第12話 ピンチ!

 私とアリスは、着替えを終えると、従業員入口から外に出た。


「今日はお疲れ様」


「アリスは家から通ってるの?」


「ううん、使用人の寮だよ。お屋敷の敷地内にあるの。もし良かったら、クロエも来る?」


「えっ、いいの? でも、行きたいけどお母さんが待ってるしなぁ」


 私たちが、玄関でそんな話をしていると、馬車を降り、門から入ってくる二人の男の子が見えた。


 一人はルイくん。もう一人は、ルイくんよりも少し背の高い、黒髪にメガネの男の子。


「ねぇ、ルイ……様の隣にいるのは誰?」


 私はこっそりとアリスに聞いてみる。


「ああ、あれはルイ様のお兄様のシモン様よ。ここ数週間、王都にお仕事の都合で出張なさってたから、クロエは会ったこと無かったかもね」


「うん、今日初めて見た」


 そっか、お兄さんなんだ。確かによく見たら似てるかも。


「ご兄弟そろってとても素敵よね」


 そう言ってポッと頬を赤くし、頭を下げるアリス。


 私も慌てて頭を下げた。


 ルイくんは、ニコリと笑って手を振ってくれたけど、さすがにお兄様の前では少し緊張した様子で、私に話しかけては来なかった。


「はあ、シモン様、相変わらず素敵だわ」


 ご兄弟が通り過ぎた後で、アリスはうっとりとした顔で胸に手を当てた。


「もしかして、アリスはシモン様が好きなの?」


 私が尋ねると、アリス様はリンゴのように赤いほっぺをさらに赤くした。


「そんな、好きだなんておこがましい。私はただ、日々シモン様の美しいお顔を見て癒されてるだけ。本気で結ばれようだとか、そんなことは考えてはいないわ」


「そうなんだ」


 アリスは結構可愛いし、可能性ありそうなのにな。


 と、ここで私はある可能性を考えた。


 ひょっとして、リザさんはルイくんのことが好きなのかもしれない。


 それでルイくんと仲良くしてる私が許せないとか。


 逆に、アリスはシモン様派だから嫌がらせされない……とか?


 ううん、まさかね。


 いい歳した大人がそんな理由で嫌がらせなんてする訳ないわよね。


 私は浮かんだその考えを、首を振って打ち消した。


◇◆◇


「あれからリザさんはどう? まだ嫌がらせされてる?」


 控え室でアリスが聞いてくる。


「ううん、特には」


 私は首を横に振って答えた。


 ベルナール卿の件から数日経った。


 意外なことに、あれからリザさんからは目立った嫌がらせはされていない。


「へえ、良かったじゃない。もしかして、とうとうメイド長に注意されたとか?」


「分からない。ただ単に、あの日は機嫌が悪かったのかも」


 私は答えた。


 ひょっとしたら、自分のしようとした事の重大さに気づいて改心した……とか?


 まさかね。そんなタイプには見えない。


 それに、何だか悪い予感がする。

 嫌なことに、こういう悪い予感っていうのは、大概の場合当たるのだ。



「君、クロエといったかね。今、時間あるかい?」


 私がシャルロット様の部屋の掃除を終えて出てくると、旦那様に声をかけられる。


「はい、時間はありますが」


 私が答えると、旦那様は普段は空き部屋になっているお客様の泊まるゲストルームを指さした。


「それじゃ、ちょっと来てくれないか。話したいことがあるんだ」


 旦那様が私に声をかけてくるなんて珍しいな。


 疑問に思いつつも、私はうなずいた。


「……はい」


 ひょっとして、シャルロット様についての相談だろうか。


 もしかして、今後の進路について悩んでいるのかもしれない。


 そう思い、二人で空き部屋に入った。


「あの、旦那様、話したいことって――」


 私がそう切り出すと、旦那様は静かにドアを閉め、私に抱きつこうとした。


「ふふ、やっと二人きりになれたね」


「――きゃああっ!」


 ゾワゾワと背中に悪寒が走り、大声を出す。


 と同時に、反射的に体が動き、私は旦那様を床に投げ飛ばしてしまった。


「痛たたたたた!」


 無様な姿で床を転げ回る旦那様。


 あら、しまった。戦場にいた時の癖でつい。


 まあ、手加減はしたけど。


「どうしたんだ、クロエ!」


 私の声を聞きつけたのか、ルイくんが血相を変えて部屋に飛び込んでくる。


「ルイくん!」


 どうしよう。ルイくんにさっきのことを言うべきかしら。


 だけど、自分の父親がメイドに抱きつこうとしただなんて知ったらショックを受けるかもしれない。


 戸惑っていると、ルイくんは旦那様に詰め寄った。


「どういうことだよ。あんた、またメイドに手を出そうとしたのか!?」


 えっ、また!?


 またってことは、前にもあったの?


 私が旦那様を凝視していると、旦那様は腰をさすりながら立ち上がった。


「ち、違うんだ、ルイ」


「何が違うっていうんだよ。メイドを襲おうとしておいて」


「違う!」


 旦那様は叫ぶと、胸元から何か手紙のようなものを取り出した。


「この子から私を誘ってきたんだ。本当だよ。ほら、これを見ろ」


 私とルイくんは二人で手紙をのぞきこんだ。


 『旦那様を初めて見た時から、胸のときめきが止まりません。奥様がいらっしゃるのは分かっていますが、この気持ちを抑えることはできません。旦那様、どうか私めの純潔を貰ってください。 クロエ』


 な、何これ。


 当たり前だけど、こんな手紙書いた覚えがない。


「私、こんなもの書いてません」


 私がキッパリと否定すると、ルイくんは旦那様を睨んだ。


「だそうだけど?」


 旦那様は慌てふためく。


「でも、確かに受け取ったんだ! 部屋で休んでたら、この手紙がドアの隙間から滑り込んできて」


「じゃあ、誰かがクロエを陥れるためにこの手紙を書いたってことか?


 ルイくんが信じられない、という顔をする。


「一体誰が……」


 だけど私はその時、頭の中に一人の顔が浮かんだ。


 もしかしてリザさん?


 でも証拠が何も無い。

 ルイくんはさらに旦那様を問いつめる。


「それに、メイドからこんな手紙を貰ったからって、ホイホイ釣られるなよ。無視すればいいだろ」


「それは仕方ないじゃないか。こんなに若くて綺麗なお嬢さんからアプローチされて、断る方が失礼だよ」


「だからって、母さんがいるのにさ。前にもメイドに手を出して痛い目にあっただろ?」


 言い合いをする二人に、私はそろそろと手を挙げて質問をした。


「あの、このようなことが前にもあったのですか?」


「ああ。クロエが入る前にいた、エマってメイドだよ」


 ルイくんの言葉に、旦那様は慌てて弁解をする。


「だから、それも彼女のほうから誘ってきたんだって!」


「同じように手紙でですか?」


 私の問いに、旦那様はうなずく。


「ああ、その通りだ」


 それってもしかして、前にいたメイドのエマさんも、同じような手口で辞めさせられたってこと?

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