#2


「なーるほどね。久しぶりに会う友人とご飯を食べに行ったら、実は宗教の勧誘だったわけね」


「友人と呼べる程、仲は良くない。ただの中学の同級生だな」


「千春は結局どうするんだ?」


「断るつもりではいる。これ以上、話がややこしくなったら嫌だからな」


「いやいや、こんな面白そうな話を断るのかよ!新興宗教のえーと、『幸福の導き手』だっけ?聞いたことはないけど、教祖の面白い…ありがたい話を聞けるなんて滅多にないぞ?俺も行くからさ、一緒に行こうぜ」


 篤は真面目な顔で言ってるつもりだろうが、その顔には「面白そうなネタを見つけた」と、書いてある。


「なんで俺は篤に話してしまったんだ。完全に話す相手を間違えたわ…」


 千春はすっかり忘れていた。篤はこういう奴だったという事を。


 だが、同時に疑問に思う。篤に話せばこうなる事は今までの経験上から分かっていた事だ。ならば何故…?何故、自分は話してしまったのだろうか。考えても頭に霧がかかったように上手く思考が纏まらない。


「ふむふむ。ネットに幸福の導き手の元信者の話が書いてあったぞ。元はキリスト教から派生した宗教みたいだな」


 一旦、考えるのを辞めた千春は、パソコンで例の宗教団体について調べてる篤の元に行く。


「伝統的な神仏等を崇拝対象としつつも、事実上教祖が崇拝されていて、伝統宗教の教えを踏まえた上で、教祖による独自の教えが付け加えられている感じか。それに、この教祖は自分が不思議な力を持っているとか言ってるみたいだな」


「つまり、この宗教の信者にとっての『神』は『教祖』って事?教祖って言っても、ただの人間だろ?」


「自分が弱ってる時に救ってくれた人が居たなら、それが人だろうが悪魔だろうが、その人にとっては『神』なんじゃねぇの?」


「ふーん。そんなものなのか。後は気になるのが、霊感商法みたいなのもやってるみたいだな」


 ネットに書いてある元信者の話では、学生に対しても「会館を建てるのでお金を布施しなさい」と、教祖になんの効力があるか分からない、壺を買わされたという。


 怪しげな壺を買ったり、信者の布施の額によって前の方の席で、教祖のありがたい話を聞けるとの事。その他にも会員を増やす事で、前の席に座れるようになると書いてある。


 さらに、宗教自体が完全なピラミッド構造になっていて、教祖のことしか信じていない点。それに俺たちがすべて、という感じが強い。他の人は間違っている。だから自分たちが間違っている人を教えてやるんだと。


 自分たちは善で他の人は悪だという「二極原理」である事が文面から伝わる。




「これは面白い…興味深いな。この話が本当に真実かどうか、確かめてはみたくはないかね?どうだい千春くん」


 芝居っ気たっぷりの言い方で篤は言う。


 だが、ほんの少し興味が湧いてきたのも事実。千春は、サクラに友人と2人で向かう事を連絡した――



 ◇


 後日、指定された場所に向かってみると、そこは街中から少し離れた場所にあった。普通の人が見れば、公民館か?と、思うような建物だが、入り口には『幸福の導き手』と書いてある。


「この場所で合ってるみたいだな。とりあえず、中に入ってみるか」


 がらがらっと音を立てながら、曇りガラスになっている引き戸を開けると、広めの玄関がある。右手には靴をしまう棚があるのだが、置いてある靴の数からして、相当な数の信者が集まっている事が分かる。


 千春たちが引き戸を開ける音を聞きつけたのか、奥からこの間、千春の事を勧誘してきた女性、立川が歩いてきた。


「今日はご友人も来ると言う事で、皆も楽しみに待っていたのよ。皆に紹介する前に、この紙に記入してくれる?」


 作られたような笑みを顔に張り付けて立川は、千春たちに書類を記入するように言ってくる。


 何かの契約書なのだろうか。そんな考えが頭をよぎるが、渡された紙を見てみると、名前や住所を記入するだけでいいようだ。


 その事に安心しながらも一応、名前は本名を書いて、住所だけは適当な場所を千春は書いた。


 千春が書いてある住所が違う事に篤は気付いたのだろう。篤は素直に本名と住所を書いていたようで、その顔には絶望の色が差していた。


 そんな篤の表情が面白くて、千春は笑いを堪えるのに必死だった。


 書類の記入が終わるのを見届けると、立川は「それじゃあ、皆に紹介するわね」と、信者たちの元に二人を連れて行く――





 案内された部屋は畳が敷いており、壁には掛け軸らしきものが飾られている。室内には20人以上の信者たちが、頭や膝をついて部屋の一番奥にある祭壇に向かって祈りを捧げていた。


