異世界転生の権利

「○○さん、ようこそお越しくださいました」


 【俺】の目の前で、スーツ姿の男がぺこりと一礼する。パリッとしたスーツに黒ぶち眼鏡、七三ヘアーの佇まいはとてもピシッとしていて、いかにもやり手の営業マン、という感じだ。


「あ、あの……えっと?」

「ああ、スミマセン。混乱してますよね。きっと。なにせ、突然の事でしたから……」


 男はそう言って、俺に対して名刺を差し出してきた。その肩書には、こうある。


「――――――【天使】?」

「はい。この世界で、天使として働いております」


 冗談だろ、と俺は思ったが、男の顔はいかにも真剣であった。

 それに何より、俺の最後の記憶をたどると……。


「あの、もしかして。……俺、の?」

「はい。トラックに轢かれて。お気の毒です、あの運転手は長時間労働で、居眠り運転をしていました」


 ああ、やっぱり……。信号を渡っていたはずなのに、遠くにいたはずのトラックが急に迫って来たから、おかしいとは思ったんだ。あまりに突然すぎて、足も動かなくて……。


「……そっか。死んじゃったのか。俺」


 思えば、むなしい人生だった。30手前で、彼女なし、職歴の安定もなし。フリーターでバイトして、そこそこの給料で家賃3万円台のアパートに暮らす日々。

 俺の人生このままでいいのか? とは確かに思ってたけど。なにも死ぬこたないじゃん。

 ああ、地元の父母よ、申し訳ない。先立つ不幸を許してほしい――――――っていうか、過失は運転手にあるんだから、俺が謝る必要は別にないよな……?


「○○さん、よろしいですか?」

「ああ、はい」


 天使に呼びかけられて、俺はがっくりうなだれた姿勢から天使を見やる。


「それで、あなたの魂の処遇について、これからお話があります。少しお時間よろしいでしょうか?」

「いいですよ、時間というか、もう死んでるんで」

「助かります。では、腰を落ち着けるところで話しましょう」


 天使に促されて、俺は真っ白で何もない空間を歩き始めた。

 改めて天使を見ると……。やっぱり、聞かずにはいられない。


「あの……天使って、思ってたのとなんだかイメージ違ってびっくりしました。背中に羽が生えて、頭に輪っかがあるもんだと思ってたから」

「ああ、中世くらいまではそうだったんですが。時代が進むにつれて、貴方たちのフォーマルな衣装に寄せていった結果、こういう姿に落ち着いたんですよ」

「そ、そうなんですか……」


 雑談をしながら歩いていると、白い空間に見覚えのあるものが現れた。椅子と、テーブルである。


「では、おかけください」

「あ、はい」


 いよいよ面接とか営業とか、そういう仕事めいた感じになって来たな。そう思いながらも、俺は椅子に座る。応接の時に使われる、結構いい椅子だ。

 天使はどこから用意したのか書類をトントンとまとめると、机に置いて話し出した。


「では――――――今から○○さんにお話しする内容ですが。結論から言うと、貴方には【異世界転生】する権利が与えられました」

「……【異世界転生】……?」


 俺は首を傾げてしまった。

 トラックで轢かれて異世界に転生。なんかネットの小説でそんなのがお約束になっていると聞いたことはある。だが、実際に体験するなんて思いもしなかった。


「い、異世界転生ッて……なんで? なんで俺なんですか?」

「それを今から説明いたしますね」


 天使はそう言って、更にパンフレットを取り出した。

 俺は、この天使の一連の動きに既視感を覚える。……っていうか、まんま飛び込み営業のそれである。

 こんなところまで現代化しなくても、なんて俺の思いは無視され、天使は淡々と説明を始めた。つまるところ、こんな感じだ。


●俺たちの住んでいる世界のほかにも、多くの並行世界が存在している。


●転生には2種類あり、同じ世界で違う生命に生まれ変わる【輪廻転生】と、

 異なる世界で生まれる【異世界転生】がある。


●この世界では、

 「定期的に、お互いの世界の魂を異世界転生させて、世界の流れに刺激を与える」

 という契約を、複数の異世界と結んでいる。


●俺はその定期的に魂を異世界転生させる時期に入り、1番目に死んだ魂である。


「――――――そのため、○○さんには異世界に転生する権利が与えられたのです」

「な、なるほど……」


 丁寧な説明、非常にありがたい。死んでるからか、理解も早かった。


「ちなみに、○○さんにはあくまで異世界転生の「権利」が与えられているので、拒否したいのであれば問題ありませんよ」

「その場合、どうなるんですか?」

「次に亡くなった方に、権利が委譲されますね。○○さんは通常通りの【輪廻転生】となります」

「……ちなみにですけど。俺がもし輪廻転生したら、次も人間になるんですか?」

「いいえ。基本的に、同じ種族の生命に連続でなることは、輪廻転生ではありませんから」

「そ、そうなんだ……。ちなみに、来世は俺、何になるんでしょう……?」

「ちょっと確認してみますね。少しお待ちください」


 天使はそう言うと、スマホを取り出してどこかに問い合わせ始めた。天使でもスマホ持ってるんだ……と思いつつその様子を見ていると、「わかりました、ありがとうございます」と天使は電話を切る。


「お待たせしました。○○さんの来世ですが――――――」

「来世ですが?」


 ごくり、と俺は息を呑んだ。人間ではないにせよ、一体自分が何になるのか、気になるところである。


「――――――【ピロリ菌】、でした」

「えっ」


 予想外過ぎる答えにフリーズする俺を気にしてか気にせずか、天使は淡々と続ける。


「それで、どうされますか? 異世界転生か、輪廻転生か――――――」

「異世界転生でお願いします!」


 事実上選択肢がないに等しかったので、俺は即答した。

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