第5話 次の手段

 夕飯が終わり、男たちの酒盛りが続く中、雪姫は次から次へ出てくる自慢話に「ほんとですか!?」「すごぉい!」と大げさに相槌を打っていた。男たちは見目麗しい少女が上げる感嘆の声に気分を良くして、過去の話を盛りに盛って話し続けた。感覚としてはキャバクラに近いが、雪姫は見た目のレベルが高い。雪姫は時折男の手を握ったり、腕に抱きついたりとボディタッチを織り交ぜるものだから、七人は俺は俺はと自慢話が途切れることがなかった。

 しかし、それも一一時を過ぎると「お、もうこんな時間か」とお開きになる。


 その日の深夜、雪姫はすることにした。


 五郎が自分のスマホがないことに気づいたのは、宴会がお開きになって二階の寝床についてすぐの時だった。

 一階のリビングに降りる。雪姫はリビングで布団を敷いて寝床にしている。眠っているだろうからと、起こさないように静かに一歩一歩を踏み出す。照明は消えているが、月明かりのせいで室内の様子は割と視認しやすい。

「お、あったあった」

 ダイニングテーブルの上に無造作に置かれたスマホを発見する。まさか置きっぱなしにしてしまうとは、そこまで酔っていたつもりはなかったのだが。

「ん……」

 少女の声。起こしてしまったか?

 五郎は一瞬そう思ったが、様子がおかしい。

 もぞもぞと布団の中で動きながら、吐息が漏れている。眠ってはいない。起きているようだ。

「ん……ぅ…ん……ぁ……」

 悩まし気な吐息が、五郎の脳を刺激する。

 これは、もしや……

 毛布がはだける。

 抱き枕を抱くように、雪姫は横向きになった。顔を毛布に埋めているので五郎のことは見えていないはずだ。両足で毛布を挟んでいるが、太ももの間から指がはみ出している。その指が、ゆっくりと、艶めかしく動き、自身の下腹部を撫でているのに気づいた。

「ぅ……ぁ……」

 微かな吐息に合わせて上下する少女の指が、その下着の中に差し込まれた。

 指の動きと漏れる吐息に熱が込められた……気がした。

 五郎はごくりと唾を飲み込んだ。

 気づくと、自分のスウェットのズボンが張り詰めていた。

(夢中みたいだし、気づいてないよな……?)

 五郎は躊躇いながらも、スウェットのズボンの怒張に右手をやる。つい数時間前、雪姫が五郎の手を上から握ったことを思い出す。その感触を反芻しながら、五郎は息を殺し、血走った目で月明かりに照らされた雪姫の痴態を凝視しながら右手の動きを早めていく。

 徐々に激しくなる雪姫の指の動きに、五郎の手の動きも連動したように速度を増していく。

 慌ててテーブルの上のティッシュを掴み、五郎は欲望を吐き出した。

 見ると、雪姫の動きも止まっていた。

 解放感と共に、罪悪感が五郎を襲う。

(ああ、二回りも年下の子で……)

 五郎は慌てて二階の寝室へと戻り、布団を被った。


 リビングから五郎が消えたことを確認し、雪姫は天井を見上げた。

 意外と襲っては来ない。やはり、会社組織に所属している社会人からすれば、高校生を直接性の捌け口にしようと行動は取れないようだ。

 思い返せば、三郎とのことも雪姫が直接迫ったからであり、四郎も五郎も淫靡なシチュエーションに遭遇しても自分で慰めるだけで終わってしまった。

(もう一歩、踏み込まないとだめかな)

 雪姫は明日の行動を考え始めた。



 翌日の夜—――

 六郎は夕食後に風呂に入っていた。

 普段は入る順番もタイミングもバラバラだ。夕食前に済ませる場合もあれば、夕食後に空いていれば順次入るなど、特別法則があるわけでもない。たまたま空いていたから、六郎が入っている。それだけだった。

「肉体労働の後の風呂は染みるね~」

 湯船に浸かって一息ついた。

 ガチャリ、と扉が開く。

「え?」

「あ…」

 湯船の中から六郎が見上げると、そこにはオレンジ色の照明に照らされた裸体があった。中年の男のものではない。若い女—――雪姫だった。

「あ、あの、ごめんなさい。ぼうっとしてて、気づかなくて!」

 慌てた様子で、雪姫は弁明する。

 それよりも、六郎は目の前の少女の体に釘付けだった。

 アイドル顔負けの容貌はもちろんだが、細い体のシルエットに対して膨らんだ胸と、その桜色の頂点。ウェストのくびれとへそへと視線が下がり、仄かな茂りを経由して、太ももへと移る。

