第4話ろうらく作戦

 ドネレイム帝国の首都ドネステレイヤ。人口約200万人のファーディー大陸最大の都市。

本々は、魔王大戦時の防衛拠点で、その要塞をベースに城も街も作られている。

前魔王大戦後にできた都市なので、この大陸内の国家としては歴史が浅い。それゆえ、街並みは綺麗だ。

 オーマは戦災孤児ゆえ、ここは故郷ではない。ここの孤児院で育ってはいるものの、数年で軍学校に入って、卒業後は遠征軍として、北方のリジェース地方に遠征していたのもあって郷土愛は薄い。

だが、それでも前までは、帰ってくれば心落ち着く場所で、遠征の疲れを癒せる土地だった。

 今はとてもじゃないが落ち着く気持ちにはなれない。

この後、自身が最も嫌い、恐れる人物と会わなければならない。

それを考えただけで気が重くなる。


 重い気持ちと足取りで、どうにか軍の宿舎に到着したオーマは、皆に指示を出す。

雑な指示の出し方になってしまったが、各隊長たちは慣れたもので、そんな指示でもテキパキと動いてくれる。

更には、オーマに気を使って、自らオーマの仕事を手伝い、オーマには部屋に戻るよう促してくれた。

 今夜、宰相と面会するよう通達があったからだろう。言葉ではなく、行動で皆がオーマを気遣ってくれている。

そのことに少しだけ慰められ、オーマは自室に戻った。


「帰って来たその日に面会とは、ずいぶん急かしてくれる」


 1日位は休ませてほしいと思う。

だが、どうせ、呼び出しの内容が気になって気持ちが休まらないとも思う。

なら、これでいいのかもしれない。


「早く済ませたほうが楽かな・・・」


どちらにせよ、オーマに選択肢はない。

 ブツブツと愚痴りながら、遠征で汚れた体を拭き、身支度を整え、城に向かった__。




 皇帝の住まう城、帝都の本城ドミネクレイム城の姿は圧巻だ。

城というよりは巨大な要塞で、重々しい威圧感を放って、そびえ立っている。

それもそのはずで、この城は魔王大戦時に要塞として建てられ、大戦後改装された城だ。

大戦中は、侵攻してくる魔王軍に対する最終防衛拠点として、最後まで魔王軍の侵攻を食い止めた要塞だ。

そのこともあり、大陸最硬の城の呼び声もある。

 歴史が浅いため、他国の城より趣は無いが、新しく綺麗な石造りで、戦火があったことを感じさせない。

帝国最新の魔導技術も導入されており、その設備と思われる人間大の球体の水晶が淡いく光り、夜に見ると幻想的な景色となる。

人によっては、巨大な怪物の様にも見え、恐ろしく感じるだろう。

皇帝の住まう城としては、実績、能力、技術、全て申し分ない。

 暗い気持ちを引きずったオーマには、入口の門は怪物の大口に見え、捕食されるような気分だった。




 城内に入り廊下を歩くと、その通路の左右には綺麗な調度品が並ぶ。

行儀が悪いのでキョロキョロしたりはしないが、横目で見てしまうのは止められない。

もっとも、芸術に関心のないオーマには、“一体いくらするんだ?”といった俗世間的な関心だった。


(場違いな場所だ・・・)


