第13巡 茅ヶ谷巡の創作飾り

 明くる日。とは言っても、さっき日付変更線を跨いだばかり。ノートパソコンに内蔵されたデジタル時計には、0と1が敵対するように2つずつ並び合っている。


「うん……結構進んだんじゃない? 文字数もレポートや卒論のときに比べて、すごく速筆になってるし。演劇の脚本って構成の仕方が全然違うから不安だったけど、セリフメインに都度演出のことを箇所書きする感じで、新鮮で楽しいかも——」


 自分が暮らしているアパートの一室。

 白熱が室内に轟き、深夜を忘れさせる。

 デスクにはノートパソコンを中心に、馬場園さんたちが演じるための脚本制作用の資料参考書をいくつか平積みに用意し、嗜みついでにホットティーを注いだマグカップをマウスの隣に置いている……文章を紡ぐ用途だと、あんまりマウスは必要ないから今日はおざなりだ、キーボード大活躍。


「——んん……ちょっと休憩ー」


 天に恵みの雨を乞うように両手を伸ばす。

 すると自分の関節がバキボキと不穏な音色を奏で出す……ずっと座りっぱなしで姿勢を変わらないから凝り固まったみたいだね。

 そのまま座椅子に乗っけていた自身の両足を抱き締め、生まれ故郷的にも寒さには強いんだけど、なんとなく足のすねを撫でながら、直近に記した文章に目を通す。

 そこには真夜中。袋小路にまんまと誘い込まれてしまい命乞いをする……主人公の妻であるバレット夫人を、最初の事件と同様の手段とおぼしき、上半身を鋭利な刃物でメッタ刺しにするという、悪辣を尽くす仮面姿の殺人鬼とのシーンが、舞台の照明を控えめになどの注釈と一緒に描かれている。


「主人公の結婚相手が死んじゃうっていうのは、主役の親族や友人はミステリー作品のお約束で殺されないセオリーから外れてるけど、いいかな? あ、でもそれはシリーズ物の話だから別問題か。ならいいのか……いや、人が死んでること自体が良くないけどさ……」


 ここが物語に於ける中盤最大の盛り上がりとなって欲しい重要な場面だ。しかものちのちの展開を繰り広げる上では、この夫人殺害がある意味で殺人鬼の分岐点となる。最愛の妻を失った主人公との対比を描かないとならないし、双方の気持ちを纏め上げるのは書き手として難しい部分だ。


「もう一踏ん張りしよ……翌日に場面転換したところだね」


 組んだ両手を離し、両足を下ろす。

 マグカップを取ってを握り、そこに注がれているホットティーを啜り飲んで乾燥した喉を潤す。そうして再度キーボードに両手の指先を向かい合わせ、母音から始まる一文を淡々と創造する。

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