第6話 互いの利益のために

 それは、唐突だった。

「お前、どういうつもりだ!」

 七郎が、風呂上がりの六郎の襟首を掴んで問い詰めた。

「な、なんだよいきなり!」

「あの子とよろしくヤッてたことだ!」

「な、なにをいって―――」

「風呂でのこと、丸聞こえなんだよ!」

「—――っ!」

 はじめは何のことだがわからない様子だった六郎が、その一言で固まった。

 そして、あまりに騒ぐものだから、他の仲間たちも何事だと集まってきていた。

 二階の一部屋での話だ。

 七郎は六郎の真意を確かめようと思ったが、ここで七人が集まって、かつ雪姫がいないのならば好都合だと思い、自分が見聞きした全てをこの場でぶちまけた。

 風呂の中で六郎と雪姫が何をしていたかを。

「本当なのか?」

 顛末を聞いた、この中で一番年上の一郎が、六郎に問うた。

 バツが悪そうに、六郎は最初から説明を始めた。

 自分が風呂に入っていたら、雪姫が間違って入ってきて、冗談のつもりで一緒に入るかと聞いたらそのまま入浴することになったこと。雪姫からスキンシップを取ってきて、その場の勢いで事に及んだと説明した。

「間違って入ってきた?そんなことあるのか?」

「冗談として受け取ってなかったんじゃないのか?」

「ここを追い出されたら困るから、お前に逆らおうとしなかったんじゃないのか?」

 二郎に五郎、七郎が、口々に疑問を口にして六郎を責める。


 その会話を、廊下で雪姫は聞いていた。

 どうやら先の行為を見つけたのは七郎で、六郎を責めているようだった。それは純粋な正義感によるものか、火の粉が自分にも降りかかることを危惧してのことか、ただ羨ましいと思っているのか。一つ目が厄介だが、二つ目は許容範囲、三つ目ならば万々歳だ。


「それって強姦になるんじゃ……」

「おい、さすがにそれは、マズイだろ」

「バレたらお縄で、会社もクビになっちまうじゃねぇか」


 雪姫との行為が身を滅ぼす可能性に男たちがざわついた。


「問題は他にもある」

 二郎が神妙な面持ちで語る。

「未成年を他人の下に外泊させると、未成年者誘拐に問われるらしいぞ」

「おい、どういうことだよ」

「本人が同意してるんだぞ」

「本人の意思は関係ない。保護者の同意がなければ、罪に問われることになるんだ」


 そこにも気づいたかと、雪姫は会話の動向に傾注する。

 さぁ、結論はどうなる?

 追い出すのか?

 それとも―――


「二郎、それってどれくらいの罪になるんだ?」

「三ヶ月以上七年以下の懲役、だそうだ」

「執行猶予とか、つくのかな……」

「つこうがつくまいが、どっちにしろクビだ。こんな前科持ちの中年土建作業員なんか、雇ってくれるとこあるわけがねぇ」

「じゃぁ、どうするんだよ!」

「いっそ刑務所で長期食らった方がましかもな」

「おい、ふざけてる場合かよ!」

「なぁ、もしその、ヤっちまったら、懲役何年になるんだ?」

「ちょっと待て…………。五年以上の有期懲役って書いてある」

 スマホの画面を読み上げた二郎の言葉に、全員が沈黙した。

「……示談、とかできるかな」

「どっちにしろ会社にはいられねぇだろ。だいたい、示談金っていくらくらい払うんだよ。俺ら、そんな金なんかねぇだろ」

 男たちは、自分たちが置かれた状況に、じわじわと焦りを感じていた。

「お、俺はあの子となんもしてねぇぞ!」

「バカ!どっちにしろ未成年の誘拐になるって言ってるだろ!そこに未成年とヤッちまったことが入るかどうかなんてよ……」

「むしろ、強姦の共犯になるんじゃないか?」

「俺は何もしてないのにか!?馬鹿げてる!」

「強姦って、ハメてなきゃいいんだろ?」

「ネットだと、口とかケツでも強制性交だそうだぞ」

「三郎、なんでそんなこと気に―――お前まさか!」

「ち、違うよ!あの子が布団に潜り込んできて……」

「結局ヤッたんじゃねぇか!」


 いい傾向だと、雪姫は思った。

 今、この男たちは自分たちの立場に気づいた。この状況を避けるには、あの日の夜に警察に連絡するしかなく、そうしなかった時点で罪に問われてしまうということを。そして、何人かは思っているはずだ。

