第6話

翌日学校に到着したセイコはさっそく手のひらに接着剤を乗せた。



それは以前と同じようにサラサラしていて爽やかな香りがしている。



それを手になじませてからA組の教室に入り、登校してきているクラスメートたちを見回した。



トオコはまだ来ていないけれどカナはすでに来ていた。



ハンカチを手にトイレに向かおうとしているようで、入り口付近に立っていたセイコに近づいてきた。



セイコは咄嗟に右足を前に出し、足先でカナを引っ掛けてこかせていた。



カナが派手にコケた後、すぐに足を引っ込める。



「いったぁ」



顔をしかめて立ち上がりカナに手を差し出した。



「カナ大丈夫? なにかに躓いたの?」



さも自分が原因ではないというように、心配顔をつくって見せた。



セイコにこかされたと思っていたカナは怪訝そうな顔をセイコへ向けている。



それでもなにか別のものに躓いてしまったのだろうかと、周囲を確認した。



「ほら、立って」



「うん……」



首を傾げつつセイコの手を握りしめて立ち上がる。



その時、手のひらの接着剤すーっと体内へ吸収されていく感覚を覚えた。



「ありがと」



カナはぶっきらぼうに礼を言い、そのまま教室を出ていったのだった。



カナとセイコの心がくっつくのにそれほど時間はかからなかった。



カナがトイレから戻ってくると、そのままセイコの席へと向かってきたのだ。



「ねぇ、私も会話に混ぜてよ」



ハルナと一緒に昨日のテレビについて会話していると、そう声をかけてきた。



「もちろん」



セイコは頷いてカナを会話に加えた。



3人でおしゃべりをしている間にトオコが教室に入って来たけれど、誰もトオコに近づいては行かなかった。



カナの様子を見て愕然としているが、トオコがこちらに近づいてくることもなかった。



「カナってトオコと仲良かったじゃん。いいの?」



トオコが1人で座っているのを指差してセイコは聞く。



「いいのいいの。だってトオコは自慢ばかりなんだもん」



カナはそう言って笑い声を上げる。



こっちがカナの本心かもしれないと思うくらい、自然な返事だった。



セイコは1人ぼっちで座っているトオコを見て少し前の自分のようだと思った。



休憩時間に近寄ってきてくれる友人は1人もいない。



そう思うと少しだけ胸が痛んだけれど、トオコは今まで人気者だったんだから、少しは孤独を味わえばいいと思い直した。



そしてそんな感情も友人たちと会話している内に忘れていってしまったのだった。


☆☆☆


ハルナとカナと仲良くなったセイコは放課後になると色々なお店に立ち寄るようになった。



人気のスイーツ屋とか、街の本屋さんとか。



時々学校の近くのお店を巡回している先生に出くわして怒られたりもした。



普段こんなことをしてこなかったセイコにはどれもが新鮮で楽しい出来事だった。



「じゃ、また明日ね!」



この日も3人でコンビニに立ち寄ってアイスクリームを食べた。



その帰り道、1人になったところで前方を歩く同じ制服の男女の姿を見つけた。



その後ろ姿に見覚えのあったセイコは咄嗟に物陰に隠れて2人の様子を見つめた。



2人はT字路に差し掛かり、足を止めている。



「本当に大丈夫?」



この声はユウキだ。



ユウキの声をセイコが聞き間違えるわけがない。



「大丈夫だよ。私にはユウキがいるんだし」



答えたのはトオコ。



トオコの声は少しだけ涙で濡れているようだ。



「でも、ハルナもカナも急にどうしたんだろうな? なにかあったのか?」



その質問にトオコは首を傾げている。



どうやら、急に自分から離れて行った2人のことを相談していたみたいだ。



「またなにかあったら俺に言うんだぞ? 教室ではできるだけ一緒にいるから」



「うん、わかった」



トオコは素直に頷き、やがて2人は手を振って別々の道を歩き出した。



その様子を見ていたセイコはスカートをきつく握りしめた。



トオコは一人ぼっちになったのだと思っていた。



でも違う。



ちゃんとそばにいて、心配してくれている人がいる。



しかもそれはセイコが好きだった相手だ。



悔しさがこみ上げてきて下唇を噛みしめる。



絶対に許さない!



そんな感情に突き動かされるようにして、セイコは歩き出したのだった。


☆☆☆


帰宅してからすぐに悪口ノートに書き込んだけれど、気分はちっとも晴れなかった。



ついには最後の1ページまで真っ黒に塗りつぶされて書く場所がなくなってしまった。



「こんなんじゃダメだ。全然スッキリしない」



このノートが役に立たなくなったことなんて今まで1度もなかった。



愕然としながらノートを片付けて、今度は接着剤を取り出して見る。



やっぱりこれを使わないと私の気持ちは収まらなくなっているんだ。



これを浸かって、私とユウキとの結び付けないと……。



想像すると顔がニヤけた。



自分とユウキが並んで帰っている様子や、教室内で仲良く会話している様子が次々と浮かんでくる。



「これを使えば、ユウキと恋人同士になれる」



そう呟いたセイコはニヤリと笑ったのだった。

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