#3

「…っ!!」


 振り向いた顔は篤じゃなかった。

 見た事のない男性――その顔は笑っているが、目だけは笑っていない。


 その瞬間、千春のスマホがけたたましく廃墟に鳴り響く。

 ふっ――と身体が動けるようになり、割れた窓ガラスから外に飛び出る。



 窓から外に飛び出る際に、千春の後ろにいたナニカが横目で見えた。

 それは、真っ黒な人型の闇だった――。



 伸びきった草に足を取られながらも千春は車に走って行く。


(なんなんだよっ!いつから俺はアレを篤だと思ってたんだ!?ていうか篤は何処だ!?)


 一瞬、篤を廃墟に置いてきたかも――と思った千春だが、またあの廃墟に入る気にはなれない。


 そんな時、自分が動けるようになった要因を思い出す。


「そういえば電話――」


 スマホの画面には篤からの不在着信が通知されていた。




「おいっ!!今どこにいるっ!?」

『俺?車の中だけど…というか、千春こそ何処行ってたんだよ』

 篤の間の抜けた声が電話口から聞こえてくる。



 電話を一方的に切り、車に戻ると篤が車に寄りかかっているのが見える。


「早く乗れっ!」

「おいっ!ちょっと待てって」



 急いでエンジンをかけ、廃墟から走り去る。

 状況が分からない篤は戸惑いながら、千春に何があったのか聞いてきたが千春はそれに答えている余裕は無かった。



 ◇



 長く暗い山道を抜け、車通りも多くなって来た頃には千春も落ち着きを取り戻していた。


「篤は俺と廃墟に入ったよな…?」

「いや、行ってないけど。気付いたら千春が居なかったというか…寝てたのかな?」


 篤の話によると、気付いたら千春の姿は車内になかった為、電話をしたという事であった。



 では、千春が篤だと思っていた人物は一体誰だったのだろうか。

 そもそも、なぜ千春はアレを篤だと勘違いしていたのか――。


 正直訳が分からなかったが、千春は廃墟の中で体験した出来事を篤に話した。





「嘘…じゃないよな。それってカメラ回してた?」

「ああ」


 篤は映像を確認するが、映像には千春の声しか入っていない。


「俺と勘違いした男ってどんな顔だった?」

「そういや、メガネをかけてたな…というか、なんで俺はアレを篤だと思ってたんだよ…」


 何故?

 どうして?

 そればかりが頭を駆け巡る。



「それってさ…こいつ?」

スマホの画面を見せてくる。


「…似てるな。誰こいつ」

「嘘だろ…失踪した動画配信者だよ」

 引き攣った顔で篤は言う。



 なんとも言えない雰囲気のまま二人は帰宅するのであった。




 ◇


 家に帰った千春は、ベットに横になりながら後ろに居たナニカについて考えていた。


「そういえば――」

 ふと千春は、数年前にアマネとした何気ない会話を思い出す。



 幽霊はなぜ存在するのか――そのような質問をした時にアマネは興味深い話をしてくれた。


 人の死後、魂だけの存在になった者には必ず迎えが来る。

 ほとんどの者は迎え人に連れられて輪廻の輪に入るそうだが、中にはこの世に留まる選択をする者も居るという。


 理由は様々だ。

 人への恨みつらみ――残した家族が心配で見守りたい者。

 いずれにしても『念』が強い人ほど、この世に留まるようだ。


 だが、この世に留まる選択をした者は一生、輪廻の輪に入る事は出来ない。

 数年―――或いは数十年。

 この世を彷徨い続けて、最終的には自分自身が何者か分からなくなり、霧のように拡散して消える。


 最初に忘れるのは自身の顔だそうだ。

 鏡やガラスには自身の顔が映らないからだ。

 だからこそ写真などに写り込むのだろう。

 自分の姿を忘れない為に――。



 それでもいずれ消えてしまう。

 消えない為に、その者たちはどうするか――人の記憶に残り続ければいい。

 恐れ崇めさせ、人の心に恐怖の種を植え付けるのだ。

 或いは、自身と同じ境遇の者の負の感情を啜り生きながらえる。




 千春の後ろにいたナニカは『陽炎様』だったのだろうか。

  悶々とした感情が渦巻くが、千春はもう一度あの場所に確かめに行く気にはならなかった。


 アマネの言葉が真実かどうかは分からない。

 だが、仮にそうだとしたら陽炎様という存在も元は人間。

 陽炎様の生前に何があったかは、今となっては知る事はできないだろう。


 人の負の感情というのは、死後も増え続けるという事に恐怖を感じる千春であった。




 ◇



『ある地方新聞の記事』


 先月、山菜取りを行っていた男性が山中で腐敗した遺体を発見しました。この遺体は数か月前から行方不明になっていた男性のものでした。


 男性は心霊現象や怪奇現象をテーマにした動画を配信しており、その人気が高かったことで知られていました。しかし、数か月前に行方がわからなくなり、家族から捜索届が出されていたそうです。


 遺体は数か月間放置された結果、腐乱が進んでおり、損傷も激しかったとされています。警察は、この遺体が行方不明の男性であることを確認しました。


 警察は事件としての捜査を進めると同時に、男性が事故や犯罪行為に巻き込まれた可能性も検討しています。




『陽炎様』~完~

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心霊スポット動画配信者 ゆりぞう @yurizou

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