 気分は更に落ち込み、一周して達観した気持ちになってくる。

決して良い気分ではないが、この場ならこれくらいでいいかなと思う。

緊張しすぎたりして、粗相をしたら、それこそ“事”だ。

 今の冷めた気持ちを、冷静になれたと前向きに解釈し、廊下をさらに進んでいくと、前から2人の貴族が歩いてくる。

 それぞれ銀の装飾品に、青を基調にした服装の者、黄緑色を基調にした服装の者だ。

恐らく第二貴族だろう。



 この国では、服装で大体階級が判るようになっている。

第一貴族は、白・赤等を基調とした服に、金の装飾品。

第二貴族は、それ以外の清色の服に銀の装飾品。

平民は、濁色の服に銅の装飾品といった具合だ。

あくまで、昔からの風習であって、法律ではないので、例外はいくらでもあるが、城内や式典など、公式の場ではその通りの格好が今でも求められている。


 オーマは足を止め、廊下の端に立って頭を下げる。オルドといるときとは違い、平民としての作法だ。

目を合わせたくないので、そう振る舞うことに抵抗はなかった。

頭を下げ、第二貴族の2人が通り過ぎるのを待つ。

すると、2人が通り過ぎようとした時、オーマの後頭部に「チッ!」と舌打ちが落とされた。


「ああ、何か臭うと思ったらドブネズミがいるじゃないか。まだ、この国で這いずり回っているのか」

「アハハ、かわいそうですよ」

「だが、ここは神聖な場所だぞ?何故このような奴がいる?」


 態度には出さず、心の中で(ああ、またか・・・)と呟く。

新人に噛みつかれるのと同様に、第二貴族に絡まれ、嫌味を言われるのもよくあることだった。

最早、苛立ちすらない。


「おい貴様!聞いてただろ!答えろ!」

「ハッ、クラース宰相閣下に呼ばれ、参上いたしました」

「ムッ、クラース宰相が?一体何用で?い、いや・・言わなくていい」


 第二貴族の2人も、クラースの名が出てきて態度が変わる。

たとえ平民、しかも不正を働いた(事になっている)者にでさえ、クラースの息のかかった人物には大きい態度は取りづらく、係わりたくないらしい。


「ま、まあ、クラース宰相ほどのお方なら、こんなドブネズミの扱いも心得ているのでしょう」

「ふん、宰相閣下に失礼のないようにしろよ、ドブネズミ。あー、ドブネズミじゃ、どう頑張っても部屋を汚してしまうか?ハハハハハ!」


 2人は笑いながら立ち去って行った。

オーマは、その背中を睨むことさえせず、床を見ていた。


 “ドブネズミ”__。あの事件以降にオーマに付いたあだ名で、サンダーラッツが由来だ。

雷のネズミ→黄色いネズミ→黄ばんだ汚れのあるネズミ→ドブネズミ、ということらしい。


 表立って公表されていないが、団の名前にも階級によって違いがある。


 先ず、団長が貴族なら『騎士団』になるし、平民の場合は『戦士団』になる。

そして、第一貴族が団長の場合は、神や精幻獣の名が付き、第二貴族が団長の場合は、精霊や魔獣の名が付き、平民には動物の名が付く。

これに団長の扱う魔法の属性が加わって、団名が決まる。

 例えば、第一貴族、第二貴族、平民、それぞれが炎の属性を得意とする団長なら、『炎龍騎士団(フレイムドラゴンナイツ)』『黒犬騎士団(ヘルハウンドナイツ)』『炎熊戦士団(フレイムベアウォーリアーズ)』等といった名前になる。

そして、オーマが団長を務めるのが『雷鼠戦士団(サンダーラットウォーリアーズ)』通称サンダーラッツだ。

 安易な名付け方だなと、気持ちが覚める前から思っていたが、軍団の数も多く、格差をつけるならこんなものなのだろう。

それゆえ、本々そんなに好きな名ではなかったが、このあだ名で更に嫌いになる。

とはいえ、すでに自分にも周りにも馴染んでしまっているので諦めている。


 第二貴族の嫌味などは、先も言ったように、最早何も感じない。

特にあの事件以降は、表立って自分に嫌味を言ってくるような奴はその程度だと思うようになった。

 本当にやばいのは、表で嫌味を言ってくる偉そうな第二貴族ではなく、何も言わない第一貴族の方だ。

表では善良に見えて、民からも支持されているから余計に質が悪い。

第一貴族に比べたら、第二貴族など可愛いものだ。


(その第一貴族の中で、最もやばい奴に、これから会わなきゃならないんだよな~・・・)


