第7話疑惑

 ___ジェネリーの訓練が再開され、30分ほどが経った。


「フッ!」


 短く吐いた息と共に繰り出された斬撃は、最初の時より明らかに鋭くなっていた。

多少ではあるが、成長している確かな手ごたえに、ジェネリーの表情は明るく、荒い呼吸と大量の汗とは裏腹に疲労感がない。

 “どうですか?”と、問いかけるようにオーマに振り向くジェネリーに、オーマも優しい笑みで答える。

ジェネリーの持つ、潜在魔法の素質に心の中で戦慄しながら___。


(これだけ剣を振り続けて、疲労が無い!?)


 オーマがここにきて約2時間。助言をしてから更に30分。呼吸は乱れ、汗も大量に流れている。

だが、筋肉疲労は無い。

この訓練メニューなら、どんな強靭な肉体を持っていても、筋肉が痙攣しているはずなのだ。

だが本人は、疲労こそ感じているだろうが、肉体機能の限界には至っていない。

 まず間違いなく、潜在魔法による効果だろう。

筋肉疲労を、STAGE3(回復)で回復させ続けている。

一瞬での回復だけではなく、長時間の継続回復も可能ということになる。

 本人は、自身の実力と成長に不満があるようだが、とんでもない。

剣術はともかく、STAGE3(回復)という高難度の潜在魔法を、長時間、剣を振りながら行使できる魔力量など、オーマには想像すらできない。

訓練兵どころか、帝国の精鋭の兵士たちですら不可能だろう。

もうすでに、その領域に居るジェネリーは、成長速度も異常だ。


 オーマは、この素質を本人に教えて、自覚させた方がいいのか一瞬迷うが、結局変に意識してしまわない方が良いと考え、ジェネリーに伝えるのは止めた。


「先程よりは良くなってきました。今日のところは、この位にした方が良いでしょう」

「ハァ、ハァ、・・・ハイ」


 ジェネリーは剣を鞘に納める。

息を切らしてはいるが、やはり腕や指に痙攣などの異常はない。

そして、大きく深呼吸をして息を整えた後、オーマと向き合ってから、頭を下げた。


「本当にありがとうございました。オーマ様のおかげで、少し自信がつきました。感謝いたします」

「あ、いや、本当にそんなにかしこまらないで下さい。半分は暇つぶしですから」

「そうですか・・・それでしたら、オーマさんと呼ばせていただきます。だから、オーマさんもいつも通りで良いです。むしろ、そうして欲しいです」

「えっ?」

「私が貴族だからと、言葉選びに苦労されているようですし」

「・・・ハハ、ばれていたか。やっぱり、俺のような不作法な平民軍人じゃ、ごまかせないか。じゃあ、そうさせてもらおうかな」


 お互いに、照れ笑いと苦笑いを交わして、笑顔を見せ合う。

空気が和み、オーマはごく自然にいつも通りの口調になる。


「にしても正直以外だな、こんな風に喋れる貴族がいるのは」


 本心だった。第二貴族の平民への傲慢さと嫌味は、帝国あるあるだ。

ジェネリーのような人物は滅多にいない。

ジェネリーに会うまでは、オルド師団長だけだった。

 オーマは、気さくで素直なジェネリーに、任務を忘れるほど好感を持ちはじめていた。


「それは私もです。オーマさんはもっと粗暴というか、怖い方なのだと思っていました」

「無作法ではあるがね。俺のこと知っていたのか?話しかけた時も、そんな感じだったけど」

「ハイッ!もちろんです!“救国の英雄”オーマ・ロブレム!」

「ハハ、耳が痛い響きだ。今となっては、“ドブネズミ”の方がお似合いの腑抜けだ」

「そんなことないですよ。父の様に逃げたわけじゃなく、今でも戦場で、国を背負って戦っていらっしゃるのですから。それに、昔スゴイことをしただけ、他の人よりスゴイと思います」


そう言われ、オーマは照れて少し顔を赤くする。


(・・・こういう言葉に喜ぶようになったら、おっさんなのかな・・・)


