第18話 宣戦布告

 「大丈夫? あいつに何かされた?」


 ルイくんが心配そうに私を見つめてくる。


「いえ、ただ、結婚して王都に戻らないかと言われて」


「えっ!?」


 ビックリしたように目を見開くルイくん。

 私は慌てて付け足した。


「もちろん断つたけど」


「そ、そうだったんだ」


「始めたばかりの仕事だし、途中で投げ出すわけにはいかないから」


「そうだよね。良かった」


 私はチラリとルイくんの顔を見た。

 ルイくんの表情が、いつもと違って固いような気がする。


「それじゃあ、また」


 もしかして、ルイくん怒ってるのかな。


 私が賢者だということを黙っていたから。


「うん、また」


 私も何だか気まずいような気持ちになって、そそくさとその場を離れた。


◇◆◇


「クロエ、今日は昼食当番に入ってくれる?」


 お昼間際、私はメイド長にそうお願いされる。


「はい」


 昼食当番というのは、お屋敷の方たちがお食事をする時にお皿を運ぶ当番のこと。


 お皿を運ぶ他にも、ドリンクが少なくなったら注いだり、フォークやスプーンを落としたら拾ったりしなくちゃいけない。


 お屋敷の方たちの食事中はずっと食堂にいなくてはいけないの。


 お昼になり、私がシャルロット様の席の後ろに控えていると、少ししてシモン様とアドリアンが入ってきた。

 

「やあ、二人とも、今日はどこに行ってきたんだい?」


 旦那様がシモン様とアドリアンに声をかける。


「今日は二人で牧場を見に行ってきたよ」


 言いながら、シモン様が席に着く。


「馬にも乗ってきましたよ。この辺は、名馬の産地らしいですね」


 と、余所行きの笑顔で言ったのはアドリアン。


 へぇ、あいつ、馬にも乗れるんだ。


「そうなんですよ。ここは良い馬が多くて。今度の日曜日には、馬祭りも行われるんですよ」


 奥様が上機嫌で話すのを、アドリアンは興味深そうに見つめた。


「なるほど、それは是非とも見てみたいものだ」


「ではアドリアンくんも、参加するといい」


「はい、そのつもりです。ただし――」


 そこまで言うと、アドリアンは私の顔をチラリと見た。


「僕一人ではつまらないので、ルイくんと勝負したいのですが」


 何を考えているの? アドリアン。


「ほお、それはいい。なぁ、ルイ」


 上機嫌でルイくんの顔を見る旦那様。


「ええ、それはいいですけど……」


 ルイくんが渋々同意すると、アドリアンはニヤリと笑ってこう付け足した。


「クロエさんをかけて」


 へっ、どういうこと?


 私が目をぱちくりさせていると、アドリアンはさらにこんなことを言い始めた。


「僕が買ったら、そこにいるメイドのクロエをお嫁さんに貰いたいと思います」


 えっ、何言ってるの⁉︎


 アドリアンの爆弾発言に、みんな目を丸くする。


「あらあら、うちのメイドをずいぶんと気に入られたのね」


 しばらくの沈黙のあと、奥様が苦笑いをしながら口を開く。


「良いでしょう? なに、嫌なら僕に勝てばいいだけの話だ。それともルイくんは勝つ自信が無いのかな?」


 挑発的な口調で言うアドリアン。


 ルイくんは静かにうなずいた。


「分かりました。ただし、こちらとしても、有能なメイドを一人失うことは避けたいので、全力でいきますよ」


「良いですとも。そのほうが、こちらとしても面白い」


 二人の視線が交わり、火花が散る。


 もう、何でこんなことになっちゃったの!?


◇◆◇


 それからというもの、ルイくんは毎日乗馬の訓練をすることになった。


「ルイ様、練習に精が出るみたいだねぇ」


「本当、本当。よっぽどクロエを渡したくないのよ」


 厨房のおばちゃんとアリスがヒソヒソ噂話をする。


「そんなんじゃないわよ」


 私は呆れてため息をついた。


 ルイくんがアドリアンと勝負をするのは、ただ単にメイドが人手不足だからだよ。


 変な勘違いしないでよね。


「あ、そうそう、これ」


 厨房のおばちゃんが私に何かのカゴを渡してくる。


「これ、何ですか?」


 私がバスケットをのぞきこむと、中には野菜とハムを挟んだバケットが入っていた。


「ルイお坊ちゃまの昼食だよ。あんた、持って行ってあげな」


「えっ? でも、時間が」


「午後からの掃除は私が代わってあげるから、ゆっくりしてきて!」


「もう」


 私は、二人にうながされ、渋々ルイくんのところへと向かった。

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