右腕に秘められたスキル

「いだだだだ、な、何だこれ……!?」


 激痛に涙目になっている俺の視界は、真っ赤になっていた。あらゆるものが赤く変色し、心臓の鼓動に合わせて赤色がちかちかと点滅している。直近のRPGでよく見かけた、体力が減ると視界が変化するタイプだ。どうやら、その辺もゲームっぽく、俺の感覚は変化しているらしい。


「な、何……? 腕が、喋った……!?」


 俺はそこでようやく、自分を呆然と見つめる少女に気付く。わあ、可愛い、髪の色と言い、頭から生えてる角と言い、ホントにファンタジーだ――――――などと思っている場合ではない。


「……お、お前か!? 俺に何か刺したの!!」

「きゃああああああああああ、気持ち悪い!」


 少女がぶんぶんと、自分を振り回す。ぐるぐる、ちかちかと変化する視界に、俺はどんどん気分が悪くなっていた。


「お、おい、やめろ! 振り回すなあ!」

「いやあああああ! いやああああああっ!!」


 あまりにも振り回されて、俺はとうとう吐き気すら催して――――――。


(……アレ?)


 そこで、俺はようやく気付いた。刺されたり、振り回されたりで、そんなことに気付く余裕がなかったのだが、否応なしに。


(……口が、ない?)


 人間だった頃に、確かにあった口の感覚。それが、明らかにない。

 いや、それだけではない。自分の身体の感覚は、明らかに人型ではなかった。


 というか、そもそも……。この少女、なんて言ってた?


「……が、喋った?」


 呟いた俺に、少女は振り回していた俺を、ピタリと止める。その顔がゆっくりと頷き、肯定の意を示した。


 ――――――え、もしかして、いやいや、そんなまさか……。


 恐る恐る視界を下に見やれば……俺の身体の終わり部分が、彼女の上腕にぴったりくっついていた。体の形は、先端が五つに割れていて……。


「……腕えええええええええ―――――――っ!!?」


 先ほどの痛みと同じくらいのレベルで、俺は再び絶叫した。


(な、なんだよ、に転生って!? 聞いてない! そんなバカな話……!!)


 パニックになる俺の脳裏に、はたと思い出されるのは、転生間際の天使の言葉。


 ――――――あなたは、【右腕】となって活躍するそうです!


(いやいやいやいや、ガチの【右腕】なんてそんなん思うかああああああっ!!)


 そう。俺はまさかの、腕として転生してしまったのである。一切比喩表現なしで。


 あの天使、なんてことを……と一瞬思いもしたが、思えば彼は嘘は一切言っていない。勝手に「右腕かあ、軍師っぽい何かかな」と思ったこっちが悪いと言えば悪いのだが、そうはいっても、まさか、腕とは……。


「お、お、お、俺は、腕になっちまったのか……!?」

「な、なんで腕が喋ってるのよ、さっきから!」


 少女が叫び、俺ははっと我に返る。ぼろぼろな彼女の左手に握られている金属片。そこには、血の付いた金属片が、しっかりと握られている。


「……ま、まさかお前、自分で俺を刺したのか!」

「だ、だって……!」

「何してんだバカ! 自分の腕だろ、大事にしろよ!」

「なっ……! 何よ言わせておけば! そもそも、なんでことになってると思って……っ!」


 頭(手先?)に血が昇った俺と少女が言い合いをしようとした瞬間、地響きがした。パッと見やれば、グロテスクなバケモノたちが、ゆらゆらと蠢いている。俺は知る由もなかったが、こいつらは腕が光った時に目が眩んでしまって動けなかったのだ。


「ま、マズい……!」

「うおおおお何だあのバケモノども……?」


 驚いて怪物を見やった俺の視界に――――――見覚えのある、ゲームのようなウインドウが現れる。


「種族 ブロブ 系統 屍霊アンデッド 闇属性


 レベル 8


 ステータス

 HP F

 MP F

 攻撃 E

 防御 E

 魔法攻撃 F

 魔法防御 F

 器用さ  F

 敏捷   F

 幸運   F


 スキル(パッシブ) 毒攻撃 毒の身体」


「こ、これは……!」


 天使が言っていた、「そういう風に見える」という奴か。すげえな、実際にはこうやって見えるのか!