 お湯の中で、下半身が疼いた。

「すぐ、出ますね」

 ぎこちない動きで、雪姫は後退る。

 画面越しではなく、目の前の魅力的な、蠱惑的な情景に、六郎は思わず

「待って!」

 声を上げ、雪姫を制止した。

「そんな格好じゃ寒いでしょ。一緒に入ろうよ」

 言ってから、六郎は後悔した。こんなことを言っても、了承されるわけがない。ただのスケベオヤジじゃないか。

 その思考に反して、雪姫は改めて浴室に足を踏み入れ、後ろ手にドアを閉めた。

「……お言葉に甘えて、失礼します……」

 六郎は、ごくりと唾を飲み込んだ。


 湯船に浸かる六郎は、隣で体を洗う少女の姿から目が離せずにいた。

 雪姫は素手で体を洗っている。タオルやスポンジでは肌を傷めるため、手で洗った方がいいのだという。

 その説明に、六郎は適当な返事しかしていない。

 ボディソープを泡立てて腕を優しく洗い、次いで首回り、乳房へと移る。自身の手で上から下から乳房を撫でて形を変える様に、とても興奮を覚えた。腹から尻にかけて泡のついた手で撫で回す様も同様だ。お湯の中で、六郎の下半身に血液が集まっていくのがわかる。

 頭から足先まで全て洗い終えると、雪姫は立ち上がって六郎と視線を合わせる。

「失礼……しますね」

 雪姫は「正面から向き合うと恥ずかしいから」と、六郎に背を向けて湯船に足を入れた。六郎の目の前に、丸みを帯びた尻が現れる。そこからしゃがんだせいで、尻の向こうの見えてはいけないものまで見え、六郎の息が荒くなる。

 一人では余裕の湯船も、二人で入ると少し窮屈に感じる。

 六郎は足を広げ、その間に雪姫の体が収まっている状態で、雪姫の背中が後ろへと倒されていった。

 六郎は視線を下げる。

 長い髪を纏めて左肩にかけたことで現れた、湯に濡れたうなじだけでも色っぽさが凄まじいのに、肩越しに見える胸の膨らみを、後ろから触れてみたくて仕方がない。

「すごい体つきですね。逞しくて、頼りがいがありそうというか…」

 六郎に背を預ける雪姫が、首を振り向かせた。

「ココも、すごいことに……」

 雪姫が腰の位置を直すと、固いものが彼女の腰にグリグリと当たった。

「あ、いや、ごめんね。ははは」

「わたしがこんなにしちゃったんなら……」

 六郎は誤魔化そうとするが、対して雪姫の方はもじもじと告げる。

「わたしが、鎮めてあげますね」

 雪姫が体ごと振り返る。

 左手で六郎の胸元をさわさわと撫でながら、右手で六郎の下半身へと向ける。昼に確認した動画、その女優の動きを真似して、雪姫は手の動きに緩急をつける。

「うぅ……、ユキちゃん……」

「六郎さん、わたしにも…」

 雪姫の懇願に、六郎はすぐに首肯し、目の前の少女の体に手を伸ばした。



『あ…ん…、いいよぉ…!』

『ユキちゃん、声が大きいよ』

 七郎は脱衣所の壁に背中を預けたまま息を殺していた。

 風呂が空いているか確認しに来たら、中から声が聞こえた。誰かが入っているのかと、その場を去ろうとしたとき、聞こえてきたのがだということに気づき、聞き耳を立てていた。

(これ、中でヤッてるのか?)

 二人の声は、そうとしか思えないものだった。

 雪姫が来た当日、寝る前に七人で話していたことを思い出す。

 若い女がいるからって、手を出すな。

 それは、辛い状況にある雪姫のことを守るためであるが、同時に自分たちの身を守るためでもある。自分たちは会社に雇われている身だ。婦女暴行みたいなことになれば、人生が終わってしまう。

 つい数日前に話したばかりだというのに。

『六郎さん、すごい……』

『ああ、ユキちゃん!』

 六郎は、それをあっさりと破った。

 それどころか、自分だけいい思いをしているではないか。

 七郎は自分のズボンを見下ろす。

『六郎さん…、」

『ハァ、ハァ、ハァ!』

 我慢できず、七郎は自分の下着の中に手を差し込む。

「ちくしょう…!」

(俺も、あの子と…!)

 七郎の中で、抗い難い衝動が渦巻いていた。



 六郎が雪姫に夢中になってから、外の様子に気を配っていたが、

(思ったより、すぐにかかった)

 雪姫は期待通りの結果が得られたことを確認できた。

 引き下がれないくらい興奮させて手を出させることに成功し、且つ風呂が空いているかを確認しに来る誰かにこの事態を聞かせることで、次への布石にする狙いだ。

 これに乱入してくるでも、一人でこそこそ慰めるのでも構わない。とにかく七人全員とのを作ることができればいいのだから。


 目先の課題である居場所づくりはこのままでなんとかなるだろう。

 問題は、どうやって母に復讐するかだ。

 そこだけが、未だに具体案を構築できずにいる。

「あん…、あぁ…、」

 適当に喘ぎながら、雪姫は今後の方針に頭を巡らせていった。

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