ある新興宗教での出来事

#1

 満開の八重桜が、雲ひとつなく晴れ上がった空を背景に、時折、花びらを散らせてくる。


 公園には連日のように花見をしに来る人々で賑わいを見せていた。そんな光景を千春は、編集用に借りたアパートの一室から眺めている。


「花見か…」


 自分が花見をしたのはいつだろうか。そんな事を考えながら、パソコンを開くと一件のDMが来ていた。


 DMを開いてみると、送り主は千春の中学の同級生であるサクラからであった。予想外な人物からの連絡に驚きつつ、内容を確認する。


 要約すると、俺達の動画を見て懐かしくなり、久しぶりにご飯でも食べながら話でもしないか。との事だった。


 中学の同級生とは言っても、そこまで接点があるわけでもないし、話した事など数える程。サクラとの唯一の思い出も、キャンプ場に一泊二日でキャンプをしたくらいしか、記憶に残っていない。


 悩んだ末に千春はサクラと会う事にする。クラスでも目立たない、どちらかというと地味で暗い印象の彼女が、自分に連絡を入れてくることに興味を覚えたからだ。





 ◇



 サクラから指定された場所は、千春が住んでいる近所のファミレスで、ランチでも食べながら話でもしようとの事。


 興味本位でサクラと会う事にしてしまったが、当日になると千春は会うのが面倒になっていた。


 しかし、流石に面倒という理由だけで断るわけにもいかない。ため息を吐きながらも準備を済ませた千春は、サクラが待っているだろうファミレスに向かう――





 休日ではあるが、意外にも店内は混んでいない。キョロキョロと店内を見渡すと、テーブルに座っている一人の女性と目が合う。



「千春くん…?」


 呟き声ではあるが、銀の鈴のような澄みとおった声がしっかりと千春の耳に届く。


 驚く千春。というのも、中学の大人しく影の薄そうな雰囲気は全くなく、テーブルに座っているサクラは流行りのファッションで身を包み、少し濃い目の化粧で明るい雰囲気の女性に変わっていた。


「久しぶり。中3以来か?」


「そうだね。急にごめんね?呼び出しちゃって。動画に千春くんが出てるのを見て、懐かしくなって連絡しちゃった」


 微笑みながら話すサクラの表情は、十分魅力的に見える。化粧一つでこんなに女性は化けるものなのだな、と感心しながらも会話をする――



 昼食も済ませ、そろそろ話す話題も少なくなってきたので、千春は帰ろうと思っていた時、突然誰かに声をかけられた。


「あら?サクラちゃんじゃないの。久しぶりね」


 その声の主を見ると、何処にでもいそうな中年のおばさんが、千春たちのテーブルに話ながら近づいて来る。


「立川さん。お久しぶりですね。あ、千春くん。この方は立川さんって言うの」


 何故、サクラがこの立川という女性を自分に紹介するのか、意味が分からなかったが、一応「千春です」と、挨拶だけはしておいた。


「サクラちゃんの彼氏かしら?」そう笑いながら何故か、千春たちのテーブルに座ってくる立川。


 正直、千春は帰りたかったので、「俺はもう帰るんで」と、言って席を立とうとするが、立川が「いいから、いいから。少し話でもしましょう」と、引き留めてくる。


 この女性と千春は話す事など何もない。むしろ、話が長くなりそうなので、話したくないくらいだ。


 そんな事を千春が思っているが、立川とサクラはそんな千春を無視し、話をし始める。


「千春くんは心霊動画の配信者なんですよ」


「あら!そうなのね。だったら私達の『先生』とも、気が合いそうね。良かったら今度、先生の講演があるから聞きに来ない?」


 先生?一体、なんの話をしているのか理解が出来ない。困惑しながらも話を聞いていると、どうやら千春は宗教の勧誘をされている事に気付く。


 サクラが俺に連絡をしてきた事――偶然を装い、俺達に近づいて来る立花と名乗る女性――宗教の勧誘――。


 頭の中で、一個一個の点が線でつながり始めた。


(そうか。俺はサクラに嵌められたのか)


 未だに立川の方は話続けているが、視線をサクラに向けると目が合う。その目からは千春を騙した事への罪悪感など、微塵も感じられなかった。


 千春は正直、宗教なんてはっきり言って興味がないし、入信する気などさらさらなかった。だからと言って、宗教自体を否定するわけでもない。宗教によって救われている人達が居る事も事実として知っているからだ。


 サクラや立川も宗教の教えによって救われたのかもしれない。恐らく、話してる内容からして、善意で千春を誘っているという事が分かる。




 自分自身が新興宗教の教えによって救われたから、自分と同じ苦しみを味わっている人も救われてほしい――


 もっともっと、世の中に自身が入信している新興宗教の素晴らしい教えを広めたい――


 千春が嫌がっている事にすら気付かず、善意の塊を押し付けてくる。



「――で、どうかしら?来週の週末に先生の講演があるからいらっしゃらない?」


「そうですね。一度、家に帰ってゆっくりと考えてみてもいいですか?決まったらサクラに連絡をしますので」


 千春は店内に視線を向けながら話す。正直、店内に居る客の棘のように降りかかってくる、好奇の目に耐え切れなくなっていたのだ。


 その事に気付いてくれたのか分からないが、やっと地獄の様な時間から千春は解放された――



 ◇



 このまま事務所で動画の編集作業、という気分にもならず、千春は花見客で賑わう公園のベンチに一人座っている。


 暖かな春の日差しの中、柔らかな風が吹くと、雪のように花びらが千春の目の前に降ってくる。そんな綺麗な光景を見ていると、先程の地獄の様な時間から一転して、天国にでも来たかのように思えていた。


 花見に来た家族連れの子供が舞い落ちる花びらを「きゃっきゃっ」と、はしゃぎながら掴もうとしている。この平和な時間がいつまでも続けば良い。そう思っていた時である。



 その時間を邪魔するかのように、ポケットに入れてあるスマホが、せっかちにブルブル揺れる。


 スマホの画面を見ると、篤と表示されていた。



『もしもーし。今何処にいる?事務所に来たんだけど、鍵忘れてはいれないんだよね』


「近くに居るからすぐ行く」


 普段ならば文句の一つでも言っていただろうが、この日は誰かに先程の話をしたい気分だった。電話口からは『お、おう?』という、戸惑った声が聞こえてくる。篤も口うるさく言われるだろうと、思っていたからだ。



 ◇




 事務所にしているアパートの一室に千春が向かうと、何処かよそよそしい篤が居る。その姿を不思議に思いながらも部屋の中に入っていく。


「なんかあった?」


 篤は自分に呆れて怒っているのではないか、そう勘違いしている。分かっているのなら、普段からもう少ししっかりとしてほしいのだが…。


「は?いや、あったというか…実はさ――」


 千春はそんなに態度に出てたか?と、苦笑いしながら先程の出来事を篤に話すのであった――



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