「んー、随分と持ち上げてくれるね」

「そうでしょうか?私が元居たシルバーシュは、帝国とバークランドに挟まれている国で、帝国だけじゃなく、バークランドの脅威にも晒されていました。バークランドの強さは当時、子供の私でも肌で感じられる程でした」

「ああ、帝国内でも最大の敵と呼ばれていた」

「オーマさんは、その相手に命がけで国を守り、勝利した一番の功労者です!“バークランド大攻勢”の武勇伝は今でも興奮しますよ!憧れます!」

「そ、それはどうも・・・」


 鼻息が荒くなるジェネリーの勢いに、オーマは思わず萎縮してしまうが、何となく、ジェネリーの中でのオーマの立ち位置を理解する。


「ですから!国のため、民のため、敵と戦い抜いたオーマさんは、父や帝国の貴族連中とは違います!」

「え?貴族・・“連中”って?」

「あっ!いや、失礼しました!」


 しまった!という声が出そうな態度で、ジェネリーは俯いてしまう。


(そういえば、さっきも帝国の貴族たちに対する言葉が荒くなったな。父親だけじゃなく、貴族連中とも何かあるのだろうか?)


「あー、帝国に何か思うところが?」

「あ、いや・・特には・・・」


__どうやら在るようだ。あるけれど、さすがに帝国貴族の話は不味いと思ったのだろう。

オーマには痛いほど分かる話だ。


「まあ、何も思わない方が変だよな」

「そ、そうですか?」

「俺は、君より長く帝国に居て、仕えているんだ。君よりたくさん帝国の事を知っている」

「そうですか・・・」


 ジェネリーは何かを察したように、目を伏せる。

そして、俯きながらも、何かを言いたげに上目遣いで、チラチラとオーマの様子を見てくる。

 オーマは、多分、溜めこんでいるものを吐き出したいが、躊躇しているのだと感じ取り、少しだけ促してみることにした。


(それで話さないなら、それ以上は聞くまい)


「今日、これから飲みに行くんだ」

「はっ?」

「だから、今日聞いた話は明日には忘れている」

「あっ・・・」

「・・・・・」


オーマの意図を察したジェネリーは、少しためらいながらも口を開いた。


「・・・第一貴族の方々と、どう接したらいいか分からないのです」

「第一貴族?第二貴族ではなく?」


 オーマにとっては意外な話だ。

第一貴族は、表向きは社交的で面倒見がいい。

だから、会話や交流自体に悩むといった話は聞いたことがない。


「はい。第二貴族の方々にも思うところはあります。民を見下して、威張ってばかりですし、そのくせ、第一貴族には熱心にご機嫌取りして、正直好きではありません。ただ、そういう人はシルバーシュにもいました。権力に執着して、自分たちは何もせず、責任を押し付けるだけの連中です。だからむしろ、第一貴族の人達の方が不気味で・・・」

「不気味?」

「はい・・・。何と言うか、父がいいように操られているような・・・うまくは言えないのですが」

「(・・・鋭いな、この子)お父様は何て?」

「感謝していました。こちらに来てから、良く面倒を見てくださると。助言を頂いて、自分は恥をかかずに済んでいると・・・確かにそれはそうなのですが、何となく引っかかるのです」


 オーマは感心した。ジェネリーの感は当たっているだろう。

オーマ自身で確認してはいないが、聞いた限りでは、第一貴族のやり口だ。


 敵対している時は、第二貴族や平民に圧力をかけさせる。

そして、その圧力に屈したときは、自分達が寛大な態度と、細やかな気遣いで面倒を見る。

平民や第二貴族達を鞭として使い、自分達は飴となり、求心力を得ているのだ。

このやり方で、大抵の者は第一貴族に畏敬の念を抱く。

そうしてから、少しずつ帝国の理念に共感するよう教育していく。

そうして、気が付けば、第一貴族の一挙一動に敏感に反応するようになり、忖度するようになる。

そうなれば、新しい“鞭”の完成というわけだ。


「最初は、父があんな風になった八つ当たりで、そう考えているのだと思っていたのですけど、最近では、父がああなったのは彼らが原因なのかもしれないと、疑問を抱いてしまう時があるのです。・・・これってやっぱり思い過ごしでしょうか?被害妄想でしょうか?」


 “いや、当たっているよ”と言えたら、オーマの気持ちはどれだけ楽になるだろう。

オーマの中で、いつもの第一貴族に対する冷たい感情が、心の中を埋め始める。


(・・・安易に否定するのは危険か?)


