第17話 不穏な客人

「やあ、クロエ! メイド服も素敵だね」


 翌日、私がランベール家に出勤すると、満面の笑みで出迎えたのはアドリアンだった。


「……何でいるんですか?」


 私が尋ねると、アドリアンは喉を鳴らして笑った。


「ククク……実は僕、今日からこのランベール家にお世話になっているのさ。シモンには王都の事業の件で色々とお世話になった仲でね」


 どうやらアドリアンは、ルイくんのお兄さんであるシモン様と、王都で仲良くなったらしい。


 確かに年は同じくらいだけど、シモン様ってどちらかと言うと穏やかそうなタイプに見える。


 派手好きで傲慢不遜なアドリアンと仲良くなるなんて何だか意外。


 まあ、シモン様とはほとんど話したことがないから、メガネをかけていて背が高くて、いつもニコニコと優しそうで、ってことしか分からないんだけどね。


「それで、何か用?」


 私が素っ気なく言うと、アドリアンは腕組みをして私を見下ろした。


「クロエ、君のような有能な人材が、こんな田舎でメイドだなんて、宝の持ち腐れだと思わないか?」


「別に、私はここでの暮らしが気に入っているわ」


 私が横を向くと、アドリアンは私に右手を差し出した。


「クロエ、僕と結婚して、一緒に王都に帰ろう」


 は?


 結婚って……本気?

 何でアドリアンと?


 頭の中が真っ白になる。


 だけど混乱しつつも、私の答えは既に決まっていた。


「嫌よ。私は母の近くに住むって決めたし、ここでお金を貯めて、将来この村に私の魔法工房を開くって決めたんだから」


 私の答えを聞き、アドリアンは不満そうに眉を上げた。


「自分の工房を持ちたいのは分かるが、何もこんな田舎じゃなくてもいいだろ。お母さんのことなら僕が説得するからさ」


「嫌よ。大体、なんであなたと」


「君なら僕に釣り合うからさ!」


 両手を広げ、堂々と言ってのけるアドリアン。


「はあ?」


 どういうこと? 訳が分からないんだけど。


 困惑する私に、アドリアンは熱弁した。


「僕のように、頭も良くて魔力も強く、かつ外見の良い年頃の女の子ってそうそういないんだよね。その点、君になら、安心して僕の遺伝子を引き継ぐ最高のベイビーを産んでもらえるよ!」


「はあ?」


 訳が分からない。


 要するに、能力の高い子供が欲しいから、私と結婚したいってこと?


「そんなの、お断りよ」


 私はきっぱりと断ったのだけれど、アドリアンは引き下がらない。


「なぜだ? 僕は伴侶としては最高だぞ。顔も良く、賢者で、金もある」


「なぜって……」


 そういう謎に自信満々な所よ。

 そう言おうとした時、アドリアンは急に思い立ったようにこう言い出した。


「他に恋人でもいるのか? まさか、昨日のお坊ちゃんか?」


 昨日の坊ちゃんって、ルイくんのこと?


「そ、そうよ」


 私はとっさに口走った。


「私はルイくんと付き合ってるの。だからあなたの付け入る隙はないわ」


「ふーん?」


 私が断ったにも関わらず、アドリアンは、不敵な笑みを浮かべたままだ。


「まあいい。ここにいる間、君には色々とお世話してもらうよ」


「どうかしら。私はシャルロット様のお付きだから、お客様とはほとんど関わらないと思うわ」


 私が返すと、アドリアンはフフンと鼻を鳴らした。


「それはどうかな」


 それってどういう意味?


 私が疑問に思っていると、ルイくんとシモン様が廊下の向こうからやってきた。


「やあ、アドリアン。うちのメイドがどうかしたかい?」


 にこやかに手を挙げるシモン様と、不機嫌な顔をしたルイくん。


 アドリアンは、ルイくんの顔をチラリと見ると、口の端を上げた。


「いや、今度食事でもと誘ったんだが、どうやら嫌われたようだ」


 よくもまあ、そんな嘘を。


「おいおい、お前、可愛い子を見るとすぐこれだ」


 シモン様が呆れたように笑う。

 ルイくんは無言で少し眉をしかめた。


 アドリアンは私から離れると、不遜な笑みを浮かべながらつぶやいた。


「ふっ、でもまあ、ここは田舎で退屈な村だと思っていたが、少しは楽しめそうだ」


 捨て台詞を吐き、去っていくアドリアン。


「あ、待ってよ、アドリアン!」


 シモン様がアドリアンの後を追いかける。


 私は二人の後ろ姿を無言で見送った。


 全くもう。何なのよ、あいつ!

 突然この村に来たと思ったら、結婚して王都に戻ろうだなんて。

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