第15話 どうなってるんだよ!


 店を出た俺たちは、クラッサとの約束通りギルドへ向かっていた。クラッサが相当楽しみにしているのか知らねえが、いつもより早足だな。遊園地やテーマパークに行くわけじゃねえのによ。


 飯代を払ったことより、当初あった五千ピョコのお金が二千五百ピョコになってしまったぞ。思ったよりも金がかかったな。アイツが大盛り牛丼とビールまで頼むからとしか思えねえぞ。

 節約しねえと金なんてすぐなくなっちまうな。二千五百ピョコじゃ、宿もきついだろうし。今日を凌ぐためにももう少し稼がねえと、またホームレスみたいになっちまうぜ。


 そんなことを心配しているのは俺だけなのか、前にいるクラッサは「バーンっとモンスターを倒すわよ!」と士気を一人で高めてやがる。モンスターならさっき倒したじゃねーか。スライムだけど。


「お前、そんなこと言ってギルドまで直行してるけど、武器とか防具とか揃えなくていいのかよ? 一旦武器屋とかに行った方が良くねえか?」

「魔法があるから大丈夫よウルギ。それに今の手持ちじゃ格安装備しか買えないわ」


 お前がチーズ牛丼なんて高級なものを食うから買える武器が限られちまうんだろーが。


「格安でもなんでもいいじゃねーか。二千五百ピョコで賄える装備なんてたかが知れているとは思うけど無いよりマシじゃねーか? 命に関わるんだし」


「いやよ、格安装備だなんて! そんなの、ダサすぎてつけたくない! 女神たる私がつけるものなんだからカッコよくてブランド力ある装備じゃないと付ける気しないわ! ウルギももっとお金を貯めてカッコいい装備を買いましょうよ、そっちの方が勇者としての品も高まるわ」

「はーあ?」


 モンスターが俺達のファッションを評価してくれるとは思えねえんだけど、そこも重要なのか? まず俺はジャージしか着てねえから、とりあえずこれをなんとかしてぇぞ。武器よりも服が欲しいぜ。

  

「『タマゴランク』のクエストだからそんな武器を要するような強敵は出てこないはずよ。ギルドから報酬もらった後で買うのでも遅くはないわ。女神の権威を高める最高級の装備を揃えましょ」


 クラッサの意気込みから察するに、いかにも強敵と戦いそうな勢いなんだけどそれは違うのか? 無防備で行くなんて不安で仕方ねえんだけど。


 まぁ、もし仮に無茶な任務を引き受けようとしたら俺が止めればいい話だしな。強敵はクラッサ一人で行ってくれ。


「あとクラッサ。ふと思ったんだけど、また俺達はあのバカ長い行列に並ばねえといけねえのか!? 俺嫌だぞ、あのギルドにまた並ぶの」

「その心配は不要よウルギ。だって簡単なクエストは全部掲示板に貼られているもの。それを勝手に持って行っていけばいいだけの話よ。あそこに並んでいるのは大きな任務を引き受ける人か、冒険者に関する手続きをする人ぐらいなのよ」


 そうか、それを聞いて一安心したぞ。あんな大行列はもうゴメンだからな。


 そんな感じで適当に話しながら少し歩くと、たくさん立ち並んだ掲示板が見えてきた。大きな広場に掲示板が至る所で乱立しており、その付近で俺たちのような冒険者と見られる人がうろうろしている。

 胸にあるオタマジャクシマークが目に留まったけど、あれが『オタマジャクシランク』のバッチってことか? だっせぇデザインだな。旅先の土産屋にあるキーホルダーの方がまだいいセンスしてるぞ。あんなのつけたくねーな。


「すげえ数の掲示板だな、どれを見たら良いのか分かんねーぞ」

「東町中のクエストがここに集まっているからね。すごいでしょ、お祭りみたいでこの雰囲気が好きなんだ〜」

 

 コイツは人が集まっているところは全部祭りのような雰囲気を感じるタイプなのか? 全然共感できねーんだけど。


「『タマゴランク』向けの掲示板は確か……あそこね!」


 クラッサが指差した方向へ俺も目を向ければ、ボロッボロの掲示板が視界に映った。ぽつんと寂しそうにたたずんでおり、見ている人なんて誰もいない。他がにぎやかなだけに、かなり寂しさが際立つな。他の掲示板に比べて随分と朽ち果ててるし、不穏な空気しか感じねえぞ。せめて修繕くらいはしてやってくれ。


