第13話 そのメイド『真相』

「ちょっと……待ってください」

 しばし、ロザンナの話に耳を傾けていたミカコは動揺したように、ぎこちなく待ったをかけた。ベッドの上に、上半身を起こしたまま、右手を額に添えてミカコは頭を抱える。頭が混乱していた。ロザンナはルシウスやラグと同じ冥界人な筈だ。そう思っていたから最初のうちはロザンナの話を聞いていられたのだ。しかし……今となっては、ロザンナを冥界人として見られない。その理由は……

「……私は今まで、あなたが冥界人であると信じ込んでいました。今、ここで話を聞くまでは。でも、実際は違っていた……ミセス・ワトソン、本当のあなたは……」

 頭を抱えたまま、視線を合わせて言いにくそうに正解を口にしようとしたミカコの言葉を遮り、ロザンナは含み笑いの浮かぶ、涼しい顔で解答。

「死神です。冥界を拠点とする死神結社に属する……それが、私の本当の姿なのです」

 ロザンナからの解答を聞き、だんだん冷静になってきたミカコがロザンナに視線を向けたまま、疑問を口にする。

「なら何故、自身が冥界人だといつわったのですか?」

「私の正体が死神であることがヴィアトリカお嬢様やその他の、この街の人達に知られてしまうと、日記帳から出現した悪魔本体に逃げられてしまうおそれがある。それを避けるためにも正体を隠し、冥界人と偽りこの屋敷に留まっているのです。ビンセント家の家政婦長ハウスキーパーとして」

「私を、臨時のハウスメイドとして、この屋敷に招き入れたのは……私が、悪魔を封じることの出来る神仕かみつかいであることを知っていたから……ですか?」

「そうです。神仕いは別名『翼のない天使』とも呼ばれている……天神の加護の下、現世で悪魔を封じる神仕いとしてのあなたの活躍は、冥界にまで届いているのですよ。なので、現世に住むあなた宛てに手紙を書き、召使いの白鳩アーサーに持たせて、日本国内にある広大な森に来るように仕向けたのです」

「あの手紙は……ミセス・ワトソンによるものだったんですね?!」

 思わぬ所から急浮上した真実。それを直接耳にしたミカコは驚きの声を上げた。額から右手を離し、頭を抱えるのを止めて驚きの表情をするミカコに視線を向けつつ、ロザンナはあくまでも冷静に口を開く。

「私が、この街全体を覆い隠した結界は一度、中に入ってしまうと結界を解くまで外に出ることが出来ません。これは、悪魔を結界の外に出さないようにするための処置なのですが……このままではなにかと不便なので、白鳩アーサーだけは自由自在に結界の中側と外側の世界を往来出来るようにしたのです」

「なるほど……それで納得しました。以前、エマから聞いたことがあったんです。「二年くらい前から見過ごせない案件につき、住み込みのハウスメイドとして、ヴィアトリカお嬢様の屋敷で働いているんだけど、街の周囲に結界が張られているせいで、異世界この街から出られなくて困っている」と。それは、ミセス・ワトソンが悪魔を外に逃がさないようにするために張った結界のせいだったんですね」

「現世の日本を管轄とする冥府役人であるエマが、調査のためにこの街へと赴いたのは今から二年ほど前……町外れの森の中で、私が張った結界に阻まれて外に出られず、途方に暮れていたエマを、私の方から声をかけてビンセント家のハウスメイドとして雇い入れたのです。武術に長けているで、ヴィアトリカお嬢様の用心棒も兼ねて。

 私が先ほどお話した日記帳の中に、ヴィアトリカお嬢様とその両親の魂が宿っているのです。そしてここは、三人の魂が宿る、生前のヴィアトリカお嬢様が書かれていた日記帳が創り出した世界……強力な悪魔が取り憑いていた影響で、日記に書かれた内容が異質な形で顕現したのです。私達は今、異世界と化す、日記帳の中にいるのですよ」

 なんの前触れもなく、ロザンナの口から語られた衝撃的な真実にミカコは目を丸くした。なんの前触れもなく、ロザンナの口から語られた衝撃的な真実にミカコは目を丸くした。

 領主であるヴィアトリカの屋敷を中心に栄える、小さな英国の街。日本国内に位置する広大な森の中に忽然と現れた、地図にも載っていない、幻の街。国内にいながら、古き良き英国の世界にタイムトラベルが出来るこの場所は、生前のヴィアトリカが書いていた日記帳の中なのだ。

 強力な悪魔が日記帳に取り憑いていたのだから、これほどの異世界を創り上げることは容易いだろう。が、あまたの悪魔を封印してきたミカコでさえ驚きを隠せない。こんな経験はしたことがなかった。

「異世界であるが故、こちらと元の世界とは時の流れが異なります。こちらの世界では二年半以上の時が経過していますが、実際は二日半ほどとそんなに時は経っていません。ですが……あなたが悪魔を封印したことで、この世界がどこまで維持出来るのか未知数です。いつでもこの屋敷から出て行けるように、今のうちから準備をしておいてくださいね」

 そう、ロザンナは真顔でミカコに言い聞かせた。

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