第11話 レモンケーキの罠
少しして、旦那様とベルナール卿が裏庭にやってくる。
旦那様は黒髪をオールバックにして鼻の下に髭を蓄えた素敵な男性。
目元が優しくて甘いお顔をなさってるから、若い頃はさぞかし女性に人気だったんじゃないかしら。
対してベルナール卿は、若い頃何かスポーツでもなさっていたのかというほどのガッチリとした体型に、よく日に焼けた肌、太い眉が特徴の中年男性。
二人は親しげに話をしながらこちらへやってきた。
「お待ちしておりました、旦那様、ベルナール卿」
私は笑顔を作り、うやうやしく頭を下げた。
「おや、新しいメイドかね? こんなに可愛らしいお嬢さんがいたとは気づかなかった」
旦那様が私の髪に口付けをしようとしたのを、私は自然な動作で避けると、庭に手をやった。
「それより、どうかこの庭をご覧ください」
「……おおっ、これは!」
ベルナール卿が興奮気味な顔で駆けてくる。
視線の先には、見事なまでに育った薬草があった。
「これは素晴らしい! ここの土地が薬草の生育に適していると言っていたランベール卿の言葉は正しかったのだね」
青々とした薬草を積み、ご満悦のベルナール卿。
「だから言った通りだろう。まあ、私もここまでとは思っていなかったが……使用人たちが手をかけてくれた結果だろうね」
「それにしても素晴らしいよ。初めはもっと王都に近い土地をと考えていたが、これを見て考えを変えたよ。僕の今度手がけるポーションの原料はここの薬草にしよう。約束通り、君の土地を貸してもらうよ」
「ありがとうございます。事業が上手くいくと良いですな」
「ええ」
固い握手を交わす旦那様とベルナール卿。
私がその光景をホッとしながら見つめていると、リザさんが慌てた様子で走ってきた。
「だ、旦那様、申し訳ありません! 私はこの畑には手をつけるなと言ったのですが、この子が――」
「おお、リザ」
旦那様が上機嫌で振り返る。
「見るといい。この子が綺麗に手入れをしてくれたお陰で、薬草もこの通りだ。君が指示したのかね?」
「……へっ!?」
リザさんは目を大きく見開くと、旦那様の笑顔と薬草の生えた庭とを見比べた。
「も、もちろんですわ!」
状況を理解したリザさんは、引きつった顔でこう言った。
「私がこの新入りに教えたのです。薬草が上手く育つように他の草を抜いて置くようにと!」
「……そ、そうですね」
私はかわいた笑みを浮かべた。
よく言うわよ。
草を全部抜くようにと言っていたのにさ。
あれ全部抜いてたら、大変なことになってたよ。
「……それでは、中に入ってお茶でもしようか。リザ、クロエ、準備を頼むよ」
「はい」
旦那様に言われ、私とリザさんはお屋敷の中へと戻る。
「薬草のこと、知ってたの?」
途中、リザさんが私に恐る恐る聞いてきた。
私はにっこり笑ってこう答えた。
「田舎育ちですので、野の草花には詳しいんです。あの薬草も、近所のお婆さんが育てていたので、何となく知っていました」
「そう。抜かなくてよかったわ」
白々しく言うリザさん。
全く、よく言うよ。
「それじゃ、私は紅茶を用意するから、クロエはベルナール卿にお出しするお菓子の用意をお願い。冷蔵庫の中にレモンケーキがあるはずだから」
「はい、分かりました」
私は急いで厨房へと向かった。
「冷蔵庫……冷蔵庫……あった、これね」
厨房の一番奥に、銀色の箱のようなものが置かれている。
王都では、氷魔法で冷やす冷蔵庫も出回っているが、ここで使われているのは天然氷を使った冷蔵庫のようだ。
それでも、一般家庭には手が届かない高価なものには違いないのだけれど。
「レモンケーキ、レモンケーキ……あったわ」
冷蔵庫の中には、レモンケーキが二個と苺のムースが二つ入っている。
私がレモンケーキを手に取り、持っていこうとしたその時、冷蔵庫に貼ってあった一枚のメモが目に入ってきた。
「これは……」
恐らく料理長のメモだろうか。
「ベルナール卿にはレモンは厳禁」と書かれてある。
……これは。
そこへアリスがやってくる。
「あらクロエ。そこに、シャルロット様とリリーローズ様にお出しするスイーツ、あるかしら?」
「ああ、それならレモンケーキがあるわ」
私はアリスにレモンケーキを渡し、苺のムースを手に取った。
……危ない、危ない。
恐らく、リザは私にはこの字は読めないと思ったのね。
料理長のメモがなければ、危うく騙されてしまう所だった。
私は「冷蔵庫にこれしかありませんでした」と言い訳して旦那様とベルナール卿に苺ムースをお出しした。
「んー、美味しい。私は苺が大好物でね」
と言いながら、ベルナール卿が至福の表情で苺ムースを頬張る。
良かった。これで正解だったみたい。
ホッと胸をなでおろし、チラリと横を見る。
リザさんが眉間に皺を寄せ爪を噛み締めていた。
◇◆◇
「お疲れ様!」
仕事が終わり、待機室に戻る。
待機室では、ちょうどアリスが一人で着替えているところだった。
「今日も大変だったね」
アリスがニコリと笑う。
私は、部屋に他に誰もいないのを確認してアリスにリザさんのことを相談してみた。
「実は、こんな事があってね……」
「ええっ、それは酷いね」
話を聞いたアリスが、信じられないという顔をする。
「でしょ? 何であんなことするのかな。私、リザさんに嫌われてる?」
恐る恐る尋ねると、アリスは慌てて首を横に振った。
「そんな! クロエが特別、嫌われてる訳じゃないわよ。前の子も同じようにされてたわ」
「そうだったんだ」
もしかして、前の子もリザさんのせいですぐにやめてしまったのかな。
「あっ、もしかしてリザさん、クロエが美人だから妬んでるんじゃない?」
「えっ、まさかぁ!」
「いえ、きっとそうよ。前の子も金髪で美人だったし、クロエも美人だもの。それでリザさんは妬んでいるんだわ」
「違うと思うけどなあ」
だってそれを言うならアリスだって可愛いし、アリスは嫌がらせを受けていない理由が分からない。
と、ここで、アリスは少し声を潜めた。
「……でもここだけの話、リザさんってメイド長の姪っ子らしいよ」
「えっ、そうなの?」
あのメイド長の?
「ええ。だから、どんなに評判が良くなくても、クビにはできないらしいわ」
「そうなんだ……」
まさか、そんな裏事情があっただなんて。
っていうか、やっぱりリザさんって評判悪かったんだ。
そうだよね、あの態度だもんね……。
でもその話が本当なら、メイド長に相談しても無理そう。
どうやったら嫌がらせが無くなるのかな。
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