 オーマの足は、さらに重くなって、宰相の政務室へと運ばれた__。




 宰相の政務室の前に到着すると、オーマは深呼吸して改めて姿勢を正す。

それから、ドアを4回ノックすると、「入れ」と、短く冷たい返事が返ってきた。

オーマはその声だけで緊張し、一瞬部屋に入るのを躊躇してしまうが、意を決して中に入った。


「失礼します!雷鼠戦士団団長オーマ・ロブレム、お呼びにより参上しました!」

「ご苦労。こちらに来たまえ」

「ハッ!」


 宰相に促されるまま、宰相の机の対面、数歩手前まで進む。

そんなことすら緊張が走り、もつれなかった自分の足に感謝した。

他のお偉方に会ってもこうはならない。多分の他の第一貴族相手でもそうだろう。

戦場で不利になったり、強敵に会ったりしてもこうはならない。

目の前の人間から感じるプレッシャーは、それほど圧倒的だった。


 ドネレイム帝国宰相クラース・スキーマ・エネル。

5代目の皇帝が若く、即位したばかりゆえ、実質的に現在の帝国の実権を握り、指導者となっている人物。

目元まで伸びた金髪の前髪から覗く目つきは鋭く、獲物を狙うような眼光でオーマを睨いる。

第一貴族らしい赤と白を基調にした装いで、荒のない高級素材に、きめ細かい刺繍がされ高級感があふれている。そして、金の装飾品が下品にならない位に胸元や腕を飾っている。

 特筆すべきは、それらすべて魔法が付与された、魔道具であることだ。

一見すると、ただの貴族の装いだが、付与されている魔法は強力で、帝国騎士の鎧の防御力をはるかに上回る。遠征軍の平民が身に着けるレザーアーマーでは、比べ物にならない。

身に着けているクラース本人の強さと相まって、オーマが完全武装で挑んでも、簡単に返り討ちにされてしまうだろう。

 クラースは宰相ゆえ、知において非凡なのはもちろんだが、武においても秀でており、帝国内でも1・2を争うほどだ。


 貴族にありがちな、権威のために誇張された武勇伝かと思うかもしれないが、帝国の第一貴族達において、それは当てはまらない。

 この国は、対魔王を目的として、大陸に覇を唱える国。力こそ正義と言える。

それだけに、第一貴族は、祖先の代から厳しい教育を受けている。

魔法技術が発展して、個人差は出ているが、それでも第一貴族の者たちは強い。

実際に戦っているところを見たことがないが、オーマはそのことを疑っていない。

こうして、クラースと対面すれば、それが決してハッタリで無いと分かる。

事実、帝国軍人でトップクラスの実力のあるオーマより強い者は、そのほとんどが第一貴族だ。

権力を握り、利益をほしいままにしていながら、第二貴族達とは違い、知においても武においても、磨き抜かれている。帝国の第一貴族は、まさに真のエリートなのだ。

 その筆頭となるのがクラースだ。帝国を牛耳る権力、その力で振われる政治手腕、智謀、軍略、統率、そして個人の武勇。

悔しいが、“完璧”という言葉がこれほど似合う人物をオーマは知らない。

 そんなクラースからは、本人が意識してか、圧倒的威圧感があり、皇帝より威厳がある。

実際に、他国からの賓客が来た際、宰相を皇帝と間違えた者もいるらしい。

オーマも思わず跪いてしまいそうになるほど萎縮してしまい、返事1つするのも勇気か要った。


「北から西へと、長期の遠征本当にご苦労だった。皇帝陛下もお喜びだ。今後も貴官の働きに期待する」

「私目のような者に、そのようなお言葉を頂けるなど光栄の至り。今後とも、命続く限り帝国に尽くす所存です」


 労いの感情を全く感じない態度に対して、こちらは多少大げさに恭しい態度で、胸に手をあて頭を下げ、臣下の礼をとる。

 そのオーマの態度を無表情に少し眺めた後、クラースは言葉を続けた。


「貴君のような優秀な人材は、平民であっても貴重だ。以前、騎士の称号を与える話が出るも、流れてしまったが、貴君であれば、また出るだろう。その時こそは、貴君を貴族として迎えられたらと思う。その日のため、今後も力を貸してほしい。」