 これまでのジェネリーの言動から、オーマはそう考える。

自分が一度疑問に思った事は、白黒はっきりするまで納得しない。そんな性格だろうと。


(彼女の中での俺の立ち位置からして、否定すれば受け入れるだろうが、心の底では納得すまい)


かといって、正解を言って、この国の実態を話してしまうのは、ジェネリーが危険だ。


(腹芸は得意ではないだろうからな)


安易なことを言えば、彼女はすぐに態度に出てしまい、第一貴族達に危険視されるだろう。

現時点で、すでに勇者候補として目をつけられているのだから。


(ああ、そういえば勇者候補だっけ、この子。忘れてた)


 自分の本来の役目を思い出し、再度考える。


(やはり、否定も肯定もせず、忠告だけしておくか・・・)


「・・・思い過ごしではないかもね。事情を知らないから、はっきりとは言えないが」

「えっ?」

「そりゃそうだろう。帝国は慈善事業をしているわけじゃない。人類統一という目的があって、シルバーシュを併合したんだ、ある程度の思惑はあるだろう」

「・・・はい」

「帝国でのお父様の立場を考えれば、利用されていると感じても不思議じゃないよ。シルバーシュに圧力をかけて併合しておいて、心から良くしてくれるなんて話だったら、それこそ偽善だろ?」

「父に対して、完全な善意ではないと?」

「そうだね。全部が善意でもないし、全部が偽善でもないだろう。もっと色んな見方ができるはずだ。政治の話だからね。現時点では、その話は他の誰かに話してもトラブルにしかならない。利用している、していないの、水掛け論にしかならないからね」

「確かにそうですね・・・ありがとうございます。話を聞いてくださって。少し気持ちが軽くなりました」

「いや、明らかなことは言えなかったんだ。礼には及ばないよ」


 ジェネリーの表情が少しだけ明るくなった。

やはり納得はしていないようだが、冷静さを取り戻し、前向きにはなれたようだ。


(この分なら、変なことを口走って目を付けられることもないな)


 そう思い、胸をなでおろしたオーマは、服のしわを伸ばして、帰る意思表示をする。


「そろそろ失礼するよ。ジェネリーも今日はもう休んだ方が良い」

「そうですね。今日はありがとうございました。オーマさんと知り合えて良かったです。お話して、帝国の印象も少し変わりました」

「へぇ、そうかい?どんな風に変わったの?」

「正直、今まで帝国や帝国軍人の方に良い印象を抱いたことがなかった、というか・・・」

「(そりゃ、そうだろう)難しい立場だし、仕方がないさ」

「そう言ってくださると、助かります。今まで気を許せる人に出会ったことが無かったので、不安もたまる一方でした」


(それは・・・)


___少し危険だ。オーマがそう思うほど、ジェネリーは饒舌になっていた。

理解者。それも自分が尊敬していた人物に気を許せるのがうれしかったのか、ジェネリーの言葉はなおも続く。


「もし、自分に力があれば、帝国と戦い、シルバーシュを取り戻すのにと、そんな事まで考えてました」

「えっ!?」

「ッ!?す、すいません!!いや、あの、それ位の不満が・・・あ、いや・・・違うんです。あの・・・」


 オーマのリアクションで、さすがに言い過ぎたと思ったのか、ジェネリーは慌てる。

だが、オーマのリアクションの本心は、ジェネリーの考えているものではなかった。


(もし、このジェネリーが勇者で、その力で帝国と対立したらどうなる?)


 いや、ジェネリーじゃなかったとしても、勇者が帝国に対して敵意を持って対立したらどうなるだろうか?

