#4



 引っ越しをしてから一週間――千春は篤の事を貸家に呼び出していた。


「事務所じゃなくてこっちに俺の事を呼びだしたって事は、なんか面白い事が起きた?」

「まあな」


 他人事だと思って、ワクワクした様子で聞いて来る篤にイラッとしたが、千春はこの一週間で起きた出来事を話し始める。


 あれ以降、夜になると時間を問わず家の呼び鈴が鳴るようになったのだ。当然だが、玄関を開けてみるとそこには誰の姿もない。


 それに加え、ラップ音――というよりは、家の壁を叩く様な音が度々聞こえてくるのだという。


「話を聞いてると、幽霊というか人でも出来そうだよな」

「…」

 楽し気に話す篤に、無言でテレビにカメラを繋げる千春。


 その様子にぽかんとしていた篤であったが、千春が何をしたいのか気付く。


 千春は、これらの現象が幽霊の仕業ではない事に気付き、玄関が映るようにカメラを設置して録画をしていたのだ。


 勿論、貸家に嫌がらせをしてくる何者かにバレない様にカメラは隠していた。



 その映像には、貸家の玄関が映っていた。

 辺りは闇に包まれ、周りからは虫の合唱が聞こえてくる。


 その音に紛れて微かに、貸家の呼び鈴が鳴っている音が聞こえてくるのだが、玄関の前には誰も居ない。


 数十秒後――千春が寝起きの表情で玄関を開け、外に出て辺りを捜索している姿が見える。暫くすると、千春の足音が近づいてきてカメラの映像はそこで終わった。



「え?誰も居なかったよな…?」

「居たぞ?」

「…は?」


 千春は映像を巻き戻し、ある場所で再生速度を遅くした。


 呼び鈴が鳴った直後、映像にはカメラを覗き込む女性の顔が映っていた。

 無表情な女性の顔――千春は勿論の事、篤にもその女性の顔には見覚えがあった。



「隣の奥さん…だよな?」

「だな」

 神妙な表情で聞いて来る篤。


 カメラの映像では一瞬ではあるものの、間違いなく隣人の女性の顔が映っていた。千春も最初はこの映像を見た時は混乱した。


 何故なら、隣人の女性は生きているはずだからである。


 ならば何故…?


 千春の頭にある言葉が浮かぶ――それは『生霊』だ。



 生霊――本人の強い念…つまり魂の一部が体から抜け出した、自由に動き回れる霊体のことである。ほとんどの場合、本人は知らずに生霊を飛ばしている。



「生霊って事なのか…?でもなんでこの家に?」

「それが分からないんだよな…直接本人に聞くのもおかしな話だろ?」


 仮に本人に聞いたとしても、本人が意図して生霊を飛ばしている可能性は低い。つまり、千春達が頭のおかしい人間だと思われるのがオチなのである。


 悩んだ挙句、もう一人の隣人である青山に相談するのであった。




 ◇


「それで相談って一体なんなんだい?」

 青山は不思議そうな表情をしている。


「今から見せる映像をまず見てもらっても良いですか?」

「映像?」


 言葉で言うよりまずは見てもらった方が早いと思った千春は、青山に例の映像を見せる。




「これって早坂さんの元奥さんだよね?え…でも、なんで?」

 映像を見終わった青山は、困惑の表情を浮かべながら千春たちに聞いてきた。


 だが、青山の言葉を聞いた千春たちも困惑する。


「え…?元奥さんって…今は旦那さんと一緒に住んでないんですか?」

「離婚してから早坂さんは息子さんと二人暮らしだよ?」

「いや、そんなはずは…」


 動揺している二人を見て、不思議そうな表情をしている青山に、千春は早坂に挨拶をしに行った際に、元奥さんが出てきた事を話したのだった。






「んー…二人とも見間違えるはずなんてないもんね。なんだか、ミステリー映画を体験しているようだよ。考えても分からないし、本人に今から聞いてみようよ」

「そう…ですね」


 青山は早坂と、たまにお互いの家で飲んだりする仲だと言う。そういう事もあり、青山は早速、早坂の家に向かうのであった。




 ◇


 千春の家にやってきた早坂は、四十代くらいの何処にでもいるようなおじさんといった見た目であった。


 お互いに自己紹介を済ませ、何故ここに呼ばれたのか分からない早坂は困惑の表情を浮かべていた。



「じゃあ、千春くんたちからは話しづらいと思うから、僕が代表して話を始めるよ。実はさ――」



 青山はこれまでの経緯を早坂に話し始める。


 話を聞いた早坂は疑いの視線を千春たちに向けるが、最後にカメラの映像を見せると「確かに妻…だな」と驚いた表情で呟いた。




「いきなり訳の分からない話を聞いて困惑しているかもしれませんが、それは俺達も一緒なんです。何か心当たりはありませんか?」

「心当たり…か。まずはそうだな――青山くんに嘘をついていた事を謝らなければならないな」

 そう言って、早坂は話し始めた。



 早坂は奥さんと本当は離婚をしていないのだが、一緒に暮らしても居ないという。

 では、なぜ離婚をしたと言っていたのかというと、奥さんが精神病を患い入院中の為、それを近所に知られたくないという思いから嘘をついたのだという。


 早坂は何故、奥さんが精神病になったかは明言しなかったが、その事が原因で奥さんが生霊を飛ばしているのではないかという事であった。


「そうですか。最後に一つ聞いても良いですか?」

「なんだ?」

「…●●だ」

「分かりました。奥さんに伝えてもらえますか?と」

「そう…だな。ありがとう」

 少し驚いた表情をした後に、早坂は苦笑いしながら言う。





 その後、早坂は自宅に戻って行ったのだが、千春は青山と篤に質問攻めにされていた。


「最後の話がいまいち僕には分からないんだけど」

「千春だけ納得してて腹立つわ」

「息子さんの名前を●●って言ってただろう?そこから推測すると――」

 千春はそんな二人に自身の推測を話す。




 奥さんが精神病になったのは早坂の話から推測すると、この家の男の子が亡くなった後である。


 奥さんはなんらかの形で、息子がいじめをしていたという事実を知ってしまったのだろう。それが、この家にあった息子のノートを見た夫婦が奥さんに言ったのか、奥さんが息子さんに聞いたのかは分からない。



 男の子の死因はいじめによる自殺ではないものの、奥さんは息子がイジメていた事に責任を感じてしまったのだろう。恐らく、その家族に対する負い目の念が生霊となって、今はもう住んでいない家族の住んでいた貸家を訪問しているのではないか――と。



「どの様な理由で生霊を飛ばしているのか本当の所は分からない。だけど、早坂さんの表情を見る限り、息子さんのいじめの件が関係してると思う」

「なるほどね…ただ結局のところ、原因はある程度分かったにしろ、根本的な解決にはならないんじゃないかな?」


「そうなんですよね」と千春は苦笑いするしかなかった。


 青山の言っている事は正しい――しかし、怪奇現象などの恐怖というのは原因さえ分かってしまえば、大して怖くなかったりする。



 だが、寝ている時の呼び鈴だけは迷惑過ぎるので、それだけは外しておこうと考えている時に、篤が余計な事を言ってしまう。



「前に住んでた夫婦の前から怪奇現象って起こってたんだろ?そっちの原因はなんなんだろうな」



 ピンポーン―――



 家の呼び鈴が鳴る…千春が玄関に向かうが誰も居なかった。

 果たしてこれは、奥さんの生霊が尋ねてきたのか、それとも元々この貸家で起こっている謎の怪奇現象なのか…真相は謎のままである。





【引っ越し先の怪異の究明】~完~



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