「(嘘つけ!)ありがたき幸せ。たとえ貴族に成れずとも、帝国のために奮励努力いたします」

「貴君の言葉に感謝しよう。それで、早速だが、貴君にやってもらいたいことがある」


 無機質な美辞麗句を言った後、クラースが本題に入ろうとする。

情緒も何もないが、オーマも1秒だってこの場に居たくないので、なにも文句はない。


(さっさと引き受けて帰ろう)


何を命令するのかは分からないが、どうせ断れないので、「何なりとお申し付けください」と口にし、次に「はい、お任せください!」を用意してクラースの言葉を待つ。


「実は君に、複数人の女性を口説いてもらいたい」

「はい、お任せください!・・・はい?」


何を言われたか理解できず、一瞬時が止まる___。


 そして時が動くと、間抜けな声を出していたことを思い出し、慌てて言い訳をした。


「えっ?あッ!はい!失礼しました!申し訳ありません!全く予想いなかったもので、一瞬困惑してしまいました。えっと、つまりは人材の引き抜きという事でしょうか?」

「そうだ。そして、これがそのリストだ」


(ならそう言えよ!!なに真顔で女を口説けとか言ってんだよ!!)


心と体に変な汗をかきながら、机に出されたリストを手に取り、ざっと目を通す。


(・・・何のリストだ?)


リストを見る限り、女性たちに共通点が見当たらない。

年齢、出身、所属、知名度、殆どバラバラ。オーマの知人というわけでもない。


「失礼ですが、これは何のリストでしょうか?この子たちはいったい・・・」

「魔王に対抗する勇者の可能性を持った、勇者候補のリストだ」

「ッ!?」


 投げかけた疑問の答えは、思いもよらない答えだった。


「詳細を説明しよう。魔法研究機関『ウーグス』の調べで、魔王の誕生が近い事が分かった。最新の魔導技術で、この大陸の負の力を観測、おおよそではあるが、前魔王の持っていた魔力と同等の負の力が大陸に蔓延しつつあるそうだ。所長のカスミの話では、恐らく、10年以内に魔王が誕生するそうだ」

「10年以内ですか!?前回の魔王が誕生して、まだ100年ちょっとしか経っておりませんが!?」

「ああ、そうだ。それだけ、怨嗟の声がここ100年多く、負の力が大陸に満ちるのが早かったということだ。理由は分かるだろう?」

「ッ!?」


 言われてすぐ気付く。理由は簡単、それだけ争いが多かったということ。

そして、ここ100年で、最も争いを起こしたのは帝国だ。

帝国が人類統一を掲げ、侵略戦争をしてきたため、この世に負の力が満ちるのが、早かったということだ。

魔王に対抗するためにとった行動が、魔王誕生を早めてしまった。

 ___皮肉な話。そう言えそうだが、オーマはそうは思わない。

最早、帝国の大陸制覇に、大義は無いと思っているからだ。


 帝国が、本当に魔王に対抗するために戦争したなら、賛否はあるだろうが、オーマはやむを得ないと考える人間だ。

結果として、人類統一の過程で、魔王に殺される人間より多くの人間が犠牲になったとしても、だ。

犠牲を恐れて何もしないのは問題の棚上げだと思うし、長い目で見れば、魔王に対抗できるようにしておくことが、犠牲を減らす結果になると思っている。

話し合いで人類が一つになれない以上、血は流れる。

なら、流れる血の量ではなく、血を流す意味の方が重要だと、オーマは考えている。

それに、人類が一つになれば、それだけ負の力が大陸に蔓延するのを抑えられる。

 誰かがやらねばならない事だと思い、オーマは帝国で戦い続けてきた。


 だが、今のオーマは、帝国の理念を信じていない。

第一貴族達の私利私欲を満たすための戦争だったと疑っている。

もしそうなら、自分たちの私欲のために他者を踏みにじった挙句、魔王の誕生まで早めたことになる。

冗談や皮肉では済まない話だ。


(こんな連中に利用されていただけだったなんて、本当に自分が嫌になる・・・)


