彷徨う女の子
#1
その日、篤は自室のアパートで一人、休日を満喫していた。決してアルコールに強いわけでもない篤だが、その日はなんだか飲みたい気分だった。というのも、前日に会社の上司と意見の衝突をしてしまい、ストレスが溜まっていたのが原因だった。
「思い出してもイライラするわ…あのエロハゲ爺」
持っていた酒を喉に流し込もうとするが、いつの間にか空になっていた。まだ飲み足りないが、冷蔵庫の中には酒がない。
「しょうがない。コンビニにでも買いに行くか」
篤の自宅から徒歩15分くらいの場所にコンビニがあるので、気分転換もかねて向かう事にした。
まだ、四月の半ば。玄関のドアを開けると少し冷たい空気が篤の肌を撫でる。周りには住宅や少し古いアパートが立ち並んでいる。夜も深いせいか、しんとした静寂が辺りを包んでいた。
外灯が道を照らす中、篤はほろ酔い気分でコンビニに向かっている。
すると、前方に公園が見えてきた。
その公園を見た際に、篤はこの公園に纏わる怖い話を思い出す――
この公園には昔から赤いランドセルを背負った、少女の霊が出るという話なのだが、意外かもしれないが、篤はあまり信じてはいなかった。
というのも、その少女がブランコに乗っている姿を見た人は居るものの、少女に話しかけた人の話は聞いたことが無いからだ。
夜の公園に少女が居る…確かに普通に考えれば明らかに異常。幽霊だと勘違いをして、怖くなって逃げたくなるのも分かる。
だが、幽霊ではなく人間の可能性もあるわけなのだから、自分がそのような場面に遭遇した時は、絶対に放っては置けないと篤は思っていた。
そんな事を思い出しながら、何気なく視線を公園に向けると、女性が公園の中を歩いている後ろ姿がチラッと見える。
「こんな時間になにやってんだ?」パーカーのポケットに突っ込んでいるスマホで確認すると、午前0時12分。
視線を公園に戻すと、もう女性の姿は見えなくなっていた。自分の見間違いなのだろうか…そんな事を考えながら公園に近づいて行く。
住宅街の片隅の公園は、遊具や砂場のある場所と、その奥の雑木林がセットになっている。日中は子供たちでにぎわう公園も、夜になると不気味な程静まり返っている。水銀灯の無個性な光が、ぶらんこや滑り台や砂場、公衆便所を照らし出している光景は少し気味が悪い。
篤が公園の傍まで来ると、きいっ、きいっ、きいっ…金属のこすれあう規則正しい音。錆びた鉄のぶらんこが揺れる音が篤の耳に聞こえてきた。
こんな時間にだれだ?さっきの女性?そう思い、公園の入り口から遊具がある場所に目をやると、女の子が下を見きながらブランコをこいでいた。
「うわっ…」
静まり返った夜の公園に、一人で居る女の子を見て驚き固まってしまう。
見た者にしか分からない、非日常的な光景。薄明りに照らされているせいなのか、少女の表情は悲し気に篤の目に映った。
幽霊なのか?それとも人間なのか?もし、後者だとしたら放っておくわけにはいかない。意を決して公園の中に一歩踏み出す。
そこで気付く。先程、公園の中を歩いていた女性は、この子の母親なのではないか、と。
ブランコに乗る女の子に近づきながら、広くもない公園を見渡していたが、公園に居るのはやはり女の子1人のようだ。
「こんばんわ。こんな夜中にどうしたの?お母さんかお父さんは近くに居るの?」
子供からしてみれば篤は知らない大人だ。怖がらせないようにしゃがみ込み、にっこり微笑みながら優しい口調で話しかける。
篤の存在に女の子は気付いたのか、ゆっくりと俯いていた顔を上げる。公園の灯りに照らされた少女の顔は、頬に影が差し酷くやつれている顔をしていた。
「お兄ちゃんはだぁれ?」
少し顔を強張らせながら女の子は聞いてくる。
「お兄ちゃんは篤って言うんだよ。君はなんていう名前なの?」
警戒しながらも、話してくれる女の子にほっとしながら名前を聞くと、「サチ」と、小さく呟いた。
「隣のブランコに、お兄ちゃんも乗っても良い?」
こくん。と、うなずくサチを見てから、篤はブランコに座る。篤は内心、この女の子が幽霊だったらどうしよう。そう思っていたのだが、こうして話せる事から普通の女の子だと分かって安堵していた。
だとしたら尚更、この女の子が一人で公園に居る理由が気になってくる。サチの事をよく見てみると、服は少し薄汚れ、履いている靴もボロボロである。篤の頭に
「それで、サチちゃんはどうして公園に一人で居るの?」
篤の問いを聞いたサチは俯き、悲しそうな表情をした。
いきなり直球過ぎる質問をしてしまい、しまった。と、篤は思った。暫しの沈黙が訪れた後、サチはぽつぽつと話し始める。
「いつもはママが500円をテーブルに置いてくれてるけど、今日は置いてなかったの。お腹が減ったから、お水を一杯飲んで寝たんだけど、やっぱりお腹が空いて起きちゃって、寝れなくなっちゃったから公園にきたの」
篤はサチの言葉を理解するのに時間がかかった。明らかにこの女の子は
サチの言葉を理解し始めた時、篤はなんともいえない怒りがこみ上げてくる。
こんな幼い子供を一人にするなんて…親は一体何をしてるんだ。だが、こんなことを思っていても何も解決はしない。
どうしようかと、悩んでいる時に一人の友人の顔が浮かび上がってくる。
「サチちゃん。お腹空いてるよね?今、お兄ちゃんのお友達に何か買ってきてもらうから、何か食べたいものはある?」
「いいの?…甘いメロンパンが食べたい」
「分かった。じゃあお友達に電話してくるね」にっこりとサチに微笑みながら、スマホで電話をかける。
数回のコール音が鳴った後に、千春は寝起きの不機嫌そうな声で電話にでた。
「こんな時間になんだよ…」
「いや、実はさ――」
篤は今の状況を千春に説明する。
「そうか。色々言いたいことはあるけど、とりあえずそっちに向かうわ」
千春に任せればなんとかなる。そう思い篤は、サチと会話をしながら千春の到着を待つのであった――
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