引っ越し先の怪異の究明

#1

 事故物件――「自然死や不慮の事故死以外の死」や「特殊清掃が必要になる死」が発生した物件のこと。 つまり、自殺や他殺が発生した物件や、が事故物件として取り扱われる。


 昨今、『宅地建物業者による人の死の告知に関するガイドライン』を国土交通省が策定した。


 これにより、「自然死」や「事故死」の場合、入居者に告知義務をしなくて済むようになった。今まで上記の理由で物件の価格を下げざるを得なかった物件も、無理に価格を下げなくてもよくなったのだ。


 ――ただし、『特殊清掃が入った場合に限り告知義務が発生』する。




 ◇


「これなんかどうよ?」

「却下」

「じゃあこれは?」

「篤…俺で遊んでるよな?」

 事務所に使っている室内のテーブルの上には、数々の物件の書類が並べられていた。


 廃村を訪れた後ストーカーに千春の自宅がバレてしまった為、千春は直ぐに引っ越しをする事にしたのだが、如何せん時期が悪かった。


 引っ越しシーズンという事もあり、人気の賃貸物件は何処も空いておらず、空いていたとしても、築数十年のお化け屋敷のような見た目の物件や、瑕疵物件ばかりだったのだ。


 一刻も早く引っ越しのしたい千春は、無駄に顔の広い篤に物件探しを頼んでいた。


「良い物件が見つかった」との報告を篤から受けた千春は、こうして篤が探して来た物件のチラシを見ていたのだ。


 だが、篤が探して来た物件はどれも、『心理的瑕疵物件』と書かれていたのだ。




「真に受けるなよ――今までの冗談だって」

 そう言って、一枚の物件のチラシをテーブルの上に広げた。


「真面…だな」

「だろ?不動産屋に無理言って探したんだぜ?」

 写真には平屋の一軒家が写っている。


 築三十年と古い物件ではあったが、昨年にリフォームしたばかりで外観はともかく、室内は綺麗な状態。


 広いリビングに和室と洋室、計三部屋の二LDKの間取り。


 駅から少し離れているのが気になるが、それに目を瞑れさえすれば中々の物件である。


「これで、家賃が四万?安すぎないか?」

「俺もそう思って聞いたけど、事故物件じゃないってさ」


 悩んだ末にこれ以上の好条件の物件は無いと考えて千春は、直ぐに不動産屋に向かい契約を済ませたのだった。



 ◇


 引っ越し当日――千春は篤と共に新しい新居に引っ越しをしていた。およそ百坪ほどの土地に平屋が建っていて、あまり手入れのされていない庭には草が生えていた。


 千春の性格上、あまり室内に物を置きたくないタイプの人間なので、引っ越しは短時間で終わる。


「引っ越しも終わったし、今日は引っ越しパーティーでもするか!」

「良いけどよ、あんまり騒ぐなよ?隣の家も近いんだし」

「分かってるって。けどよ、この家の隣の人は不愛想だったな」



 千春たちの貸家の両隣には一軒家が建っている。


 一応、挨拶はしておいた方が良いという事で、手土産を持って挨拶をしに行ったのだが、出てきた四十代くらいの女性の対応が不愛想――というより、少しおかしかったのだ。


「隣に引っ越して来たので挨拶に来ました」と手土産を渡しながら言った途端、ぎょっとした顔をして千春たちを見た後に、直ぐに玄関を閉められてしまった。



「まあ、世の中には色んな人がいるからな」

「確かに。千春の事をストーカーする様な奴も居るくらいだしな」


 そんな会話をしながら、近所のスーパーで買ってきた惣菜や酒をテーブルの上に並べていく。


 時刻は十八時――酒盛りをするのには丁度良い時間である。そんな時、天井から「ぎしぃ――」という音が聞こえてくる。


「ん?」

「どうした千春」

「いや、なんか天井裏から音が聞こえた気がする」

「マジ?動物か?」


 千春の言葉に興味を持った篤は、天井裏を探し出す。


 リビングの丁度向かいにある和室の襖を開け、上を手で押すと「がたっ」という音と共に板が外れて落ちてきた。


「おい、壊すなよ」

「あはは…ちょっと板が外れただけだって」


 誤魔化し笑いをする篤に大きくため息を吐いていると、篤はスマホのライトを点けて、暗い天井裏の中を覗き始める。


「何もな―――ん?」

「どうした?」

「いや、段ボールの箱が一つある」


 止めとけと言う千春の声を無視して篤は、天井裏に上半身を突っ込んで古い段ボールを持ってきてしまう。


「結構軽いな」

「ばっ――汚いだろうが!」

 古い段ボールの上には埃が溜まっており、篤はそのまま室内に置こうとして千春に怒られる。


 新聞紙を下に敷き、段ボールの中身を確認すると中には、家族写真が入った染みだらけのアルバムや『じゆうちょう』と書いてある古ぼけたノートが二冊入っていた。


「前の住人の持ち物かな」

 篤はアルバムの写真を見ながら呟く。


 その写真は両親と子供の三人家族の写真であった。

 奥にアルバムを捲るに従って、子供が成長していっているのが分かる。


 小学校の入学式にこの貸家の玄関の前で撮った写真――そして運動会の写真。どれもが、幸せそうな仲睦まじい家族写真であった。


「結構最近の写真じゃん」

 写真には今から約二年前の日付が記載されている。


 アルバムを見終えた千春は、ノートをぱらりと捲っていく――ノートの中には、子供が書いたであろう家族三人の絵が描かれている。


 それ以降、一冊目のノートには何も描かれていなかった。


 それで安心したのだろう――二冊目のノートを捲ってみると、子供の字でびっしりと文章で埋まっていた。


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