第13話 奥様からの呼び出し

「ええっ、そんな事があったの!?」


 控え室に戻り、アリスに旦那様との出来事を話すと、アリスは心底ビックリしたという顔をした。


「そうなのよ。ルイ……様が来てくださったので助かりました」


 まさか自分で旦那様を投げ飛ばしたとも言えないので、そんなふうにアリスには説明する。


「それは良かったわね。でも、それにしてもリザさんは酷すぎない?」


「まだリザさんと決まったわけじゃないわ」


「そうかしら? リザさんしかいないじゃない。だってエマまで同じ手で辞めさせられているのよ」


「私もそうじゃないかと思うんだけど、でも証拠が無いわ」


 私たちがそんな話をしていると、急に控え室がノックされる。


 コンコンコン。


「――はい?」


 恐る恐る返事をする。


「ちょっといいかしら? クロエはいる?」


 ドアが開き、入ってきたのはメイド長だった。


「はい、何でしょうか」


 慌てて立ち上がると、メイド長は神妙な顔をして手招きをした。


「着いていらっしゃい。奥様が呼んでいるわ」


「はい」


 嫌な予感がしつつも、メイド長の後をついていく。


 コンコンコン。


 メイド長が応接室をノックする。


「奥様、クロエを連れてまいりました」


 メイド長の声に、奥様が答える。


「入って」


 部屋に入ると、そこには奥様と旦那様、それになぜかリザさんがいた。


「失礼します」


 唾を飲み込んで部屋に入る。


「それで、ご要件は何でしょうか?」


 私が言うと、リザさんが叫んだ。


「『何でしょうか』じゃないわよ、厚かましい!」


 興奮するリザさんの横で、奥様は冷静な口調で言った。


「リザが、あなたと夫が二人で空き部屋に入っていくのを見たと言っているのですが、本当ですか?」


 そういう事か。


 私は笑顔を作って答えた。


「いえ、それは誤解です。私と旦那様はシャルロット様の教育について話していただけです。それに……」


 と、ここで、静かにドアが開いてルイくんが入ってくる。


「それに、あの場には俺も一緒にいましたし」


 ルイくんの言葉に、リザさんの顔色が変わる。


「そ、そうだ。ルイも一緒だった! 二人っきりじゃないぞ」


 旦那様が必死でうなずく。


「ルイが?」


 奥様がチラリとリザさんの顔を見る。

 リザさんは顔を真っ赤にして叫んだ。


「そんなの、ルイ様が旦那様をかばうために嘘をついているに決まってます!」


 リザさんの言葉に、奥様はうなずく。


「そうね、私も夫を信じたいけど、この人には前科があるし」


「そんな」


 ガクッとうなだれる旦那様。


 リザさんは、勝ち誇ったように笑い、胸元から一枚の紙を出した。


「それに私、旦那様の部屋を掃除していてこんなものを見つけたんです!」


 あっ。あれは――旦那様の部屋に投げ込まれた偽の手紙!


 奥様はリザさんから手紙を受け取ると、声に出して読み始めた。


「『旦那様を初めて見た時から、胸のときめきが止まりません』?……これはどういうこと、クロエ」


「奥様、それは偽物です。誰かが私のフリをして書いたのです」


 慌てて釈明をしたのだけれど、リザさんは勝ち誇ったような顔で続けた。


「クロエ、観念なさい。いくら言い訳しようと、こっちにはれっきとした証拠があるのよ!」


「それはどうかな」


 興奮した様子で語るリザさんの言葉を、ルイくんが遮る。


「これは、父さんの部屋から見つけたものなんだけど」


 ルイくんの差し出した紙を見ると、


『旦那様のことをずっと前からお慕いしておりました エマ』


 と書かれている。


「これは、前に父さんと関係を持ったとして辞めさせられたメイドのエマの手紙だと思うんだけど、よく見て。筆跡が今回のクロエの手紙とそっくりだ」


「つまり、この二つの手紙は同一人物が書いたってこと?」


 奥様がじっと二つの手紙を見比べる。


「そ、そんなのデタラメよ!」


 リザさんが取り乱す。


「これはきっと、クロエが後から書いて旦那様の部屋にあった手紙とすり替えたに違いないわ。自分の疑いを晴らすためにね!」


「いいや、それはクロエの筆跡じゃないよ」


 そう言って入ってきたのは、厨房のおばちゃんとアリスだ。


「あなたたち、どうして」


 訳が分からない、という顔をするリザさん。


 厨房のおばちゃんは、エプロンから二枚の手紙を取り出した。


「クロエの筆跡はこれだよ。全然違うだろ。そしてリザ、あんたの筆跡がこれだ」


 食堂のおばちゃんが見せたのは二通の手紙。


 一つは、


『余ったスコーンを下さりありがとうございました。後でお礼に皿洗いでもさせて下さい。クロエ』


 という手紙。

 もう一つは、


『ベルナール卿のデザートとシャルロット様のおやつを作って下さい。一つはレモンケーキで。リザ』


 という手紙だった。


「旦那様を呼び出す二通の手紙、これはどちらもリザの筆跡そっくりじゃないか」


 おばちゃんの言葉に、リザさんは顔面蒼白になった。

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