 そして、俺はブロブたちの中心にいる、デカい怪物に目を向ける。


「種族 ドラゴンゾンビ 系統 屍霊 闇属性


 レベル 30


 ステータス

 HP B

 MP D

 攻撃 B

 防御 C

 魔法攻撃 F

 魔法防御 F

 器用さ  F

 敏捷   D

 幸運   F


 スキル(パッシブ) 呪い攻撃 猛毒の身体」


「つっよ!」


 ブロブなどとは比べ物にならないドラゴンゾンビの強さに、俺は舌を巻いた。


「え、何!?」


 少女にはどうやら、俺の見たものはわからないらしい。


「いや、あのバケモノ、その辺の奴とは……」


 そうして彼女と目線を合わせたことで、俺は彼女の情報も見ることができたのである。


「名前 ラプス・メイリアス 種族 レッサーデーモン 系統 魔族デーモン 闇属性


 レベル 1


 ステータス

 HP F

 MP F

 攻撃 F

 防御 F

 魔法攻撃 F

 魔法防御 F

 器用さ  F

 敏捷   F

 幸運   F


 スキル(パッシブ) なし」


「よっわっ!」

「な、何よ! 悪かったわね!」


 「弱い」というのはコンプレックスなのであろう。ラプスはその言葉に過剰に反応した。とはいえ、これは非常にまずい……!

 何せ、自分はこんな弱い彼女の右腕なのだから。きっと、視界が真っ赤なのは彼女の体力がピンチだからなのだろう。それに……。何だか、スリップダメージを受けている気がする。


「……なあ、もしかしてだけどさ」

「な、何?」

「……身体に毒、回ってないか……?」


 俺とラプスは、思い当たるもの――――――彼女の手にある、金属片を見やった。似たようなものが周りの廃棄物からちらほら見えるところを鑑みると、その辺から引っこ抜いたんだろう。どう見たって、不潔極まりなかった。


「――――――何してくれてんだ、お前えええええええ!」


 よもやよもや、身体の持ち主に毒を盛られるとは。転生した瞬間に瀕死で毒状態とか、笑えない状況にむしろ乾いた笑いが出そうになる。


 そして、言い合っている俺たちに向かって、魔物たちは着実に歩を進めていた。


「あ、マズい、来た!」

「何とかしろよぉ! お前が死んだら、俺も死ぬんだぞ!」


 これは直感だ。彼女の命が尽きる時、俺も死ぬ。まあ、身体と腕なんだから当たり前っちゃ当たり前だ。だが、彼女に頑張ってもらわないと、俺もどうにもならない。


(……くそ、というか、俺はどうなんだ!? 俺の情報は……!)


 目の前の敵の情報を見るように自分の情報を見ることができないか。必死に考えてると――――――脳裏に、ウィンドウが現れた。


「名前 ラプス・メイリアス(右腕) 種族 ??? 系統 魔族 闇属性


 レベル 1


 ステータス

 HP F

 MP F

 攻撃 F

 防御 F

 魔法攻撃 F

 魔法防御 F

 器用さ  C

 敏捷   F

 幸運   F


 スキル(パッシブ) EXPプール:500000」


「――――――え?」


 俺のステータスは、ラプスとほぼ同様だった。それはまだいい。だってこの少女と一身同体なんだから。器用さだけ上なのは、俺が【手】だから、というのもあるのだろうが。

 だが、気になったのは「スキル(パッシブ)」の部分である。


「『EXPプール』……?」


 聞いたことのない単語だった。今までゲームをやった記憶は残っているが、こんなスキルは見たことがない。


(な、なんだコレ……?)


 そう思った途端、スキルの説明がウインドウとなって、俺の頭の中にはっきりと表れた。どうやら、天使はスキルの説明機能まで着けてくれたらしい。


「TIPS スキル『EXPプール』

 対象の取得した経験値を使用せず、貯めることができる。貯めた経験値は、任意のタイミングで使用可能。(自動設定:オン)」


 えーと、つまり、どういうことだコレ? この50万っていうのは、おそらく現在貯まっている経験値なんだろう。なんでこんなに貯まってるのかは知らないが……。


「……待てよ……?」


 俺は天使から受けた、この世界の説明を思い出していた。アイツが言っていたこと、そして、今の経験値の蓄積状況――――――。


「――――――何とか、なるかもしれないぞ?」

「え?」


 不確定要素があるから、賭けではあるが。


「おい。……お前、「力を発揮して見せろ」って、さっき言ったよな」

「う、うん……」

「――――――だったら、見せてやろうじゃねえかぁ!」


 そう叫んで、俺は――――――!


 スキル「EXPプール」を、全開放した――――――!

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