オーマは、勇者、または勇者候補が、帝国と対立する可能性を失念していた。

 リストの中には帝国と対立している人物もいるし、ジェネリーは立場上、すでに帝国側なのだ。

本来は、籠絡する必要ないにもかかわらず、リストに入っているのは、帝国と対立する可能性があることを意味しているからだ。

 この籠絡作戦の本質は、“勇者が、帝国と敵対しないようにする”ということだ。


 では、敵対したらどうなる?


 この世を崩壊させる力を持つ魔王。それに対抗できる勇者と戦う___誰が?

もし、勇者と対立した場合、帝国は誰に勇者の相手をさせる?

答えはオーマだ。貴族連中がそんな危険な相手と戦うわけがない。

間違いなく、平民階級の軍人で実力のある者達だろう。なら、当然オーマも入る。


 オーマは改めてジェネリーを見る____勝てるだろうか?


 今戦うなら、圧勝するだろう。

オーマは最強ではないが、強者揃いの帝国の中でも10番以内に入る。

 だが、将来的には、どうだろうか?

今日見たジェネリーの素質は、計り知れない。

このまま成長していけば、そう遠くない日に帝国最強、いや、人類最強にだって成りえる。


__今のうちに消すか?


 一瞬、そんな考えも頭に浮かんでしまった。

そんなことしても意味はない。勇者候補はジェネリーだけではないのだ。

安易な考えをしてしまって、自分がどれだけジェネリーの才能を恐れているかを理解する。

 仮に、すべての勇者候補を消せたとしても、そうなれば、今度は魔王と戦う役を負わされるだろう。

魔王軍との戦いの最前線に立つ・・・勇者が居なくては、無事では済まないだろう。


(あれ?・・・ちょっと待て)


ジェネリーの何気ない言葉をきっかけに、頭の回転はドンドン速くなる。


(勇者候補たちを籠絡できなかった場合、魔王と戦う事になって恐らく俺は死ぬだろう。そして、勇者と帝国が敵対すれば、勇者と戦うことになって死ぬことになる。任務を放棄すれば、当然、帝国に消される。国外逃亡できたとしても、周辺国は帝国を憎んでいる。元帝国の指揮官など受け入れるだろうか?有益な情報でもあれば受け入れる国もあるだろうが、指揮官とはいえ平民の俺にそんな情報は無い。あったとしても、用が済んだら消される可能性の方が高い・・・)


「あ、ああ・・・そうか・・・だから俺だったんだ・・・そうか」


 オーマはようやく、何故この任務が自分に回ってきたのか理解した。

宰相のクラースは、オーマがこのことに気づき、必死になると分かっていたのだろう。

この作戦が上手く行かなければ、死の運命が待っている。

だから、どんなことがあっても成功させるだろうと。


(何をボケていたんだ俺は!よく考えれば、直ぐに分かったことじゃないか!)


政務室でのクラースとのやり取りを思い出し、オーマは猛烈に後悔する。


「クソッ!」

「ッ!?ど、どうされたのですか!?オーマさん!?」


 自分の発言に毒づいたと勘違いしたジェネリーは、心配と不安で泣きそうな声と表情になってしまう。

だが、今のオーマには、気に留める余裕がない。


(他には?他に、何か別の意図はあるか?)


動揺と後悔をしながらも、生死に係ることなので文字通り必死に頭を働かせる。


(この作戦。成功させないと死ぬ。クラースはそう仕向けた。成功させるしかないように仕向けた・・・成功・・させる・・・・“しか”ない?)


 そこで、更に別のことにオーマの頭は働く。それは、この任務が上手く行った場合のこと。

任務が上手く行き、勇者や他の勇者候補を味方にし、魔王も討伐できたとする・・・その後はどうなるだろうか?

その後、自分の立場は、危うくなるのではないだろうか?

 勇者及び勇者候補という、一騎当千の強者達が帝国に加わる。

そうなれば、自分は用済みになるのではないだろうか?

 表向きは適当なことを言って、少しずつ第一貴族達に冷遇され、立場を失っていくのでは?それどころか、自分は用済みとして処分されるのではないだろうか?使い捨てられるだけではないだろうか?

