第8話

「それじゃチャンスじゃん! セイコ、告白してみなよ!」



ハルナがセイコの背中をバンバン叩いて応援する。



「でも、告白なんて……」



そんなの人生で1度もしたことがない。



ユウキのことはもちろん好きだけれど、告白するほどの勇気はもっていなかった。



「セイコならきっと大丈夫だよ、だって可愛いもん」



カナからの言葉にセイコは目を見開いた。



人から可愛いと言われたことは初めてだった。



もちろん、親や親戚、近所の大人たちから言われたことはあるけれど、同年代の子から言われたことはない。



「可愛い、かな……?」



「うん。化粧してないのに唇もツヤツヤだし、実は前から羨ましいなぁと思ってたの!」



カナが嬉しそうに言う。



私のことが羨ましい?



そんな風に思われていただなんて知らなかった。



地味で目立たない、友達もいない自分のことなんて、誰も羨ましいだなんて思ったりしないと思っていた。



「……頑張ってみようかな」



カナたちからの励ましに少しだけ勇気が出て呟く。



「頑張れセイコ! 応援するよ」



ハルナの言葉に、セイコは頷いたのだった。


☆☆☆


生まれて初めて好きな人に告白をする。



接着剤でセイコとユウキの心はくっついているものの、その緊張は想像以上のものだった。



告白すると決めてからずっと心臓は早鐘を打っていて、その音がみんなにきこえてしまうんじゃないかと不安になるくらいだった。



落ち着け、大丈夫だから!



どうにか自分にそう言い聞かせて、告白に決めた放課後がくるのを待った。



「セイコ、あまり考えすぎちゃダメ。告白には勢いも大切なんだから」



「あとこれ、いい匂いの香水をつけてあげる」



放課後が来るまでにカナとハルナの2人はセイコのために色々なことをしてくれた。



香水に、緊張がほぐれつツボ、勇気がでるおまじないとか。



そのすべてを試し終えてたとき、放課後が来ていた。



担任の先生から注意事項や宿題について説明を聞いた後、学校の終わりを告げるチャイムがなり始める。



そのチャイムの音を聞いた瞬間、また心臓が大きく飛び跳ねた。



ついにこの時間がきてしまった。



ぎこちなく教室内を見回してみると、ユウキはゆっくりとカバンに教科書を詰めていた。



他のクラスメートたちはいち早く教室を出て帰宅したり、部活動へ向かったりしている。



セイコはユウキの様子を見ながら同じようにゆっくりと帰る準備を進めた。



その間にカナとハルナがカバンを持って教室を出て行く。



こちらへ視線を向けて口パクで「がんばれ」と言われたことがわかった。



セイコは大きく頷く。



ここまで来たんだ。



後は野となれ山となれ!



勢いよく立ち上がると、教室を出ていくところだったトオコと視線が合わさった。



トオコはセイコを睨みつけ、なにか言いたそうにしている。



しかし、トオコはなにも言わずそのまま教室を出ていってしまった。



「なによ」



ひとりぼっちのトオコに睨まれたことで思わずボヤく。



今は私の方が人気者なのに、生意気。



そう思ったとき、後から声をかけられた。



「セイコ、今日一緒に帰らないか?」



「え」



突然のユウキからの誘いに一瞬頭の中は真っ白になってしまった。



「も、もちろんだよ」



慌てて頷くと、ユウキは嬉しそうに微笑んだ。



それから2人で学校を出て、ユウキに誘われて近くの公園へ向かった。



小さな公園には遊具がないため子供たちの姿もない。



フェンスで囲まれているものの、公園というよりもただの空き地といった感じだ。



フェンスの近くには木製のベンチがあって、ユウキと一緒にそこに座った。



ベンチに置いた手と手が今にも触れ合ってしまいそうな距離にある。



ユウキに助け起こされた時に手は繋いでいるけれど、あのときとは全く違う緊張感があった。



なにか話した方がいいと思いながら、なかなか口を開くことができない。



空を見上げてみると白い雲がゆったりと流れていく。



「急にこんな風にふたりきりになると、やっぱり何を話していいかわからないな」



ユウキが照れたように言い、頭をかく。



その頬はほんのりとピンク色に染まっていた。



そんなユウキを見ていたらセイコまで照れてきて、ついうつむいてしまった。



「今日は、なにか私に用事があったの?」



うつむいたまま質問すると、隣でユウキが頷いたのがわかった。



「実は俺、もう1度サッカーを初めてみようかと思うんだ」



「え、本当に!?」



予想外の言葉にセイコは驚いて顔を上げる。



ユウキははにかんだ笑みを浮かべた。



「あぁ。ちょっと前セイコにサッカーのこと聞かれて、なんだかもう1度やりたくなったんだ。それがなかったら、またサッカーをやろうなんて思わなかった」



「そうなんだ」



嬉しさが胸に広がっていく。



自分の一言がユウキが変わるキッカケになったのが嬉しい。



「そうなったらさ、試合とか見に来てくれないか?」



「もちろんだよ!」



そんなの行くにきまっている。



セイコがユウキに恋をしたのは、サッカーをしている姿を見たのがキッケカだったんだから。



「よかった。それじゃ、さ……」



ユウキが一旦口ごもり、視線を下へ向けた。



それから勢いよく「その時に、俺の彼女として来てくれる!?」と、聞いてきたのだ。



その質問の意味が一瞬理解できなくてキョトンとした表情を浮かべるセイコ。



しかし徐々に意味を理解して行って、すぐに真っ赤になってしまった。



「も、もちろんだよ……」



さっきよりも随分とか細くて、震えた声が出た。



自分から告白しようと思っていたのに、まさか告白されることになるとは思ってもいなかった。



「本当に!? 俺と付き合ってくれる!?」



「うん。私でよければ」



可愛らしく答えるとユウキは両手でガッツポーズをつくって喜んだ。



だけどまだセイコの心には引っかかっていることがある。



「でもユウキはトオコと付き合っているんじゃないの?」



教室を出るときのトオコの表情を思い出す。



憎しみのこもった目でセイコを睨みつけてきたのだ。



「学校で別れてきたよ」



そう言われてどうしてあんなに睨まれたのかようやく理解できた。



トオコはフラれた理由をなんとなく理解していたのだろう。



ユウキの心が自分からセイコへと移っていったことを。



「そうだったんだ。トオコはなんて?」



「泣いて嫌がって大変だったよ。だけど大丈夫だから」



ユウキはそう言うとセイコの手を握りしめた。



彼氏と彼女になってから初めて手を繋ぐ。



ユウキのぬくもりに心臓がドキドキする。



「じゃあ、今日は家まで送っていくから」



「うん。ありがとう」



セイコは素直に頷いて、ユウキと一緒に公園を出たのだった。

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