腹の底でマグマのように沸き立つ怒りを必死に抑え、クラースに向き直る。


「我々が、人類統一のために、武力行使をしてきたことが仇となった。ということでしょうか?」

「魔王の誕生については、解明されていない部分が多いが、恐らくはそうだろう。だが、これは予想していたことだ。そのために、帝国は魔法技術を発展させてきた」


 帝国が、国力をつけるために、一番力を注いだのが魔法技術だ。

特に、50年程前に、エルフの協力を得て、魔法研究機関『ウーグス』が設立されてからは、目覚ましい発展を遂げている。

 エルフは長寿のため、人間より優れた魔法技術を持っているが、基本的に保守的で他国・多人種との交流を避ける傾向があった。

だが、東のエリスト地方の、アマズルの森に住むエリストエルフの国『アマノニダイ』は、帝国と共に魔王と戦ったこともあり、魔王大戦後も交流が続いていた。

 そのため、人間の国家や魔法技術の向上に興味を持つアマノニダイのエルフ達が、少数ではあるが、協力者として帝国に招かれている。

ウーグスの所長カスミ・ゲツレイも、そのエリストエルフの1人だ。


 エルフの協力まで得て魔法技術を発展させたのは、もちろん魔王に対抗するためだが、その結果、他の国が帝国を危険視するようになった。

帝国の人類統一の戦争が激化したのも、50年位前からである。


「他国の指導者達が、もっと物分かりの良い連中であったらと、思わずにはいられないな」

「おっしゃる通りかと。帝国は、世界の平和のために人類統一を目指しているにもかかわらず、それを私情で蔑ろにしているのですから」


マグマのようだった心の中を、凍てつく吹雪のように冷たくして、クラースにおべっかを述べた。

本当に、自分は何を言っているのだろう___。そう心の中でぼやく。


「話を戻そう。ウーグスの報告を受け、我々は、魔王と勇者について更なる調査を実施した。残念ながら、魔王の媒体となる存在は、未だ確認できていないが、勇者に関しては、何名か強大な魔力を秘めた者たちを見つけ出せた。君には、そのリストにある勇者候補者たちを、帝国側に引き抜いて来てほしい。手段は問わない。工作活動に必要な物資、権限などは、可能な範囲で用意する。この作戦は極秘に行い、表向きはウーグスの魔法研究のサポートという立場になるので、ウーグス所長のカスミ・ゲツレイに申請したまえ。何か質問は?」


