第16話 炎の賢者・アドリアン

 日暮れが近づくまで移動遊園地を楽しんだ私たちは、帰路に着くことにした。


「今日はありがとう、ルイくん。私、あまりこういう所に来たこと無かったから楽しかった」


 私が頭を下げると、ルイくんは少し照れたように微笑んだ。


「いやいや、俺のほうこそありがとう。来てくれてよかった」


 夕焼けに照らされて、ルイくんの整った頬がオレンジ色に輝く。

 サラサラの黒髪がほんのり茶色に透けて、まるでこの世のものじゃないみたいに綺麗。


 道行く女の人たちが噂するのも分かるな。


「正直、都会帰りって聞いてたし、こんな田舎の移動遊園地じゃ物足りないかもしれないって思ってたから、楽しんでくれたなら何より」


「いえ、そんな。私、王都に住んでたとは言っても、仕事以外はずっと家にこもりきりで、こういうのは初めて」


 そう、私が王都にいた頃は、毎日、魔法の研究のために工房に籠りきりの生活。


 賢者となり、暗黒龍を倒すメンバーに選ばれてからは、暗い地下のダンジョンに駆り出されて……。


 華やかなお洋服でお買い物を楽しんだり、歌劇を見たり遊園地にいったり、恋をしたり――そんな、王都に暮らす普通の女の子みたいな暮らしはできなかったから。


「そうなの?」


「うん。だから楽しかった」


「そっか、良かった」


 と、ここで、ルイくんが急に立ち止まった。


「……クロエ」


 何か言いたげに立ち止まるルイくん。

 物憂げな瞳が揺らめく。


「はい」


 私が首を傾げると、ルイくんは意を決したように口を開いた。

 

「クロエ、俺――」


 だけどその声は、後ろからやってきた男の声でかき消された。


「クロエ? クロエじゃないか。久しぶりだな!」


 へっ?


 振り返ると、そこに居たのは金髪を後ろに撫で付けた、赤い瞳に真っ赤なコートの若い男。


 一度見たら忘れられない、ド派手なこの男は……。


「アドリアン」


 私は低い声でつぶやいた。


「やあ、クロエじゃないか。こんな所で会うだなんて奇遇だね」


 ニヤリと妖しげに笑うアドリアン。


「クロエの知り合いかい?」


 ルイくんが不思議そうな顔をする。


「ええ。王都でちょっとね」


 私は言葉を濁した。


 アドリアンは、私と同じ七人の賢者のうちの一人。


 五大属性全てに優れているものだけが選ばれる最強の魔法使い、賢者。


 その中でもアドリアンは特に炎魔法に秀でており、その苛烈な性格や派手な服装も相まって「炎の賢者」と呼ばれているの。


 暗黒龍を攻略した後は、王宮に務めているって聞いていたけれど……どうしてアドリアンがここに居るの?


 私が困惑していると、アドリアンは、くくく、と声を出して笑った。


「『ちょっと』だって? そりゃ無いだろう。同じ賢者同士じゃないか」


 アドリアンの言葉を聞き、ルイくんが困惑の表情を浮かべる。


「暗黒龍? 賢者?」


 何を言っているのかよく分からない、といったルイくんの顔を見て、アドリアンがせせら笑う。


「なんだクロエ、こいつに何も教えていないのか?」


「ルイくん、こんなやつ放っておいて、行きましょ」


 私がアドリアンを無視してルイくんの腕を引っ張ると、アドリアンは嘲笑うかのように言った。


「知らないなら教えてやるよ、お坊ちゃん。こいつの名前はクロエ・モンタニエ。別名『万能賢者』と呼ばれる、暗黒龍を倒した七賢者のうちの一人だ」


「七賢者? クロエが?」


 困惑するルイくんに、アドリアンは続けた。


「そうさ。君のような田舎貴族とは釣り合わないほど優れた女性だ。彼女のためを思うんなら、とっとと身を引くんだな」


 そう言うと、アドリアンは馬鹿にしたような笑みを浮かべ、私たちの前から去っていった。


「クロエ……本当なの?」


 ルイくんが私を見つめる。

 私は低い声でうなずいた。


「ええ」


 私が答えると、ルイくんは少しの沈黙のあと、そっと吐き出すように尋ねた。


「どうして何も教えてくれなかったの?」


「それは……おかしいでしょ。賢者がメイドだなんて。それにこの辺では、魔法が使えたりすると生意気だと思われるし」


「そっか。でも、俺には本当のことを教えて欲しかったな。友達になると言っていたのに、あれは嘘なの?」


 ルイくんの問いに、私は下を向いた。


 ルイくんに本当のことを話さなかったのは、単に話すタイミングが無かったというのもある。


 だけどよくよく考えると――私は怖かったのかもしれない。


 自分が賢者だと話すと、大概の人には恐れ多いと距離を置かれてしまう。


 ルイくんにはそうなってほしくなかった。


 友達として、普通の女の子として接してほしかったのだと思う。


「ごめんなさい」


 私が謝ると、ルイくんは深いため息をついた。


「いいよ。クロエは俺の事、そんなに信用してないんだなって思っただけ」


「そんなこと――」


 私が言い訳しようとすると、ルイくんは首を横に振った。


「いいよ、気にしなくて。それじゃ今日はありがとう。楽しかったよ」


 笑顔を作り、手を振るルイくん。


「……うん。また明日」


 私も手を振って別れた。


 去っていくルイくんの後ろ姿を見つめる。


 遠くの山に山鳥が飛んでいって、なぜだかすごく物悲しい気分になった。


 おかしいな。


 どうしてこんなに胸が痛むのだろう。

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