第7話

それから数日後、セイコは意を決して接着剤を学校に持ってきていた。



「どうしたのセイコ、なんか今日様子が変じゃない?」



いよいよ今日結構すると決めたら緊張してしまい、それが顔にも出ていたようだ。



心配してくれるハルナへ向けてぎこちなく微笑む。



「大丈夫だよ」



「本当に? それならいいけど」



カナも心配そうな顔を向けている。



セイコはそんな2人にトイレに行ってくると告げて1人で教室を出た。



普段はみんなで一緒に行くけれど「お腹の調子が悪いから」と、嘘を付いた。



トイレの個室に入ってスカートのポケットから接着剤を取り出し、それを手に付ける。



もう慣れてきた手触りと香りにホッと胸が撫で下ろされるのがわかった。



これさえあれば私はいつでも前を向いていることができる。



悪口ノートなんかじゃ叶わない願いだって叶えることができる。



「よし、大丈夫」



手に塗った接着剤はセイコに勇気をもたらしてくれる。



トイレから出ると同じタイミングで隣の男子トイレからユウキが出てきたところだった。



ユウキの顔を見た瞬間心臓がドクンッと大きく跳ねる。



しかしユウキはセイコに見向きもせずに教室へと足を進めた。



セイコは慌ててそれについていく。



ユウキの真後ろまでやってきたとき、わざと「きゃ!」と悲鳴を上げてコケてみせた。



前を歩いていたユウキが驚いて足を止める。



「大丈夫?」



ふり向いて手を差し伸べてくるユウキ。



優しいユウキなら、絶対にほっておかないと思っていたんだ。



「ありがとう」



か弱く言って、ユウキの手に自分の手をのばす。



当然、接着剤を塗っている方の手だ。



ユウキの手と自分の手が重なった瞬間、接着剤がすーっと体内に入り込んでくる。



その感覚にニヤリと口角を上げて微笑むセイコ。



ユウキはそれに気が付かないまま、セイコを助け起こした。



「これでもう大丈夫だろ?」



「うん。本当にありがとう」



セイコの言葉にユウキは軽く頷いて、A組へと戻っていったのだった。


☆☆☆


接着剤の効果が現れるまでは個人差がある。



ハルナとカナの2人に試してみてから、そのことはもうわかっていた。



だけど確実に結果は出る。



このことも、もうわかっていた。



「ユウキ、美味しいチョコレートがあるんだけど食べる?」



昼休憩中、トオコが小さなショコレートの箱を持ってユウキの席へと向かう。



遠くから見ただけでもその箱が高級ショコレートの有名店のものだとわかった。



しかしユウキは気のない視線をトオコへ向けて「俺、あんまり甘いもの好きじゃないから」と言った。



「え? でも、この前はパフェを食べに行ったじゃん」



「あぁあれ? あれは無理して食べてたんだよ。お前が行きたいって言うから」



ユウキの声色は迷惑がっているように聞こえてきた。



セイコはハルナやカナに声をかけられても、2人の行く末が気になって全然話しが耳に入ってこなかった。



「そんな……」



トオコはチョコレートの箱を持ったまま立ち尽くしてしまう。



ユウキはそんなトオコの横を通り過ぎて教室を出ていってしまった。



一瞬追いかけようとしたトオコだったが、途中で机の椅子に足をひっかけて転んでしまった。



手に持っていた箱から小さくて可愛いチョコレートが転げ出る。



「あ~あ可哀想」



カナがそう言い、ハルナが声を上げて笑う。



それに釣られるようにして教室内に笑い声が広がっていく。



トオコは唇を引き結んで、落ちたチョコレートを拾ったのだった。


☆☆☆


トオコへの態度がそっけなくなった頃、セイコとユウキはしょっちゅう視線がぶつかるようになった。



セイコがプリントを回すために振り向くと、一番後ろの席のユウキがこちらを見ているのだ。



最初は勘違いかもしれないと思っていたけれど、それが何度も続いて、しかも軽く手を振られるようになると、もう勘違いじゃなかった。



セイコは振り返るたびに心臓がドキドキして、顔がポッと赤くなった。



「最近ユウキくんといい雰囲気だね?」



昼休憩中、ハルナにそんなことを言われたので思わず咳き込んでしまった。



顔が熱くなって、真っ赤になっていくのがわかる。



「なに言ってるの? そんなことないし」



「またまた嘘ばっかり。顔真っ赤だよ?」



そう言ってセイコの頬をつついてきたのはカナだ。



最近ではいつもこの3人で昼ごはんを食べている。



さすがに3人で1つの机で食べることはできないから、ハルナとカナがわざわざ机をここまで持ってくるのだ。



「2人ならお似合いだと思うよ?」



カナに言われてセイコは首を振った。



「でも無理だよ、だってユウキはトオコと付き合ってるんだから」



未だに2人が別れたとは聞かない。



「そうかな? 最近は2人で会話しているところを見たことがないよね? 本当に付き合ってるのかな?」



ハルナは首を傾げている。



確かに、今まで2人はべったりで昼も一緒に食べていた。



だけど今はバラバラだ。



もしかしたら、もう別れているのかもしれない。



そう思うと期待が胸に膨らんでいる。



自分でもユウキと付き合えずチャンスがあるかもしれない。



「気になるなら、直接本人に聞いてみたらどう?」



カナからの提案にブンブンと左右に首を振る。



そんなことできるわけがない。



「じゃあ、私がトオコに聞いてくるよ!」



カナはそう言うと静止するのも無視してトオコの席へと走っていってしまった。



「カナって言い出すと聞かないところがあるから」



ハルナは肩をすくめている。



カナはしばらくトオコと話をした後、すぐに戻ってきた。



「どうだった?」



聞くと「まだ別れてはないみたい」と言われて、ガックリと肩を落とす。



最近よくユウキと視線が会うし、そろそろ接着剤の効果が出てくる頃だと思っていたのに、まだ別れていないみたいだ。



もしかしたら、あの接着剤には恋人になるほどの力はないのかもしれない。



「だけど、多分時間の問題だと思うよ」



続けてカナに言われてセイコは「どういうこと?」と聞き返した。



「ユウキくんとはもう全然連絡取ってないんだって。もしかしたら自然消滅するかもって言ってた」



その言葉にセイコはトオコを見た。



トオコはするどい視線をこちらへ向けている。



私達がどんな話をしているのか、わかっているみたいだ。

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