 簡潔な説明を終えた後、そう言われてオーマは焦る。

話が簡潔すぎるのもあるが、任務の内容が突拍子なさすぎて、疑問が湧いてこない。

何か聞かなきゃいけないような気がするが、まだ話を整理できていない。

何より緊張で、上手く頭が回らない。


 やるかやらないかでいえば、“やります”以外の選択肢はない。

クラースは、オーマに対してそこの意思確認はしていないし、“極秘の作戦”の内容をすでに話している。

最後の「何か質問は?」もやる前提だ。有無を言わさない態度がムカつくが、断れないのは分かっていた。

二つ返事で任務を受けて、一刻も早く、この場を立ち去りたかったが、任務の内容が内容なだけに、何か聞いておきたい気持ちになっていた。

 そして何とか、リストのある人物の名前を思い出す。

___フレイス・フリューゲル・ゴリアンテ。

北方遠征で戦った、バークランド帝国の師団長だった人物だ。

何度か戦った相手で、“バークランド大攻勢”の時には、このフレイスの師団の強襲を防いだことで、オーマは“救国の英雄”となった。

オーマとは因縁浅からぬ相手である。


 そんな人物がいる以上、聞いておかなければならない。


「なぜ、自分なのでしょう?人材の引き抜き、まして籠絡の類なら、自分より適任がいるのではないでしょうか?」


 本当は、 “自分は適任じゃない”と言いたかった。

フレイスは帝国を敵視しているだろう。

それだけでも厳しいのに、直接敗北させた人間が籠絡するなんて不可能だ。

 何より、オーマは基本的に女性に対して人見知りで、女性を口説くのは下手だ。

ぶっちゃけ、商売以外でそういう経験もない。

恋愛に関しては、並みの男より劣るのだ。

因縁ある相手がどうこうの前に、この任務自体がオーマに向いてない。


「この作戦は、ただ相手を籠絡すれば良いというわけではない。魔王に対抗するため、むしろその後の方が大事だ。勇者候補の者達の殆どが、まだその力を使いこなせず、即戦力にはならない者達だ。自分の才能に気付いていない者すらいる。こちら側に引き入れた後のことを考えれば、口説き役は、その子達の才能を引き出せる、魔法の技量と経験のある者が良い。さらに言えば、伝えられる勇者達の気質は、真面目で、正義感が強く、慈悲深い人物が多い。まあ、人類のために、ほぼ無償で魔王と戦うというのだから、当然と言えば当然だ。そうゆう人物は、金や物、色といったものでは転ばないだろう。君が想像したような連中では無理だ」

「は、はぁ・・・」


何となく、ごまかされているような気もするが、一理はある気がする。


「君のように真面目で、軍人として現役で活躍している指揮官がよかろう」

「過分な評価痛み入ります、ですが、恐れながらリストの中には、自分と因縁が有り、恨みを持っている者もおります。申し上げにくいのですが、成功の可能性は極めて低いかと・・・」

「それは、そちらでどうにかしたまえ、帝国は魔王と戦うために、人類統一を唱えている。勇者であろうとなかろうと、魔王大戦の前に蟠りは解いておくべきだ」

「こちらが一方的に侵略しておいてですか?」

「こちらが一方的に侵略したからこそ、こちらから歩み寄り誠意を見せるべきでは?」


クラースの物言いに、ついカッとなり、嫌味を口にするもあっさりと受け流された。


(ほんっっと、腹立つ!)


 心の中で、どす黒い感情が渦巻くも、口にしても無駄なので「ワカリマシタ」とだけ答える。


「では、よろしく頼む。先ほども言ったが、この作戦は表には出せない、魔王の誕生が近いことを含めてな。この情報を教えられる者は限られる。作戦遂行上、説明する場面もあると思うが、情報開示は慎重に行うように・・・犠牲は少ない方が良いからな」


