっては実用性が低いため、難度は高くないが習熟度を表す基準に入らず、『特殊STAGE』と位置づけられている。


 そして、肉体を魔力で強化する潜在魔法の場合、RANKは“体のどこまでを強化できるか”でSTAGEはどんな強化ができるかを表す。


RANK1:皮膚、RANK2:筋肉、RANK3:骨、RANK4:神経、RANK5:内臓、RANK6:細胞、RANK7:魂

STAGE1:強化、STAGE2:硬化・軟化、STAGE3:回復、STAGE4:伸縮・肥大、STAGE5:再生


 帝国軍人の最低基準は、信仰魔法RANK1(基本属性)のSTAGE3(連結)で、潜在魔法はRANK2(筋肉)のSTAGE1(強化)となっている。

他国に至っては、一般人では魔法を学ぶ機会すら無く、魔法を扱える一兵卒自体が少ない国もある。国によって帝国に近い水準の兵士を持つ国もあるが、やはり最も水準が高いのは帝国で間違いない。


 では、この帝国の魔法基準で先程のジェネリーの力を測るとどうなるか?


 ジェネリーは骨折した腕を、直ぐに治してしまった。

これは潜在魔法RANK3(骨)のSTAGE3(回復)とも言えが、彼女は骨折の痛みを感じず、気付いてすらいなかった。

本人も気付かぬうちに、魔法で痛覚を操作したといえる。

そうなれば神経を操作したことになるので、RANK4(神経)とも言える。

どちらにせよ、この時点で、訓練兵でありながら、帝国の正規兵の最低水準を軽くクリアしている。

 だがこれでも、パッと見の印象だ。

 何故なら、潜在魔法の回復は、自然回復を促進するものであって、一瞬で回復させるのはほぼ不可能なのだ。できなくはないのかもしれないが、少なくともオーマは戦場で一度も見たことがない。

オーマも、潜在魔法はRANK3(骨)のSTAGE3(回復)だが、骨折を魔法で回復させるには一晩は掛かる。

いや、世の基準で言えば、“一晩で骨折を治せてしまう”なのだが、ジェネリーの回復力はそれを優に上回っている。

これはむしろ、STAGE5と言えるかもしれない。


 18才の訓練兵が最高STAGEの域に達している。これは全く非常識な話だ。


 STAGEを上げるのは、信仰魔法にしろ、潜在魔法にしろ、通常年単位の修練を必要とする。

さらにSTAGEは上になればなるほど、次のSTAGEに上がるのが難しくなるのだ。

 特に、信仰魔法も潜在魔法もSTAGE3~STAGE4に上がるのは、実はRANKと同じく生まれながらの才能が必要なのでは?と言われるほど壁が高い。

 18才から32才まで、10年以上魔法の修練をしてきたオーマでさえ、信仰魔法RANK2(雷)のSTAGE4(放出)、潜在魔法RANK3(骨)のSTAGE3(回復)だ。これでさえ、1万人に一人と言われる才能で、周りから羨ましがられたものだ。


 普通なら、何かの見間違いと思っていただろう。

だが、彼女は勇者候補。

どうやって第一貴族がその才能を発見したかは謎だが、勇者になれる可能性を秘めた人物だ。

この非常識なジェネリーの力にも、納得せざるを得ない。

 オーマは、勇者候補に上がった者のその才を感じ、言い知れぬ興奮を覚え、一度訓練場を後にした__。

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