第14話 そこまでやらねーよ

「あ、でもちょっと待って! 冷めちゃうとチーズが固まっちゃうからもう少し食べさせて!!」

「なんだよ! どっちなんだよ!」


 クラッサが再びチーズ牛丼をがっつき始めるので、俺も油そばをすすることにする。間が悪い奴だな……


 ビールも勢い良くグビグビ飲んでるしよぉ。そんなことを朝からやってる奴なんてお前一人だけだぞ。店舗にいる他の皆はコーヒーとかでお淑やかな朝食タイムを過ごしているというのに、なんでここだけ居酒屋っぽくなってるんだよ。


「酔っても知らねーからな。店で寝たら置いていくぞ」

「大丈夫、私これでもお酒強いから! 一杯ならどうってことないわ。あっ、でも置いてかないでよウルギ。私が迷子になっちゃうから」


 楽しそうでいいな。誰よりもクラッサが一番東町を満喫してるだろ。


 しばらく丼にがっついていたクラッサだが、ふとしたときに箸を置いて


「ふぅ、チーズはとりあえず全部食べたわね。あっそうそう! 魔王の話をしなきゃ」


 と前を向いてそんなことを言ってくる。ノリと勢いだけで生きてるだろコイツ。全然コイツとテンポが合わねえんだけど。


 クラッサは「げぷっ」と──早食いが祟っただろ──お腹を摩りながら口を開いた。


「つい一ヶ月前のことだったわ。この東町にあろうことか『魔王』が降り立ったの」

「わりかし最近の話だな」


「そうなのよ、聞いてよウルギ。私がいつものように女神の世界でゆったりとおやつを食べながら東町の様子を見ていたら、突如現れたのよ。もう、ショックだったわ。びっくりしてポテチを踏んづけてしまったから尚更ガッカリで……」


 なんだか徐々に愚痴になってきてねえか? 


 予想はしていたけど、女神の世界でも自堕落な生活を送っていたんだなコイツ。そりゃ隙を見て魔王が侵略してくるだろ。大した管理状況じゃねえんだから。


「その名も魔王『キナツ』」

「魔王キナツ……?」


「そう。その莫大な魔力はまさに魔王に相応しい力を持っているわ。私も一旦どっか行ってもらうように交渉してみたけど、私なんかじゃとても話を聞いてくれなくて」

「それで、困ってとりあえず俺を呼んだということか? もうその段階で結構メチャクチャな展開だけどさあ」


「そういうことね。いや、その前に一応東町で募集をしてみたんだけど、誰も来なくて」

「全然人望ねえな、女神のくせに……」


 結局人がいなくて俺を呼んだだけじゃねーか。その話を聞いていると、なんだか悲しくなるのでこれ以上は言及しねえけど、クラッサのやつ誰からも信仰されてねえんじゃねえか? せめて一人ぐらいは頑張って集めろよ。


 にしても、改めて考えてみてもそんな強そうな奴に俺が勝てると思えんのだけど。どうしろって言うんだよ。俺なんて近所のヤンキーですら対処できねえんだぞ。

 

「しかしなぁ、本当にこんな世界に魔王なんているのかよ? 見た感じ魔王に支配されているような空気は感じられねーぞ」


 魔王が出ると聞いたから、もっとこう……荒れ果てているものだと思ったぞ。町民は魔物に虐げられ、毎日が奴隷のような生活を送り、空模様もさながら魔界のように赤く染まり……みたいな絶望の世界とは程遠いぞ。モンスターが出るくらいで、何なら皆結構平和そうに暮らしているぞ。


「そうなのよ。それは私も思ったわ。多分、どこかで隠れてアジトでも作ってるんじゃないかしら?」

「『ないかしら?』って、そこ大事だろ!」


「神出鬼没なのよ。いつどこで何をしているか全く分からないくせに、ふとした時に現れるしさぁ。もうやんなっちゃうよ。大人しく引きこもっていればいいのに、『東町は私のものだ!』って一応宣言していたからさぁ。女神として対処しないといけないなと思ってはいるのよ」

「そういうことかよ。どこにいるのか分からねえのは結構厄介だな」


 もしかしたら、今この瞬間に目の前に現れる可能性もあるってことだろ。オバケじゃねーんだから、所在くらいはっきりしてくれって感じだぞ。魔王なんだからどこかに分かりやすく城でも建ててくれればまだ心構えがついたというのに。そんな浪人みてぇなことされちゃたまらんぞ。


