第12巡 茅ヶ谷巡の室内戻り

 馬場園さんと一緒に文化サークル棟一階最奥の一室に入る。そこにはブルーシートを敷き、いくつかの形式が異なる四角形に切り抜かれたダンボールに、黄白色の塗装を施す赤阪さんが珍しく神妙な面持ちで作業を行なっていた。

 正直アイデアを出すだけ出して、自分と馬場園さんに任せっぱなしにするつもりなのかなって思ってたから、なんだか一層意外性が漂っている。


「……他が忙しいんじゃなかったのか?」

「ん? おおっ! 馬場園に茅ヶ谷、先に背景の一部を作っているぞ」

「そりゃ見れば分かる……つかそれ背景なのか? ダンボールじゃなんか陳腐というか、学芸会レベルに成り下がらないか?」

「えっとだな。これは背景を更に際立たせる小物……の方が正しいかもしれん。ほら、民家の壁を破壊するような演出とかに使えるだろ?」

「まあな……本物の壁を作って破壊する方がド派手ではあるが——」

「——そんな予算はない! 代用出来る知恵も絞らんとならんのだよ!」


 つまるところ今回の舞台は本格的な旗揚げ前の、ほとんど学生が主体となって計画したアマチュアの演劇に過ぎない。

 あと資金繰りの側面もあるため、利益を齎すことも条件に入るみたいだ。低予算で、クオリティを下げず、次回公演を念頭に置いた宣伝の場でなければならない。言葉にするのは簡単だけど、かなり難儀だ。


「そうだな。でもその点、茅ヶ谷が考えてくれたミステリーテイストの脚本はありがたいよな」

「え? ありがたい?」


 自分としては、好きな作品のいいとこ取りしただけだから、なにがありがたいのか理解しかねる。こういうストーリーの流れにしたいみたいなのは伝えているけど、感謝されるようなことをした記憶がない。


「気付いてねぇの? あの茅ヶ谷が書いてくれた設定ってさ、一度セットしたバックグラウンドを変える必要がほぼないんだ。しかもそのセットすら最小限で事足りる内容で、ラストに掛けて盛り上がりも演出可能……予算をかけられない演劇には最高なシチュエーションだな。逆に言えば動きが全体的に少なくなって、役者の技量が試されちまうんだが……まあ、そこはなんとかするさ。しないと、どの道続かねぇしな」

「あっそうか……でも、そうなるともう片方は——」


 そこまで考慮したシナリオのつもりはなかった。今回は偶然にもミステリー嗜好が好転したみたいだけど、少し浅はかだったかも。


「——あっちは暗転でどうにかなる。もう照明係の知り合いに頼んであるし、あとは日時……そうだ赤阪! お前に舞台場所と日時を任せてたよな! いつになった?」


 そういえば赤阪さんが舞台日時が決まったと自分にフライングで伝えて来てたよね。あれは馬場園さんに頼まれたからなんだ……でも、肝心な日時は自分も知らない。トップシークレットとか言ってたけどどうなったんだろう?


「おおそれな。馬場園にはまだ内緒にするつもりなんだが——」

「他の奴らのスケジュールを抑えなきゃならねぇんだ。決まったんなら早く言え、決まってないなら今すぐ探しに行け、いいな!」

「い……じょ、冗談に決まってるじゃないか馬場園。ちゃんと見つけて来たぞ——」


 そう言って赤阪さんは無駄に厳かな咳払いを挟む。

 というか今の、絶対冗談じゃなかったよね。馬場園さんのご機嫌を損ねないようにしただけだよね。


「場所は九ノ瀬大学駅前ホール。キャパシティは確か……200人は入れるはずだから、アマチュアで何かの大会でもないのなら十分過ぎるくらいだと思う」

「おお……思ったより近場で助かる。そんなとこ良く予約が取れたな。ここで作った小道具が運びやすいし、大学の奴らも誘いやすいし、馴染みもあるから実質ホームグラウンドだ」

「そうだろそうだろ。ナイス、俺」

「そのドヤ顔はむかつくが……今回はな」


 九ノ瀬大学駅前ホールとは名の通り、九ノ瀬大学の最寄り駅に位置する。自分はそのホールに行ったりはしていないんだけど、めちゃくちゃ近いことはすぐに分かる。そんなところの使用許可が下りるのは、おそらくラッキーだ。隣の馬場園さんの表情からもそれが窺える。


「日時は一週間後の土曜日! お前らの講義やゼミにも配慮したんだぜー」

「なるほど一週間……ん? 一週——」


 刹那。和やかだった部屋の空気が凍てつく。

 自分もその日程はどうなんだろうと疑問だったけれど、それよりも先んじて、馬場園さんの顔色があっという間に沸点に到達したため、自分は押し黙るしかなかった……いつぞやのように赤阪さんをまた、蹴り飛ばしてしまったから。


「——馬っっっっっっっ鹿じゃねぇのか赤阪っ! 人も満足に集まってねぇ! 脚本も完成してねぇ! 演出方法の議論すら交わしてねぇ! そもそもリハーサルすら1回も打ち合わせてねぇ! これで来週に本公演をやれって? ふざけんなお前! なんでもっと余裕を持った日程を選んで来なかったんだ……てめぇー!」

「痛っ……やめ……だって仕方ないだろ。普通に申請したら休日は半年以上埋まっていて、お前らの本分を犠牲にさせられなくて、馬場園はともかく無理を言って連れてきた茅ヶ谷に遠出させるわけにもいかない……そしたら、この一週間後の土曜日からだけキャンセルが入ったらしくて空いてたんだ。厳しいとは思うが、俺は馬場園ならなんとかしてくれるって信じてだな——」

「——何が信じるだ!? これで準備不足でチグハグにでもなってみろ! 半端なもんにしてみろ! 他のヤツに、お客さんに、申し訳が立たねぇんだよ! クソ野郎がっ!」


 多少の加減はしていて、制作していたダンボールたちの塗装を避けていたみたいだけど、馬場園さんが赤阪さんをひたすら踏み倒し続けている。弁解後も怒り冷めやらずといった様子だ。止めに入りたいけど、非力な自分じゃ流石に無理そうだと、逆に吹き飛ばされて二次被害を生みそうだと見守るだけ。


 でも……馬場園さんと赤阪さん。

 どちらの主張も自分には理解出来る。

 こうやって啀み合うところまで含めて。

 自分にも配慮して、近場で親しみのあるホールで緊張感を軽減させたい赤阪さん。

 対して堅実に舞台完成までのプロセスを踏みたかった馬場園さん。どちらも分かる。

 それにしても、たったの一週間か……。

 期日も逼迫するし、責任重大だ……。

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