暗に、“必要ない者に話たら、そいつを消さなきゃならないから気を付けろ”と言っているのが分かり、更に胸糞悪くなるが、これも了解する。


___もう気持ちが限界だった。


 クラースに背中を見せ、部屋に入ってきた時より、足早に退室した。

後ろで、クラースがどんな表情をしているかなんて、気にしない。したくもなかった。





 城を出て、貴族達が住む第一区画から、軍の宿舎が在る公共施設や商店が並ぶ、第二区画へと戻ってくる。

第二区画の中央通りを曲がり、裏通りに入り、人気が無くなったのを確認すると、オーマはようやく気持ちを開放した。


「クッッッソォ!!何だってんだ!なんで俺が!!クソッ!クソッ!」


 緊張から解放され、我慢できず叫ぶ。

クラースの前では、納得して見せた(するしかなかった)が、やっぱり納得いかない。やりたいわけがない。

どう考えても、自分に向かないのだ。

適任だから指名したのではなく、ただ意地悪したかっただけとさえ、思ってしまう。

思い出すたび、クラースへの嫌悪感が湧いてくる。

 再び宿舎に向かい始めるも、普段は団長として冷静に振る舞うオーマの顔は、ストレスの限界で険しくなっている。

人さえ殺しかねない表情で歩くオーマを見て、道ですれ違う者たちは、オーマを避けて通る。

お店の呼び子の娼婦たちもだ。


 中央の通りから、遠征軍の宿舎(平民用)に行く通りは、レムザン通りと言い、多くの店が並ぶ繁華街だ。

特に酒場、風俗、賭博といったものが多い。

遠征で、普段お金を使う機会がなく、且つ禁欲生活を送っている者が多い独り身の軍人の財布を狙って、そういう類の店が必然的に集まったのだ。

そのため、この辺りを歩く時は、いつも店の子に誘われたり、酔っ払いに絡まれたりする。

顔だって覚えられて、普通に声を掛けられたりだってする。

 だが、今のオーマには、誰も声をかけない。

遠くで「何があったんだ?」とヒソヒソ噂するくらいだった。

 オーマも、周囲の反応には気付かず、ズンズンと歩んでいく。


 そんなオーマの横半身に、いきなり、グニョンという効果音で、柔らかい感触が襲い掛かってきた。


「どーしたんですぅ?団長さん♪」


オーマの横半身に、陽気な声で腕を絡ませ、胸を押し付けている女がいた。


「ッ!?・・・お?リデルか?」


 リデルと呼ばれた女性は、返事の代わりにニッコリと笑みを返す。

黒髪のショートカットで、陽気な声は活発さを感じさせる。

そして、童顔で整った顔立ちの笑顔には、無邪気さがある。

しかし、胸の開いた、体のラインがはっきりと分かる服から描かれる体のラインは、艶めかしい曲線で、抜群のスタイルをしている。

オーマの腕に押し付けられた胸も、こぼれ落ちそうなほど柔らかく豊満だ。

下が見えそうなほど短いスカートからは、大きめの網目のタイツを履いた足がスラッと伸びている。

大人の妖艶さと、子供の無邪気さを併せ持つ、小悪魔的な魅力を持った彼女は、この界隈では有名な人気の娼婦だ。

可愛い顔、明るく気さくな性格、巨乳と、独り身の男が、慰められたい時に求める全てを兼ね備えているのだから、当然だろう。

おまけに、男を快楽に誘う、巧みな術までもっている。

 オーマも何度かお世話になったいて、床での彼女の魅力も知っている。


「怖い顔してぇ、何かあったんですかぁ~?」

「え、あッ、いや、特には・・・」


任務の話などできるはずもなく、ごまかしたかったが、適当な理由が思い浮かばない。


「ふ~ん・・・」


歯切れの悪いオーマの態度で何かを察したリデルは、にやりと笑い、さらに胸を押し付けながら、喋る。


「そーですかー、色々大変なんですねぇ~」

「うおッ!?お、おい、リデル!?今、いや、今日はちょっと・・・」


 マシュマロのような弾力がオーマの腕で弾み、沈んでいた心も、ドクンッという血の流れと共に弾む。

帝都に帰ってきた時には、よくお世話になっいる胸だが、その破壊力は変わらず、オーマの心と体の熱を上げる。

 今日は全然そうゆう気分ではなかったのだが、熱が上がるとともに、急激に下半身に血が流れるのが分かり、困惑してしまう。


「でも~、そんな風に根を詰めてもイイことないですよ~♪」


さらに、オーマの肩にしなだれてくるリデルの追撃に、熱は頭まで昇り、困惑する思考まで奪われ始める。


「ま、まあ、確かに、な・・・」


さらにさらに、今日は暖かかったため、少し汗をかいていて、汗と香水の匂いが混じって、むせ返るようなフェロモンが立ち込めてくる。

それが、リデルの熱っぽい吐息と共に、鼻孔から電流となって脳に走り、理性を溶かす。

溶けた理性は、血となってまた下半身へと流れていく。

 ストレスで沸騰していたオーマの頭は、リデルの誘惑で、別の沸騰の仕方をする。

もうオーマ自身、痛いほど下半身が脈打っているのが分かった。


(そういえば、遠征帰りで直ぐに城に行ったから・・・)


 砕けた理性の欠片で、そのことを思い出す。

その遠征も、リジェース地方攻略後、落ち着く暇もなくエルス地方に行って、もう、長いこと発散してない。


「わ・た・し・と、息抜き♪しません?」

「ぐっ!?」


上目遣いの妖艶な表情が、ダメ押しになる。

店の売上げのため、あざとく演技していると知りつつも、オーマをその気にさせるのに十分だった。


「じゃあ・・・ちょっとだけ」


 エロい気分にされたオーマは、開き直る。“我慢の限界だ”、と。

北方・西方への遠征、噛みついてくる新米、第二貴族の嫌味、宰相のむちゃぶり任務。そこからのリデルの誘惑・・・・・限界だ。


(今日は、もう勘弁してくれ・・・)


 任務のことは明日から考えよう。リデルに腕を引かれながら、オーマはそんなことを考え、店へと入って行った。

 そして、お酒と女性の素晴らしさを再確認した。

軽くなった財布は、“何度も”再確認した。

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