陽炎様

#1

 都市伝説――それは、現代社会で広く信じられる、真実とは疑わしい伝説や噂のことである。このような伝説は、口コミやSNSなどを通じて広がり、時には数十年以上も世代を超えて伝えられることがあるのだ。


 だが、都市伝説は真実とは限らないため、その信憑性や実在性については常に議論の的となる。しかし、その不確かさや神秘性が、読者を惹きつける一因となっているのではないだろうか。


 その都市伝説の中でも有名なのが『口裂け女』だ。


『口裂け女』とは、口元を完全に隠すほどのマスクをした若い女性が、学校帰りの子供に 「私、綺麗?」と訊ねてくる。「きれい」と答えると、「……これでも……?」と言いながらマスクを外す。するとその口は耳元まで大きく裂けていた――。

「きれいじゃない」と答えると包丁や鋏で斬り殺されると言った内容である。


 この『口裂け女』の発祥の地は岐阜県であるとされている。

 色々とこの都市伝説には様々な説があるが、岐阜県での最初期の噂では、その正体が精神病院からの脱走者として語られており、座敷牢に閉じ込められていた精神病女性が夜ごとに外出し、精神に異常を来たしているために口紅を顔の下半分に塗りたくり、それを見た人から『口裂け女』として噂が広まった説。


 または、岐阜県にある有名な心霊スポットのトンネルで精神病の女性が徘徊して子供を脅かしていたという話が元になったと言われ、その後も精神病と口裂け女を結びつける事例の報告は多いのだ。いずれにしても、中京地区、特に岐阜県近辺が発祥である点はほぼ一致している。



 つまり、都市伝説のほとんどは実際の生きている人間がモデルになっている事が多いのだ。




 ◇



「千春はさ、都市伝説とか信じる派?例えば『くねくね』とか」

「信じる…か。正直、ほとんどが創作という前提で聞いてたな」

「千春にはロマンというモノがないのかっ!?」

 篤は芝居がかった口調でくねくねについて話し始めた。


 くねくね――田や川向こうなどに見える白色――または、黒色のくねくね動く存在であり、その正体を見た者は精神に異常をきたす、とされている。



 これは今から二十年ほど前に、ある怪談投稿サイトに投稿された話が起源とされる。その話が、別の者により改変され、さらにこの話が旨を明記した上で、2ちゃんねるの「オカルト板」に投稿された。しかし、ネット上で伝承していく過程で、この話が創作であるという断り書きが抜け落ち、怪談話の部分だけが一人歩きしていったとの事だ。



「お前も創作って言ってるじゃねぇか」

「この話をって言ってるのは、くねくねの話を改変した人物であって、最初に投稿した人物ではないのだよ。それで、興味深い話があるんだ」




 大昔の村では、知的障害者・身体障害者を案山子の代わりに田畑に吊るしていたという。

 農業の仕事が出来ないのならば、せめて案山子となり役立ってくれ、という事だろう。もしかすると、食い扶持を減らす為というのもあったのかもしれない。


 当然、案山子にされた者は食事も碌に与えてもらえず、そのまま案山子として生涯を終える事となる。





「だからくねくねは、案山子にされた人達の怨念の集合体なんじゃないかって説」

「元ネタみたいなのは一応あるんだな。だけど、それは仮説でしかないだろ?」


 にやりと笑いながら篤はパソコンの操作を行う。

 また始まった――千春は篤の表情を見て、いつもの様に振り回される事になると感じていた。



「ほら」

 そう言ってパソコンの画面を見せてくると、そこには《陽炎様かげろうさま》と書かれている。


「千春はさ最近、SNSで話題になってる陽炎様カゲロウさまって知ってる?」

「あー…なんかそんなのをどっかで見た気がするな」


 ある有名動画配信者が廃精神病院を探索した動画を挙げてから、忽然と姿を消した事で一時期ネットで話題になっていたのだ。


 問題の動画には、その精神病院の陽炎様カゲロウさまという言葉が書かれていた――それも、一つ二つではない。


 びっしりと小さな文字で、陽炎様カゲロウさまと壁一面に描かれていたのだ。


「確かにそんな事が話題になってたよな」

「それでさ、今もSNSで考察とかしている人が居て、結構内容が面白いんだよな」


 篤の話によると、その廃精神病院だけではなく、現在も運営している精神病院に入院している患者の室内にも、陽炎様と描いてあるという情報が寄せられているらしい。


「精神疾患を抱えている人が見る幻影的な?例えば、ある薬を処方するとそういう幻覚が見えるとか」

「精神疾患の患者さんだけならその可能性もあるけどさ、児童養護施設に住んでいる五歳の男の子のノートにも絵付きで、陽炎様って書いてたんだって」


 そういって、スマホの画面を見せてくる。


 そこには、子供の可愛らしい文字と共に、真っ黒に塗りつぶされた人型のような絵が描かれていた。


「これは…まんまくねくねだな」

「だろ?それで――」


『陽炎様』の考察をしている人の話では、どうやら陽炎様と呼ばれる存在は、日本の有名なある歴史書にも載っているらしく、当時は陽炎様と書いて『かぎろひ様』と呼んでいたそうだ。


 その歴史書の中では、『陽炎の女神かぎろひのめがみ』に心を奪われた者は、神に祟られ、狂気に陥る――と書かれている。


「その歴史書って千年以上前のだろ?そんな昔から存在してるのか」

「そうなんだよ。だから、『くねくね』と『陽炎様』は言い方が違うだけでどちらも同じ存在なんじゃないかっていう話」


「面白い――」その言葉が危うく出かけたが、ぐっと堪える。

 だが、堪えたところで結果というのは決まっているのだ。


 結局、千春はその廃精神病院に向かう事になるのであった。


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