一度抹殺されかけたオーマには、そうとしか考えられない。


 そして、それは当たっていた。

実際にそうなるだろう、それが帝国の第一貴族だ。


(アレ?・・・これ、人生詰んでんじゃないか?)


 考えれば考えるほど、オーマの顔は死人の様に蒼白になっていく。

 この任務は、オーマにとって、逃げても死、失敗しても死、おまけに成功しても死なのだ。

オーマの未来は、この任務を命令された時点で、決定したのだ。


(我ながら何をボケていたんだ・・本当に腑抜けてしまっていた。何が一瞬でも早くあの場から去りたいだ!!クラースの意図に気づくまで、何が何でも留まるべきだった!クソッ!!そうすれば・・・そうすればどうにか・・・)


___どうにかできただろうか?

できるわけない。相手は帝国宰相、オーマには“YES”の選択肢しかない。


(断れず・・・逃げられず・・・失敗できず・・・成功もダメ)


「ははっ。そうか・・・」


 オーマは結論に至る。


「俺は・・・俺はもう、すでに使い捨てられていたんだ」


 勿論証拠など無い。現時点では、オーマの考えはただの疑惑、推測でしかない。

だが、オーマは確信している。

あの時、未遂に終わった抹殺計画が、今、再びやって来たのだと。

 オーマは途方に暮れる。

自分のあずかり知らぬところで、自分の人生が決まったのだ、当然だろう。


「あの!大丈夫ですか!?オーマさん!?」


 ジェネリーの心配する声に、辛うじて反応できた。


「あ・・」

「大丈夫ですか!?私、何か失礼な事を言ってしまいましたか!?」

「あ、いや、済まない。ジェネリーの話を聞いて、少し考え込んでしまって・・・」

「そ、そうですか・・・あの、失礼でなければ教えて頂けませんか?以後、気を付けますので」


ジェネリーは、心底申し訳ないといった様子だ。


「いやいや、失言はしていないよ。ごめん。大丈夫。その・・・つまり、もしジェネリーに力があって、シルバーシュを取り戻すために帝国と対立したら、俺とジェネリーは敵同士になるだろ?戦う可能性があるって思ったら、思わず考え込んでしまったんだよ。君は素質があるからね。勝てるだろうか?ってね」


 全てをぶちまけて、泣き崩れたい気持ちだったが、オーマは咄嗟に嘘をつき、取り繕ってしまう。

ジェネリーを心配させたくない、とかではない。ただの習慣だ。

貴族達や戦場で本音を隠してきた習慣で、反射的に取り繕ってしまった。


(あー!クソッ!!いっそ、ぶちまけちまえばよかったのにっ!!)


半分嘘で、半分本当。

取り繕う時の常套手段で、ジェネリーはその話を信じ、納得という表情を見せた。


「あっ、そうですね、失礼しました。敵同士になる話なんて、少し不謹慎でした」

「あ、いや、謝るほどのことじゃないよ。こっちに、直ぐ戦うシミュレーションをする癖があるだけだから。むしろ、話してくれたおかげで、君が祖国や民を本当に思っているんだと、人柄も良いと知れた」

「そんな・・・それはむしろ、こちらのセリフです。オーマさんこそ、人柄の良い方だと思います。気さくで優しくて、良い人です」

「別に、良い人ってわけじゃないよ」

「謙虚なんですね(笑)」

「違うんだがな(笑)」


 ジェネリーに笑顔が戻ると共に、空気も再び和んでくる。

ジェネリーは緊張がほぐれると、改めてオーマに真剣な眼差しを送る。


「私の周りに、オーマさんの様な方は居ませんよ。私、軍学校を卒業したら、オーマさんの雷鼠戦士団に入団したいです。足手まといかもしれませんが、志願していいでしょうか?」

