第12話 そのメイド『理由』

 ふと目を覚ますとそこは、自室(エマと同室)に設けられたベッドの中だった。あれから気を失ってしまったらしい。紅色の夕焼け空が、カーテンが開く部屋の窓から見えていた。

「目が覚めましたか?」

 両手を後ろに組んで、窓際とは反対方向の、ベッドの傍らに佇むロザンナが、穏やかな口調で問いかける。

「ミセス……ワトソン?」

 品良く佇むロザンナの姿に、ミカコは上半身を起こす。それからすぐ、ミカコは違和感を覚えた。今まで、神仕かみつかいの姿になっていた筈なのに、いつの間にか変身が解け、ブラウンのタートルネックにミニスカートを穿いた私服に着替えている。これは一体……

 訝るミカコの心を見透かしたロザンナが、穏やかな口調で分かりやすく簡潔に説明する。

「あなたが気を失っている間に、私が着せました。あなたが身につけていた泥だらけの制服やそれ以外のものはすでに洗濯をして、乾燥させてあります。制服はそこのクローゼットの中に、それ以外はタンスの引き出しの中にしまっておきましたので後ほど確認してください。それから……今あなたが身につけている私服以外のものはさしあげますのでそのままお使いください」

「あ、ありがとうございます……すみません、いろいろと、気を遣わせてしまって」

 曖昧に微笑みつつもミカコは、申し訳なさからぎこちなく礼の言葉を述べた。ミカコが気を失っている間にも屋敷で働く部下に指示出し、仕事の合間に泥だらけになったミカコの制服類を洗濯して乾燥させたうえ、それらをクローゼットの中にしまってくれた。流石、家政婦長ハウスキーパーの肩書きを持つだけのことはある。ミカコは改めて、上司に当たるロザンナのすごさを思い知った。

「でも私、いつの間に変身が解けて……」

「ああ、それは……私が、あなたの手首に巻かれたリボンを解き、変身を解きました」

 やや言葉を濁しつつもロザンナが、にっこりと微笑みながらさらりと衝撃発言。ミカコは面食らった。

「な、ななななんで……変身の解き方を……知ってるんですか?」

 動揺するミカコに対し、冷静な顔に含み笑いを浮かべたロザンナはしれっと返答。

「ビンセント家のメイドたるもの、それくらいのことを知っていて当然です」

「お見れしました」

 非の打ち所がない、聡明なロザンナに感服したミカコは頭を下げたのだった。


「こんな時に、訊くことではないと思いますが……ミセス・ワトソンは冥界人めいかいじんなんですよね。シェフのルシウスや庭師のラグと同じ……冥界人のあなたが使用人としてこの屋敷に留まる理由はなんなのですか?」

 臨時のハウスメイドとしてビンセント家に雇用された時から思っていた疑問を、部屋に二人きりのこの時を利用して、ミカコは思い切ってロザンナにぶつけてみる。顔色一つ変えずに、ロザンナは冷静沈着に返答した。

「両親を殺害した悪魔から、ヴィアトリカお嬢様をお守りするため……と言うのは表向きで、私がビンセント家の使用人としてこの屋敷に留まっているのは、それとは別にあります」

 そう、前置きをした上で、ロザンナは静かに理由ワケを語り始めた。

「私はずっと、待っていたのです。悪魔を封じることの出来る神仕いあなたが、この異世界へやって来るのを」

 事の発端は、今から二日ほど前……冥界に宮殿を構える結社に属する死神しにがみが、元の世界となる現世で古い日記帳を見つけたことでした。

 予め、上司から口頭で告げられた死期名簿の情報を頼りに、現世での任務を終えた死神が、対象者の部屋で見つけた日記帳を拾い上げて冥界へと引き上げる途中……突如として日記帳から放たれた強い邪気に当てられ、日記帳を落としてしまったのです。

 日記帳の中に、少なくとも三人分の、人間の魂が宿っている。故に、結社でなんとかならないかと考え、彼は日記帳を冥界まで持ち帰ろうとしたのですが……人間の魂の他に悪魔という名の災いが、日記帳に取り憑いていることまでは思い至らなかったようで……

 私は上司としての責任を取り、彼が落とした日記帳を探し出すため、冥界から現世へと降り立ちました。そうして、日本国内にある広大な森の中に、異世界空間この街が出現したことを知ったのです。

 その時はまだ、日本国内のマスメディアやSNSなどで騒がれていませんでした。ですが……このままにしておくといずれ、それら無関係の人の目に触れてしまう。そう考えた私は神力自力で以て結界を張り、この街全体を覆い隠しました。外側からではその全貌が見えぬよう、あたかも森が広がっているように見せかけたのです。

 街全体を結界で覆い隠した後、神術しんじゅつで以て白鳩を生成、私の手足となり、優秀な召使いまで成長させたのです。

 ロザンナがそこまで説明し終えたところに一羽の白鳩が、開放された戸口から飛んできて、ロザンナの、左側の肩の上に止まった。毛並みが良く、赤いシルクのリボンを首に巻いた上品な姿と雰囲気を漂わせて。

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