「誰もいねーじゃねーか。本当に正しいのかよ? おまけにオンボロだし」

「あれで間違いないわよ。私を疑うなんて神への冒涜よ。人がいないというのも『タマゴランク』の冒険者が少ないってことじゃないかしら?」


 皆とっとと孵化ふかしてオタマジャクシになってるんだな。立派なもんだぜ。


「いくわよウルギ!」と先に進むクラッサに、俺はとりあえずついていくことに。近づいていけば、掲示板にいくつか張り紙が張られているのが見え、一応掲示板として機能はしているようだ。


「ふぅん。こんな感じなのか。ここにある張り紙が、冒険者が受けることのできる依頼ってわけか」

「そうよ。この紙にクエストの詳細が記載されているわ。皆気になったものを勝手に取ってこなしているわね」


 そのあたりのシステムは結構自由なんだな。ギルドの職員一人しかいねえから、結局そうなるわな。まぁでも、こんなものを盗もうとする奴なんていねえか。

 

 良く見てみると、それぞれのクエストの紙の上部に『討伐!』だの『人手募集!』だの『集めてくれ!』だの分かりやすく題名が書かれている。一概に任務と言っても色々あるんだな。


「なるほどね。この中で適当にピックアップすればいいんだな。でもまず優先すべきはクエストの報酬だろ。なるべく楽にできてかつ報酬が高いやつを選んでいきたいところだぜ」

「冒険者の報酬は紙の下の方に書かれているわよ」


 依頼内容も大事だけど、まずは何が貰えるかしっかり抑えておかねえと、今後の生活に関わるからな。まずもって報酬内容を確認せねば……


 顔を近づけていけば、たしかにクラッサの言う通り『冒険者の報酬』の欄がある。これだな、運よく奮発しているクエストがあればラッキーだが……とりあえず読んでみるか。


 ──うん? 『インフェルナーレ東町VSボンバルディオ南町』??? 


「お、おい、クラッサ。この……『インフェルナーレ東町VSボンバルディオ南町』って書かれているけどこれなんだ? 何かのチケットか??」

「あ、それね、それはサッカーのチケットよ」


「は!? サッカー!? この町サッカーやってるのかよ!?」

「そんなに驚くことないじゃない。東町だってサッカーぐらいやるわよ」


 さも当たり前かのようにクラッサが言ってるけど、俺にとってはかなりの衝撃だぞ。こんな異世界でサッカーの試合が行われているなんてマジかよ。見た感じプロの試合みたいだし、そもそも東町にサッカーチームがあったのか……。

 

 でも、クラッサの様子を見てもそれが普通な感じだし…… 東町はサッカーが盛んなのか? 


 俺の顔から察したのか、クラッサは続けて俺に説明をしてくれた。


「『インフェルナーレ東町』っていうのは、東町にあるサッカーチームのことよ。東町には全三十チームがひしめきあうサッカーリーグがあってね。通称『東町カンピオーネリーグ』って言うんだけど、『インフェルナーレ東町』はそのなかにある強豪チームの一つなの。歴史が長くて人気も高いのが特徴だわ。そのチケットは今度『東町スタヂアム』で行われる試合みたいね」


「よく知ってるな。ってか東町にサッカーチームが三十もあるのかよ……」


 こんな異世界にそんな数のチームがあるとはとても思えねーんだけどな。


「そうだ! せっかくだから一緒に観にいきましょうよ! 楽しいわよ」

「って、そうじゃねえよ。サッカーのチケットなんて今もらってもどうしようもねえじゃねえか。金だよ金。俺達には金が必要だろーが」


 そりゃ人によっては喜ぶ品かも知れねえけど、今の俺達が必要なのは金銭報酬だ。サッカー観戦なんてもうちょっと余裕が出てきてからだぞ。

 