「えっ!?・・・貴族の君がわざわざ!?」


 貴族階級の者が、平民階級の指揮官の下に志願するなど、聞いたことがない。

軍学校卒業後、軍の配属先は希望することはできるが、それが通るとは限らない。

だが、それは平民階級の訓練兵の話で、貴族の訓練兵は、ほぼ100%希望先が通る。

 これは差別ではあるが、平民からの不満はない。

理由は単純で、一緒になりたくないからだ。

 貴族に憧れている者や、出世を望んで顔を売りたい者も居るが、大抵の平民は、平民同士で部隊構成されている方が気楽なのだ。

オーマの様な平民指揮官は尚更だ。

ジェネリーのような性格の者ならともかく、基本的に貴族の部下など居たら扱いづらい。

だから、配属先は階級が上の者ほど優先されるが、結果として不満が出ないのだ。


(確かに、そういうことをあまり気にしない子だと思っていたが、ここまでとは・・・)


 オーマは感心しすぎて、呆れたような表情になってしまう。

ジェネリーは、そんなオーマの表情など気にせず、なおも真剣な眼差しで訴える。


「やっぱり、兵士として戦うなら、自分のためだけに戦うのではなく、ちゃんと周りの人たちを仲間として見ないとダメだと思うのです。でも、正直言って、帝国貴族の方達に対して、仲間意識は持てなくて・・・」


だろうな、とオーマは思う。ジェネリーの経歴と、これまでに見た人格ならそうだろう。


「でも、オーマさんのところでなら!帝国のためではなく、オーマさんのためなら、戦えると思うのです!」

「えっ?俺のため?」

「あっ!?いや、その、そういう事ではなく!そ、その、オーマさんのような方達となら仲間意識が持てるという意味でして!あの、その・・・」


 顔を真っ赤にして、あわあわしているジェネリーをよそに、オーマの頭の中で、彼女の言った一言が、神の啓示のように響き渡る。


“帝国のためではなく、オーマさんのため”


 この一言を切っ掛けに、もう一つの選択肢、ある考えが浮かぶ。

それはジェネリー他、勇者候補の子達を帝国のためではなく、オーマ自身のために籠絡するというもの。

帝国に消されないように、こちら側についてもらうという選択肢。

 帝国と対立するなど、普通に考えれば馬鹿げている。

だが、勇者候補全員を味方につければ、対抗できるのではないか?

仮に、リストに本物の勇者が居なかったとしても、このリストの子達は、一騎当千の才能を持っている。

1人2人では無理でも、全員を味方にできれば、帝国相手でも自身の身くらいは守れるかもしれない。


その気になれば、帝国を打倒することだって___。


「あ、あのオーマさん?」

「あ!?ああ、すまない」


 再びジェネリーの声で我に返り、自分の考えは一旦閉まっておくことにして、ジェネリーと向き合う。


「気持ちは嬉しいけど、うちはみんな平民階級だからね。そんな所に貴族の君が配属されたら、色々大変なんじゃないかな?」

「そうでしょうか?配属は自由ですよね?“平民の下に付くな!”と、なりますか?」


 第一貴族なら間違いなく、そうなるだろう。そもそも第一貴族は平民の下に付かない。

第二貴族なら、軍の配属で新兵という条件なら、表向きは問題にならないだろうが。


「多分、他の第二貴族達の嘲笑の的にされてしまうよ?」

「そんなこと、今更です」

「・・・お父様も、巻き込まれるかもよ?」

「・・・それも、今更です」


 どうやら本気らしい。

わざわざ平民階級の人間の下に付くことなんてないし、貴族に下に付かれても困る。

___と、さっきまでのオーマなら、そう言って断っていただろう。

だが、先程の考えが、それを言わせなかった。


「そうか・・・そこまでの気持ちなら、否定はしない。ありがたく、その気持ちを受け取っておくよ。その日を楽しみにしている。さあ、そろそろ本当に切り上げないと風邪をひいてしまうよ。今日は楽しかった、ありがとう」

「こちらこそ、本当にありがとうございました」


 ジェネリーの明るい声と表情に加え、綺麗かつ丁寧なお辞儀付きで見送られながら、オーマは頭の中にある考えを整理するべく、足早に帰宅した___。

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