第19話 乗馬訓練

 ランベール家の所有する牧場は、お屋敷から歩いて五分もしないところにある。


 私がバスケットを手に歩いて向かうと、ほどなくしてルイくんの姿が見えてきた。


「あれっ、クロエ、どうしたの?」


「厨房のおばちゃんから頼まれてお昼を持ってきたの」


 私は手に持っていたバスケットを高く掲げた。


「へえ、何だか悪いな」


 ルイくんがバスケットをのぞき込み、何かのカードを手に取った。


「これ、二人分あるね。『クロエと二人で食べて』ってメモもある」


「えっ、本当?」


 そんなカードが入っていただなんて全然気づかなかった。

 もう、おばちゃんったら……。


 私は仕方なく、ルイくんの隣に腰掛けた。


 二人で昼食を食べながら何気ない話をし、ふと話題がアドリアンのことに及んだ。


「何かごめんね、巻き込んじゃって」


 私が謝ると、ルイくんはキョトンとした顔で首を横に振った。


「いや、別に気にしてないよ。俺がただ勝手にあいつに目の敵にされてるだけ」


 私はギュッと自分の手を握りしめた。


「……実は私、アドリアンにルイくんと付き合ってるって言っちゃったの」


「えっ!?」


 ルイくんが少し動揺した顔を見せる。


「だってそうでも言わないと、アドリアンが諦めてくれないと思ったから。でもこんな風になるなんて」


 私が言うと、ルイくんは「ああ」と小さくうなずいた。


「別にいいよ。馬に乗るのは好きだし、偽の彼氏が必要ならいつでも呼んでくれていい」


「ありがとう」


 ルイくんって本当に優しいな。

 でも私とアドリアンの問題なのに、巻き込んでしまって申し訳ない。


 そう思っていると、ルイくんが微笑みかけてくる。


「そうだ、せっかくだから一緒に馬でも乗ってみない? まだ昼休み、時間あるんだろ?」


「う、うん」


 馬に乗ったことはあるんだけど、久しぶりだし、そこまで上手なわけじゃないから緊張しちゃう。


「一人で乗れる? 手を貸そうか?」


「ありがとう。馬に乗るのは久しぶりなの」


 ルイくんに支えてもらい、私は栗毛の小さな馬にまたがった。


 手綱を引くと、広い牧草地の中を、馬はゆっくりと歩きだした。


「実はさ」


 遠くをじっと見ながら、ルイくんが語り出す。


「俺、ちょっぴり落ち込んでたんだ」


「ルイくんが?」


「うん。クロエ、賢者だってこと、俺にも内緒にしてただろ」


「ああ……」


「俺って、そんなに信用無いのかなって。友達だと思ってたのって、俺だけだったのかなって」


「親に口止めされてたの。ここでは、女が魔法を使えたりすると生意気に思われるって聞いてたから」


「ここは田舎だから、そう考えるのも分かる。だけど、俺のことは信じて欲しかった」


「ごめんなさい。これからはあなたのこと、信じるわ。何があっても」


「うん。ありがとう。嬉しいよ」


「見て、花が咲いてる。綺麗だよ」


「わあ、本当。この辺って土壌が良いのかな、どの花も生き生きしてるわよね」


「うん、王都より暖かくて日当たりもいいしね」


「春には花が咲きみだれるし、夏には湖や海が綺麗だよ。秋には美味しいものがたくさん実るし、冬には雪が降る。ここはいい所だよ」


「うん、子供の頃は気づけなかったわ」


「乗馬対決、勝とうね」


「うん」


 この日から、私は毎日お昼休みと仕事帰りに、馬の練習をするルイくんを応援しに行くようになった。

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