 この依頼はダメだな。他のを探さねえと……


「えっと、他には……『東町エビルディモンズVS北町ドミネーターズ』……くっそ、これも何かのチケットかよ……」

「えっ、そんなのあるの!?」


 俺が呟くと、横でクラッサが突然大きな声を上げながら目を見開いた。


「なんだよ、耳が痛えぞ。びっくりするだろーが」

「ちょ、ちょっと待って! 『東町エビルディモンズVS北町ドミネーターズ』って今度『東町ボウルパーク』で行われるアメフトの試合じゃん! この試合すっごく人気で全然チケットが手に入らないのよ! まさかこんなところにあるなんて!」


「そうなのか? 人気かどうかは知らねえけどよ」

「ねぇ、見に行きましょうよ! 私、最近アメフトに興味を持ち始めたのよ」


「いくわけねーだろ! 金を手に入れねーと行く前に餓死しちまうだろーが。しかもこれ、『討伐任務』だぞ。そんな物騒なもの引き受けたくねーぞ」

「えぇー! ウルギのいけず!」


 知るかよ。なんでアメフトの試合を見に行かないといけねえんだよ。チケットなんて貰っても腹の足しにならねーだろーが。他だ他……


「えっと、こっちの依頼には『東町レイヴンズVS外町ファイナルファイターズ』って書かれてるな」

「あ、それはバスケの試合ね。多分場所は『東町運動場』じゃないかしら?」


「これはなんだ? 『ユーアールジーインターコンチネンタル王座選手権試合』って書いてあるぞ」

「それは東町にあるプロレス団体、『東町プロレスリング』が主催する興行試合のことね。あ、ベルトマッチもうすぐなんだ……知らなかったわ」


「うーんっと……『東町カントリー利用券』」

「ウルギってゴルフやってるのかしら? それはゴルフ場の利用券よ」


「『LIVE IN東町 〜進化の夜〜』」

「東町で人気の交響楽団、『エックス HIGASHIーMACHI』のオーケストラコンサートのことね」


「『カリスマ経営者【東町フードサービス】料理長のスペシャル講演会』」

「ええ……ウルギってそんなのに興味あるのぉ? 私は興味ないわ。だって話を聞くだけなんてつまんないじゃん」


「『東町町内会応援セミナー』」

「絶対つまんない! そんな献金講演会のチケットなんていらないよ!」




「……マジか」

「どうしたのウルギ?」


 クラッサが俺の顔を覗き込んでくる。どうやら俺は相当顔色が悪いみてぇだな。ちょっと休憩だ、疲れちまったぞ。


 一旦一呼吸おくか。


 さてと……


「はぁ!? おい、これどうなってるんだ! チケットばっかりじゃねーか!!」


 後半無感情で読んでいたけど、どれもこれもチケットしかねえぞ! なんでこんなにチケットばっかりなんだよ。やたらとスポーツやら講演会やら揃っていたけど、どれだけ東町はイベントが多いんだよ! そうじゃねえよ、もっと肝心なことがあるだろうが!


「金はねえのかよ金は!! 現金がねえと何も買えねえぞ!」

「ええっ!? そういえばチケットばっかり…… どうしてこんなことに……?」


 流石のクラッサも異変に気付いたのか、掲示板に顔を向け、目を凝らし始めた。もっとしっかり見ろ、どこを読んでもチケットしかねえぞ!


 ただ、しばらくするとクラッサは「ああっ!」と声を上げながら口元に手を当てた。


「そうだった、思い出したわ」

「何かあったのか?」


「クエストの報酬のやり方、最近になって変わったのすっかり忘れていたわ! マネロン対策のために現金報酬は控えるようにってギルドからお達しが出ていたの!」

「は!? マネロン対策!?」


「そうなの。ここ最近、現金で資金洗浄をする人が多くて、ギルド報酬で資金を洗う人も出てきたから問題になっていたの。そんなこともあってギルドが現金報酬を禁止しちゃって……だから皆報酬をチケットとかにしているのよ」


「はーあ!?」


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勇者として召喚された俺、平凡でこれといったスキルが無いのにも関わらず、無能な女神を引き連れるハメとなりました。分かっていると思うけど、足手纏いは即パーティー追放だからなっ! 一木 川臣 @hitotuski

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