重要事項説明、そして異世界へ

 かくして、異世界転生が決まった俺は、さあ転生――――――という訳にもいかなかった。


「これから○○さんが転生する世界について、簡単にですがご説明させていただきます」


 天使が用意していた資料は、その世界に関するもの。なんでも、説明する義務があるらしい。まるで賃貸マンションを借りる時の、重要事項説明のようだ。俺も部屋借りる時、こんな感じで説明受けたもん。


「まず、この世界で、○○さんが見るあらゆる生命体の能力は可視化されます」

「可視化?」

「参考資料をご覧ください」


 言われるがままに参考資料を見てみると、そこにはこんな表が書いてあった。


「名前


 レベル


 ステータス(各F~A→S)

 HP(基礎体力)

 MP(基礎魔力)

 攻撃(物理攻撃力)

 防御(物理防御力)

 魔法攻撃

 魔法防御

 器用さ

 敏捷

 幸運


 スキル(パッシブ) 」


「……何ですかコレ、RPGロープレ?」

「こちら、転生先の世界の担当が、「能力を可視化できた方がわかりやすいだろう」と用意してくれたものになります。ちなみにですが……」


 天使はごそごそと、何かを取り出した。某有名なゲーム会社のゲーム機だ。


「どうしてもイメージがつかめない場合は、こちらのゲームのような世界なので参考にしてほしい、とのことです」


 なるほど、ネット小説とかでステータスが出てくるのって、向こうがわかりやすくしてくれてるからだったのか。それは知らんかった……。

 しかも何が丁寧って、ステータスのところ。F~Aはいいけど、その後の「→S」よ。そりゃ、ゲームやらない人だったら普通、「なんでAの上がSなのか」なんてわかんないもんなあ。俺は感覚でわかるけどさ……。


「いや、なんとなくわかるんで、大丈夫です」

「そうですか、それは良かったです。では次に、世界観等の説明ですね――――――」


 こうして天使による異世界のレクチャーは進んでいった。死んだ後のこの場所に時間の流れなんてあるのかわからないが、相当長いレクチャーであったことは間違いない。


「――――――そして、最後に。転生するにあたっての、○○さん自身の事ですが」

「俺自身?」

「これが一番大事なことですが――――――○○さんは、「○○さん」としての記憶はない状態で、転生していただきます」

「……え?」


 理解が追い付かない俺に、天使は続ける。


「異世界に転生した場合、元の世界に戻ることはできません。そうなると、残されたご家族――――――○○さんにとっては、ご両親やお仲間でしょうか。そう言った方々に、二度と会えない、ということになります。その記憶を持ったまま転生した場合、最悪、魂が壊れてしまいかねないのです」

「は、はあ……」


 そりゃ、そうか。転生したら二度と会えないなんて、ちょっと考えればすぐわかる。その記憶を持ったまま別の世界に行くのは辛いわな。まあ、死んだ身でもう一度会いたい、ということ自体、おこがましいのかもしれないが。


「輪廻転生ですと、記憶はすべて洗浄されるのですが……異世界転生はそもそもの目的が「異なる世界の知識を活かした世界の刺激」ですから、知識は持って行かなければなりません。ですが、すべてを覚えている状態では、転生者の精神が壊れてしまう」


 なので、異世界転生する場合は、「人間関係」に関する記憶を、すべて消してから転生するのだそうだ。父や母の存在は、あくまで「知識」となる。ちょっと残酷な話だ。


「……そこもご了承の上で、転生に同意していただきたいのですが……」

「わかりました」


 もとより、拒否したとしても俺の来世はピロリ菌だ。俺が「俺」として異世界に行けるわけではない、というのは少し悲しいが、もの言わぬ細菌になるよりはずっといい。はず。


「……○○さん、本当にありがとうございます」


 こうしてすべての説明を終えたらしく、天使は深々と頭を下げた。


「いえ、しょうがないですよ。もう、死んじゃってますから」

「貴方の異世界でのご活躍を、心よりお祈り申し上げます。それでは、転生を始めますので、そのままお待ちください」


 天使がそう言うと、俺の身体が光り輝き始めた。……いや、もう死んでるから、輝いているのは、俺の魂なのか?


「あ! そうだ! 最後にちょっと聞きたいんですけど」

「何でしょうか?」

「俺! 異世界だと、何になるんですかね! ちゃんと人間ですかね!?」

「残念ながら私もそこまでは……。あ、でも、向こうの担当が残してくださった伝言によりますとですね――――――」


 天使の声が遠くなってきて、眠くなってきた。きっと俺の魂が、異世界へと向かい始めてるんだろう。


「――――――どうやら、貴方は【右腕】として活躍するそうです――――――!!」


 遠くに聞こえた単語を噛みしめて、俺の視界は真っ暗になった。


(右腕……右腕か……)


 誰か、偉い人の参謀ってことかな? 軍師とか。おお、結構悪くないじゃん……。


 そう思い、まどろんでいた俺の意識が、次に覚醒したときには――――――。


「――――――いってええええええええええええ――――――っ!!」


 俺の身体に、どろどろに汚れた金属片が深々と突き刺さっていた――――――。

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