 言葉を一切発さずに、信者たちの衣服などが擦れる音だけが室内に響き渡る光景は、異様としか言いようがなかった。その中にはサクラの姿もある。


「大事なお祈りの最中にごめんなさいね。今日は以前に話した通り、私達の元に新しい方がご入信される事になりました」


 立川の言葉に信者たちは一斉に千春たちを見る。信者たちの表情は笑顔なのだが、張り付いたような笑みはどこか人工的に感じた。


 信者たちの異様な笑顔や視線に面をくらっていた二人だが、立川の言っていた『ご入信』という言葉を思い出す。


「あの、俺らは入信しに来たわけじゃないんですが」


「ふふ。今はそうかもしれないわ。でもね、先生のお言葉を聞けば必ずあなた達も『幸福の導き手』に入信するわ」


 さも当たり前のように言う立川に、怪訝な表情を浮かべる千春。どこからそんな自信が来るのだろうか。そんな事を思っていると、立川は続けて言う。


「先生のお話を聞く時には本来ならば、あなた達二人は一番後ろの席になるのだけれど、今日は特別に一番前の席を用意してあげるわ」


 誰もそんな事は頼んでないというのに、押しつけがましく言ってくる。正直言って、ありがた迷惑である。


 先生のありがたい話まで、まだ少しだけ時間があるという事なので、施設の中を案内してくれるらしい。


 この間、話をしているのは千春と立川のみで、信者たちは千春たちが室内から出るまで、あの張り付けたような笑みを浮かべながら見ているだけであった――




 ◇




 施設の中には先程の祈りを捧げる部屋と、先生によるありがたい話を聞く部屋がある。しかし、立川に案内された部屋はおよそ五畳くらいの部屋。


 その部屋には棚やテーブルが置いてあり、棚の中には怪しげな壺やお守り、御札の様な物が厳重に保管されている。


 その部屋を見た際に、この部屋に連れてこられた意味を察した。千春たちにこの怪しげな物を買わせるつもりだ、と。


 そんな事を思っていると、立川は白い手袋を嵌めながら、棚にある歪な形をした壺を取り出しテーブルの上に優しく置いた。まるで小学生が作ったと言われても分からない位、歪な壺を立川は「これは、幸福の壺よ」と、言う。


 長ったらしい言葉で説明をしていたが、幸福の壺について簡単に説明すると、どうやら千春たちには先祖から続く祟りで、このままでは不幸になってしまう。だが、この『幸福の壺』を家に置いておくことにより、祟りによる不幸を回避出来る、というなんとも胡散臭いものだった。


 こんな雑な説明で騙される人が居るのだろうか。そのくらい立川の説明は信憑性の欠片もない。


 だが、ここで千春たちに幸福の壺を買え、という事は言ってこない。説明が終わると立川はあの気味の悪い笑顔でじっと千春たちを見るだけであった。



 沈黙に耐え切れずに千春が言葉を発しようとした時、室内に以前嗅いだことのある甘い匂いが突然漂ってくる。篤に視線を向けた時である。「ぴきっ」という音の後に「からん」という音がテーブルの上から聞こえてきた。


 その音の方を見ると、テーブルの上に置いてある壺が真っ二つに割れていた。まるで、鋭利な刃物で切られたように壺の断面は綺麗だ。


 先程までの笑顔とは一転、割れた壺を見て驚愕の顔になっている立川。


「あ…あぁッ!!!先生がお作りになられた幸福の壺がッ‥‥何故こんなことに」


 そう言いながら千春たちを睨みつけてくる。


 千春たちからすればとんだとばっちりだ。テーブルから離れた場所に居る千春たちには、壺を割ることなど不可能である。それなのに何故か千春たちのせいだとでも言うかのように、立川は睨んでいる。


 そんな視線をよそに、千春は甘ったるい香りについて考えていた。


(またあの匂いだ。あれが香ってきてから壺がいきなり割れた。この匂いと壺が割れたのには何か関係があるのか?)


 その時、アマネの言葉が頭に浮かぶ。




『今度は別の女が憑いてるわよ?それもとびっきりのが』





 横に居る篤の方にぱっと視線を向けると、未だ立川に睨まれているというのに、興味深げな表情で壺を見ている。その表情から察するに、「面白い事が起きたぞ」と、いったような顔をしていた。


「いきなり割れましたね。もしかして、元から壺に亀裂とか入ってたんじゃないっすか?」


「そんなわけないでしょう!これは先生が念を込めて作られた幸福の壺なのよ!?簡単に壊れるわけがないでしょう!」


 金切り声をあげる立川に篤は、何処か馬鹿にしたような声色で、「でも実際に割れてますけど」という。


 その通りなのだが、良くこんな雰囲気でそんな態度を取れるな、と感心する千春であったが、流石に室内の雰囲気が険悪になってきている。


 千春たちがやったという明確な証拠はない。だが、千春たちがこの部屋に入ってから壺が割れたのだ。はっきり言って言いがかりも甚だしいのだが、千春は恐らく自分達、というよりも篤に憑いている女の仕業だと感じていた。


 場の雰囲気を変える為に千春は切り出す。


「そろそろ先生が見える時間ではないのですか?」


 室内の時計に目をやると、9時50分。10時から先生によるありがたい話が始まるという事だったので、そう言うと立川は慌てたように、千春たちを部屋に連れて行く――




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