#2

「ここの家だよな」


「そうだな。貰った写真と一緒だからこの家で良いと思う」


 写真を見た時は画質などの関係もあり、新築という事に気付かなかったが、直に見てみると何処にでもありそうな綺麗な新築の家という感じだった。


 およそ、80坪の土地に二階建ての家と、庭には車が2台置けるカーポートがある。

 一見するとこの家に幽霊が出るとは誰も思わないだろう。


 千春たちはカーポートに車を止め、玄関のカギを開けて中に入ってみる。


 家の中は黄昏のように暗い室内。四月も半ばだというのに、家の中は冷え冷えしていた。冬のあいだに浸み込んだ冷たさがまだ居座っているかのようだ。その家がそこを訪れる誰をも歓待するまいと堅く心を決めてから、ずいぶん長い歳月が経過したように見える。


 そんな異様な雰囲気を放つ家に気付いているのか分からないが、篤は「お邪魔しまーす」と、間延びをした声でずかずかと家の中を探索し始めた。


「一階はリビングに和室の二部屋で、二階が子供部屋が二つに夫婦の寝室が一つだな。見た目は小さく見えたけど、結構中は広いんだな」


「呑気に家の中を探検なんかしてないで、撮影の準備を手伝えよ」


「へーい」という間の抜けた篤の返事に、若干の腹ただしさを感じながらも千春は黙々と撮影の準備を行う。


 ◇


「よし。準備はできたな。それで、撮影はどんな感じでやる?」


「そうだな…」


 この家で起きた怪異現象をまとめてみると、


 ・三歳の息子が「知らない人が家に居る」と言い始める。

 ・二階の子供部屋で息子がおじちゃんに足をつねられる。

 ・一階のリビングでテレビを見ている時に、息子が「おにいいちゃん、これ面白いね」と誰も居ない場所に向かって、言い始める。

 ・夜に息子がおばあちゃんに首を絞められる。

 ・キッチンの食器が突然動きだし床に落ちて割れる。


「息子は少なくても、三人の幽霊を視ている事になるのか。それと、怪奇現象は家の中でなら何処でも起きるみたいだな」


「一応、子供部屋とポルターガイストが起きたリビングに別れて検証でもしてみるか?千春は感じる場所とかあるか?」


「…」


「千春の無言程怖いもんはねぇな。はいはい。俺はいつも通りにしてればいいんだろ?」


 この二人の付き合いは長い。千春が言うのを躊躇ってる時に、無理矢理聞き出して良い事なんて一つもなかった。そんな自身の経験もあり、千春に無理に聞き出そうとはしなかったのだ。


 異様な雰囲気を放つ室内ではあるが、千春はまだには何も感じてはいなかった。


 だが今日、篤と最初に会った時に感じた小さな違和感。まるで、喉に刺さった小骨のように心に引っかっていた事がある。


 何処かで嗅いだことのある匂い。まるで、女性の風呂上りの様な甘い香り。そんな匂いが篤からほんのりと漂って来ていた。


 最初は千春も篤に彼女でも出来たのか?と、あまり深くは考えていなかった。しかし、篤が家の中に入った瞬間に木材のいい香りであった室内が、気だるい眠りを誘うような香りで充満したのだ。


 それも、篤はその匂いに全く気付いている様子はなく、今も呑気に大きな欠伸をしている。


 さざ波のような嫌な予感を感じつつも、千春は撮影を開始する事にする。


「最初に俺が一人検証を30分やるから、篤は俺の後に一人検証して」


「りょーかい」


 ◇



 周りには当然、住宅があるので騒ぐのは勿論の事、灯りも極力使わないようにしていた。


 家の中は引っ越し業者に頼んだようで、物は何一つ残っていなかったのだ。


 つまり、カーテンすら無いということだ。流石に夫婦に許可を貰っているとはいえ、住宅地に住んでいる住民は千春たちが撮影をしている事など知らない。誰も住んで居ない住宅から夜中にライトの明かりが漏れていたら、要らぬ誤解を与えてしまう。


 下手をすれば、警察に通報されて面倒な事になる。その為、灯りは窓から差し込む月明かりのみである。



「じゃあ検証してくる」


 玄関を開けて中に入る千春。室内は、先程とは違い空気が重みをもっていて、四方から圧し縮まってくるような息苦しさを感じる。


 沈黙が辺りを包む中、赤外線カメラの映像を頼りに千春はリビングで一人検証を開始した。だが、ここである事に気付く。


「甘い香りが消えてる…?」


 先程まで、家の中に充満していた匂いは消え去り、今は木材の良い香りだけがしていた。やはり、あの匂いの元は篤からのようだ。


(篤が香水でも付けてるのか?匂いからして男が付けるような香水じゃないよな。明らかに女性物の匂いがした。じゃあ、彼女の香水の匂いが服に付いた?いや、そもそもあれ以来、篤に彼女なんか出来てないもんな…)


 撮影中にもかかわらず深い思考の海に沈んでいた千春だったが、二階からの物音により我に返る。


 トン――トン―――トン―――


 最初に軽い足音が聞こえたかと思うと、


 ドンッ――ドンドンッ――


 荒々しい足音が後に続くように聞こえてきた。


 まるで、逃げる子供を追いかけるような大人の足音に聞こえた。その直後に、


 ゔゔぅぅぅ―――


 という、何枚かのフィルターを通したみたいな、小さくくぐもった老婆のうなり声の様なものが聞こえると、ぱったりと音はしなくなった。


「音がしなくなったな…一応、確認をしに行くか」


 つい今しがた、誰も居ないはずの二階で通常ならばありえない足音と声がしたというのに、表情すら変えずに二階を確認しに行くと言う千春。


 正直、この男は狂ってる。普通ならば悲鳴を上げて即座に逃げ出してもおかしくはない状況…そんな千春たちだからこそ、短い期間で登録者数が増えたのであろう。




 千春の階段を踏みしめる音だけが、静まり返った室内に響き渡っている。階段を上った先には大きなクローゼットが開け放たれており、左手に子供部屋が二部屋。右手に寝室がある。


 どの部屋もがらんとしていて、音が発する用な物はない。暫く二階に滞在してみたが、薄っすらと何者かの気配を感じはしたが、その後は特に何も起こらず篤と交代する事になった。

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