「んでも魔王の居場所が分からないんじゃ、手の施しようが無くねえか?」

「そうだよね、って言いたいところだけど、実は最近ある情報を手に入れたのよ。もう少し私の話を聞いてウルギ。油そばが冷めちゃってゴメンだけど」


 そうだぞ。チーズなんか入れたらカッチカチになってたかも知れねーな。


「魔王キナツには三人の強い部下というか幹部というか……側近みたいなのがいるのよ」

「どっちも似たようなもんだと思うけど、三人もいるのかよ」


「通称『キナツの三銃士』と呼ばれている三人ね」

「キナツの三銃士……」


「その三人も東町のどこかにいるらしいのよ。その三人なら多分魔王キナツの居場所も知っていると思うわ」

「へぇ。その三銃士に会って魔王の場所を聞くということか。んで、どんな三人組なんだ?」


 俺が尋ね返すと、クラッサは「あれ?」っと固まってしまった。眉をひそめ「うーん」と唸り声を上げ始めてるし、まさかコイツ……


 俺の不安はまんま的中したようで、クラッサは胸の前で手を合わせ「あ〜。ゴメン。忘れちゃった」と舌を見せた。てへぺろってな感じで。


「忘れたって、それ滅茶苦茶大事なことじゃねーか! なんでいつも肝心なことを忘れてるんだよ。意味ねえじゃねえか」


「あ〜、なんだったかなぁ。三人とも特徴あるから顔は覚えているんだけど名前が出てこないのよね……。まぁ、いつか思い出すわよ」

「なんだったんだよこのくだり……」


 せっかくのヒントなのに全然役に立たねえじゃねえか。俺の方が肩を落としちまうぞ。

 だけど、そのキナツの三銃士って奴らも多分強いんだろうな。魔王の側近になるくらいだからな、仮に会えたとしても、そいつらにやられそうだぞ。


「それよりもギルドだよギルド! ねぇ、どんなクエストを受ける? 私は討伐任務がいいな! バーンっとカッコよくモンスターを退治したい!」


 魔王の話はあれで終わりかよ。アイツにとってギルドの方が優先事項が高くなってねえか? 


「そんなもたもたしてて大丈夫なのかよ。東町の町民じゃねえ俺が心配するのもおかしな話だけど、ギルドなんかに時間潰してたらそのうち世界が滅ぶぞ」

「そんなことないわよ。ギルドで名を挙げればきっと魔王も引き寄せられてくるわ。『強い冒険者いるようだな、一度お手合わせ願おうか』みたいに現れてくるわよ」


 そんな格闘家のような思想を持ってるのかよ、東町の魔王は。そんな正々堂々やるような奴だったら、今も隠れてないで郊外に魔王城を構えてるはずだろ。クラッサがお気楽すぎて東町に同情しちまうぞ。


「だから目指せ『トノサマガエルランク』だよウルギ! ギルドの覇者VS魔王ってめっちゃ熱くない!?」

「熱くねーよ。ギルド制覇が目的じゃねーんだから、そこまで力入れてもしょうがねえだろ。それに、俺達がギルドの頂点に立てるとは思えねえから今のうちに諦めとけよ」


「ええーっ!? BOO〜〜!! 真の勇者はメインミッションだけじゃなくて、ちゃんとサブミッションもこなすものなのよ。ギルドを制覇して、お金を一億ピョコためて、キナツ三銃士を全員撲滅して……そういったことを全部こなして最後に魔王を倒すものよ! 分かってないな〜、ウルギは」

「勇者に求めすぎだろ。余計なことまで手を出さなくていいんだよ。真の勇者はちゃっちゃとボスを片付けて元の世界に戻るの。そんなことをやり切る気力が俺にあるわけねーだろ」


 全部やってたら何年かかるか分からねえぞ。そこまで魔王も親切に待ってくれねえだろ。ただでさえハードなサブミッションなのに、このポンコツ女神を引き連れてだともっとハードルが上がるのは間違いねえだろうな。無理だろ、やってのけるなんて。


「きっとウルギならできるわ! まずはギルドで名を挙げるわよ! 早くいきましょウルギ!」

「まだ食ってる最中だろーが。そんな焦って立ち上がるなみっともない」


 いつの間にかクラッサの牛丼が無くなっているし、どんだけ早食いなんだよ。胃を壊しても知らねーぞ。


 俺も気持ち急足いそぎあしで油そばを食べるけど、クラッサの視線が鬱陶しいぞ。そんなにジロジロ見るなよ、食いづらい。


 窮屈な思いでセコセコと油そばを食べていると、クラッサが「ねぇ、ウルギ」と俺に声をかけてくる。


「やっぱり油そばにチーズを入れましょうよ。なんか、むずむずするわ」

「またその話かよ。なんでクラッサがむずむずしてるんだよ、どっちでもいいだろ」


「ダメ! ねぇ、ウルギ。約束して。次から油そばにはチーズを入れるって」

「はぁ?」


 なんで彼氏彼女の約束事のように俺がクラッサと『油そばにチーズを入れる』ことについて誓約を結ばねえといけねえんだよ。束縛な彼女でもここまでやんねーぞ。ここの女神は自由に油そばも食わせてくれねえのかよ!


「お願い。約束して。チーズを入れるって。チーズのない油そばを見るだけで可哀想になってくるもの」


 まっすぐな眼差しで俺に訴えかけてくる。チーズのない油そばが可哀想って、どんな理屈だよ。アイツはチーズの国から産まれてきたのか? 


「──分かったよ。チーズ入れればいいんだろ? いちいち細かいぞ、クラッサ」

「うん。約束だよウルギ。チーズを必ず入れてね。私が見ていない時もだよ」


 あほらし。次から台湾まぜそばにしとこ。

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