第21話 賢者VS賢者

 馬を繋いである場所に行くと、ルイくんの白馬が見えてきた。


「どうしたのかしら、元気がないわ」


「俺を落としたショックで落ち込んでるのかな。馬って繊細だし」


「ええ、そうかもしれないけど……」


 私はルイくんの白馬に近づいた。

 馬の目が、何となく曇っている。それに――。


「魔法の痕跡があるわ」


「えっ?」


 ルイくんがびっくりして馬のほうを見る。


「それってもしかして……アドリアンが?」


「ええ、恐らく」


 こんなことをするのは、あいつしかいないでしょ。


「そう言えば、この子が暴れ出した時、近くにアドリアンがいたな」


 ルイくんが顎に手を当てて考える。


 やっぱり。


 恐らくアドリアンは、馬に幻惑の魔法か何かをかけたのね。


 ほんの僅かな痕跡だから、普通の魔法使いには分からないかもしれないけど――あいにく、私はそんじゃそこらの魔法使いじゃないのよ。


「全く、舐められたものね」


 私はルイくんの馬に治癒ヒールの魔法をかけると、薬草を食べさせて体力を回復させた。


「大丈夫? クロエ」


 ルイくんが私の顔をのぞきこむ。


「ええ」


 私はルイくんの瞳を見つめ返した。


「この勝負、私は勝つ気しかないわ」


 万能賢者の実力、見せてあげようじゃないの。


◇◆◇


「それでは、乗馬大会決勝に望むメンバーを紹介します。まずは、王都からやってきた炎の賢者、アドリアン!」


 歓声の中、派手な赤マントの男が登場する。


 余裕の表情で観客に手を振るアドリアン。


「続いては、突然の怪我で出場を辞退したランベール家のご子息に変わり、急遽出場することとなったランベール家のメイド、クロエ!」


 ズボンを履き、馬にまたがる私を見てどよめきが起きる。


 女が馬に乗ること自体珍しいし、怪我したお坊ちゃまの代わりにメイドが出場するだなんて前代未聞だから。


 私もできれば注目を浴びたくはなかったけど、負ければアドリアンと結婚だもの。仕方ない。


 馬に乗って登場した私を見て、アドリアンは一瞬驚いた後、ニヤリと笑った。


「おや、まさかクロエが直々に勝負に出てくるとは。あの坊ちゃんはどうした?」


「馬から落ちて怪我をしたのよ。あなたが一番知ってるでしょ」


 私はアドリアンの方を見ずに返事をした。


「だからってお前が――」


「私、卑怯者とは結婚したくないの」


 ピシャリと言い放つと、さすがのアドリアンもくちをつぐんだ。


「それでは決勝に残った皆さん、スタート地点に移動してください」


 司会の声で私たちはスタートラインに立った。


「位置について、よーい、スタート!」


 旗の合図で、一斉に馬たちが走り出す。


 一位はアドリアンの馬で、私はその後ろにぴったりとつけた。


 仕事終わりにルイくんと一緒に馬に乗って、乗馬のコツも教えてもらったし、馬には回復と強化の魔法をかけてある。絶好調だ。

 

 対してアドリアンの馬は、なんだか少し疲れているように見えるし、アドリアン自身の馬の乗り方も少しぎこちないように見える。


 このまま行けば、最終コーナーの後の直線で逆転できるかもしれない。


 そして私の馬がアドリアンの馬の後ろにつけたまま、最終コーナーを迎えた。


「クロエ!」

「頑張れ!」


 アリスやルイくんの声が聞こえてくる。


「行くよ!」


 私は手網を持つ手に力を込め、馬に声をかけた。


 馬がスピードアップし、曲がり角でアドリアンの馬と私の馬が並んだ。


 あとは最後の直線だけ。いける!


 そう思った瞬間、アドリアンが私のほうへ手のひらを向けた。


 アドリアン、何か魔法を使ってくる気ね。

 でもおあいにくさま。あなたの考えている事くらい分かるわ。


 気がついたら、私はバリアの魔法を唱えていた。


 アドリアンの幻影魔法が跳ね返され、逆にアドリアンの馬にかかる。


「ヒヒーン!」


「うわっ!」


 アドリアンの馬が暴れだし、アドリアンは地面に転がった。


 単純に魔法勝負だったらアドリアンの方が火力も強いし攻撃力があるから勝ってただろうけど、魔法を唱える速さは私のほうが強い。


 この勝負、私の勝ちのようね。


 私は全速力で馬を走らせ、一位でゴール地点に飛び込んだ。


 わあっ。


 驚きの声と歓声が辺りを包む。


 良かった。アドリアンに勝てて。


 私は馬から降りてほっと息を吐いた。


「おめでとう!」

「おめでとうクロエ!」


 お屋敷の人たちが次々に私に駆け寄ってくる。


「ありがとうございます。それもこれも、ランベール家の馬が素晴らしかったおかげです」


 私が言うと、ルイくんが首を横に振る。


「いや、クロエが頑張ったからだよ」


「本当に。さすがはランベール家のメイドだ。誇らしいよ」


「本当に。素晴らしい走りだったわ」


 旦那様と奥さまも褒めてくださる。


「クロエ、かっこよかった!」


 シャルロット様も私に抱きついてくる。


 結局、最下位でゴールすることとなったアドリアンは、悔しそうに唇を噛み締めたのだった。


 余計な小細工をするからよ。自業自得だわ。

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