第14話 そのメイド『至福』

 翌日の、午前八時ちょうど。二階の寝室にて、ロザンナは窓のカーテンを開けて、まだ眠りにつく主人を起こす。

「お嬢様、朝でございます」

「もう少し、寝ていたいなぁ……」

「お気持ち察します。ですがもう起きる時間ですので……」

「分かった。今、起きる」

 まぶしい朝日に照らされ、眠い目をこすりながら渋々しぶしぶ起床したヴィアトリカがベッドから抜け出す。

 時を同じくして、貴族の使用人に相応しい、白色のエプロンドレスに黒のロングドレスとホワイトブリムの制服姿のミカコ・スギウラが、屋敷の外で掃き掃除をしていた。

「う~ん、今日もいい天気!」

 箒を動かしていた手を休め、玄関前で思い切り伸びをする。この日、ミカコはうきうきしていた。というのも、今朝起きた時に、とてもハッピーなことがあったからである。

 いつもの時間に目を覚まし、ミカコはエマと一緒にベッドから起き上がってクローゼットに向かうと身支度をする。

 クローゼットを開けて、着ている私服を脱ぎ、制服に着替えようとした矢先、ミカコはおや?と思い、支度を一時中断して、クローゼットの脇に置いてある姿見の前に立つ。

 ランジェリーが変わっている……

 姿見に映る、ランジェリー姿の自分自身を見詰めることしばし、とても良く似合っているのだが不審に思ったミカコは、昨日この部屋でロザンナが言っていたことを思い出して納得。

 そっか……私が気を失っている間に、ロザンナさんが私服と一緒に着せてくれたんだ。

 上下桜色の、大人わかいいギンガムチェックのランジェリーが気に入り、ミカコの気持ちがハッピーになったのだった。

 そしてこの日も、ミカコは歌っていた。中庭で洗濯物を干している時も、屋敷の窓という窓を拭き掃除している時も。屋敷の中にいる間は常に歌っていた。

「相変わらず、歌うのが好きなのねあなた……」

 一階の玄関ホールにて、ミカコと一緒に掃き掃除をしていたエマが、箒を動かしながら呆れるようにぼやく。

「はい、歌うの大好きなんです!」

 エマのぼやきに、ミカコは満面の笑顔でそう返事をすると再び歌い出す。滝廉太郎の「花」を口ずさんでいる時だった。ヴィアトリカが玄関ホールの階段に座り、ミカコの歌声に聞きれている姿を目にしたのは。気持ちよさそうに聞き惚れるヴィアトリカの脇には、家政婦長ハウスキーパーのロザンナが品良く立っていた。仕事をやり終え、玄関ホールへと赴いたシェフのルシウスや庭師のラグの姿もある。

「これで全員、揃ったな」

 ミカコが「花」を歌いきったタイミングで階段から立ち上がり、口を開いたヴィアトリカがゆっくりと、玄関ホールに集結した使用人の方に歩み寄る。

「ロザンナ、エマ、ミカコ、ルシウス、ラグ、私のために、使用人として働いてくれてありがとう。こんな場所で恐縮だが……私から君達に、大切な話がある。と、その前に……」

 ヴィアトリカはそこまで言うと、玄関ホールに集結した使用人達にあることをするように指示を出した。


「ちょっと、変だと思わない?」

 屋敷の一階にある自室にて。同室のエマがそう、制服を脱ぎながらミカコに疑問を投げ掛ける。

「まだお昼前なのに、仕事を止めて私服に着替えてこいだなんて。しかも、この屋敷から出る準備をしてよ?大事な話の前にこれって……きっとなにか、裏があるわよ」

 最後に鋭いことを言って言葉を締め括ったエマに、制服を脱いで私服へと着替えている最中、ミカコは曖昧に微笑みながら返事をする。

「お嬢様には、お嬢様なりの考えがあるんだと思います」

「まぁ……私も、そう思うけれど……妙に引っかかるのよねぇ……これからお話になるお嬢様の大切な話が終わるのと同時に、この世界が終わりを告げる的な……なんとも言えない予感がしてならないのよ」

 テキパキとチョコレート色のシャツに腕を通すエマのこの発言は、あながち嘘とは言えない。

『――この世界がどこまで維持出来るのか未知数です。いつでもこの屋敷から出て行けるように、今のうちから準備をしておいてくださいね』

 昨日の夕方、ロザンナがこの部屋で目を覚ましたミカコにそう言い聞かせていた。もしかしたら、ヴィアトリカがこれから話すことは、昨日の話と関連しているのかもしれない。それを考えると少しだけ不安になるのだった。

「あら……あなた、もう身支度が済んでいるのね」

「昨夜の内に、荷造りを済ませていたので」

 無駄のない動作で以て白色のロングスカートを穿き、赤いネクタイを結わき、スカートと同じ色のジャケットを着て、ベッドの上に置いたトランクの中に制服や小物類などの私物を入れながら訝ったエマに、ミカコは曖昧に笑いながらそう返事をする。

 なんとなくだけど……昨日この部屋でロザンナさんと話をしたことは、エマさんには伏せておこう。

「そう……まっ、おおかた、昨日この部屋に来たミセス・ワトソンが、今のうちに荷造りをするようにって、あなたに言い聞かせたのだと思うけれど……こんなことなら私も、昨夜の内に荷造りしとくんだったわ」

 さらりと鋭い推測が光ったエマが後悔したようにそう呟いた時だった。不意に、ミカコが面食らったのは。

 エマさんっ……?!す、すごい勘が鋭いっ……!

 的を射るエマの鋭い推測に、驚愕したミカコは密かに動揺すると恐れをなしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る