 どうせ罪になるなら、と。

 あの子から誘ってきたんだろ?だったら、と。


「なぁ、ユキちゃんから誘ってきたんだろ?だったら俺だって一回くらい……」

「だから、それってヤバイって―――」

「どうせ罪になるんなら、いい思いした方がいいじゃねぇか!」


 一同が押し黙った。

 これで、警察に連絡することが男たちの身の破滅に繋がることがわかったはずだ。それだけでなく、少なくとも数人は雪姫とと思っている。それにより、消極的な保護ではなく、互いに利害が一致した関係になる。

 男たちは雪姫に食事と寝床を与え、

 雪姫は男たちに快楽を与える。


(最後の一押しね)


 雪姫は廊下から男たちのいる部屋へと入る。


「ごめんなさい、ご迷惑を、おかけ、してしまって……」

 俯きながら、嗚咽交じりの震えた声で。

「せめて、お詫びに、と思っての、ことで……」

 男たちは雪姫の登場に驚いたが、その様子を見て、彼女が紡ぐ言葉をただ黙って聞いていた。

「わたし、料理とか、洗濯とか、うまくできなくて、もう皆さんに対して、ここに置いてもらっているお返しは、あんなことしか、できなくて……」

 まるで、一生懸命で、健気な少女のように見えた。

「お役に立てることが、これしかないので、だから……」

 その、儚げな声音で必死に弁明する雪姫が、俯いていた顔を上げた。

「これからも、皆さんの、させてもらえませんか?」


「嫌じゃ、ないのか?こんなオッサン相手だぞ?」

 そう訊いたのは、最年長の一郎だった。

 対して、雪姫はかぶりを振った。

「嫌だなんて、そんなことないです。わたし、今でも死んだお父様みたいな、頼り甲斐のある男の人に、その……」

 口ごもりながら、再度俯いた。

 その始終の見聞きを経て、七郎はのしのしと俯いたままの雪姫に近づいた。

「じゃあ、無理矢理とか、嫌とか、じゃないんだな…?」

 ズボンの上からでもわかるを隠そうともせずに。

「はい……」

 雪姫は頬を紅潮させ、俯いた姿勢から上目遣いに七郎を見上げた。

「ただ……」

 少し躊躇うように、少しだけ視線を横に向けた。

「あんまり、その、慣れてないので……」

 腕を掻き抱くような仕草を見せて、

「優しく、してくだい……」

 蚊の鳴くような声で、告げた。

「も、もちろんだよ」

 七郎は動揺と興奮入り混じる声で、雪姫の肩に触れた。

 お世辞にも紳士的などとは言えない、俗に言う下卑た笑いを浮かべながら。

 他の男たちはどうしたものかと口々に小声で言い合ったが、全員共に、大なり小なり七郎と同じ表情をしていた。



 そして―――

 音質もテンポも様々な水音と、肉同士がぶつかる音。そしてむせ返るようなにおいに満たされた室内。


 肉の宴とも言うべき八人の狂演が始まり、日付が変わっても終わらなかった。



 宴が幕を下ろしたのは、深夜二時を回った頃のことだった。

 元々汗染みの残る布団にはそれ以外による染みがいたる所にでき、恍惚の表情を浮かべて男たちが眠っている。

 対して、雪姫はひとり、シャワーであらゆるものを流していた。

 自分の汗と、男たちのそれ。そして染みついたにおい……

 数時間の間、自分の体に刷り込まれたあらゆるものを、この場で落としていた。

 不浄を清めるような行動のはずだったが、割と嫌悪感が強くないことに気づく。

 恐らくは、自分がどんな形であれ必要とされていること、いわば自己肯定感のためだろう。小学生のころ、父に「綺麗だ」「素晴らしい」と体を撫で回された際に感じていた満足感と同種のもの。今は母に存在を疎まれているが、決して自分は不要な人間ではないのだと実感できることに、悦びを覚えている。

 雪姫の唇が、三日月をかたどる。

 だが、それは自己肯定感によるものではない。

 安全な生活基盤を構築すること。

 これから事を為すに当たり、その第一歩であり、下支えする地盤そのもの。

 関係者くらいしか知らない、山中に隠れた立地の拠点。そこに住む同居人は、誰も警察には通報しない。いや、したくない。その原因をもたらした、いや、その原因そのものである雪姫に対しては、畏怖ではなく劣情を抱く対象となり、同居人である男たちは雪姫の肉体を味わうのと引き換えにその生活を支ええるという当初の『保護』から『共生』へと関係を変化させた。

 あとは、如何にあの母に対して復讐を果たすかだ。

 だが、まずは―――

「休もう……」

 何時間もの間、七人の男たちを相手に体を張ったせいで、疲労が凄まじい。

 シャワーの後、リビングに戻り、敷き布団を乱雑に広げてその上に倒れた。

 もう意識を保つことが難しい。

 ものの数分で、雪姫は深い眠りに落ちていった。

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