怪奇の家

#1 

 ――最初は三歳になる息子の言葉が始まりでした。「知らない人が家にいる」と、私達以外居ないはずの家でそう言ったんです。


 最初は、まだ幼い息子の言うことなのであまり気にも留めませんでした。でも、この日から不思議な事が始まりました。


 子供部屋で息子が1人で遊んでいた時に、突然、息子の大きな泣き声がしました。私は驚いて駆けつけ、子供を抱きかかえて聞きました。「どうしたの。大丈夫?どこかにぶつけたの?」


 最初は痛みからか足を抑えながら泣き叫んでいた息子でしたが、暫くすると落ち着いて私に何があったのかを話してくれました。「おじちゃんがぼくをつねったの」と。


 別の日は、息子と朝の教育番組のテレビを見ている時でした。「これおもしろいね」と誰もいない方を向いて息子が話しかけていました。

「誰と話しているの」と私が尋ねると、「おにいちゃんだよ」と不思議そうな顔で答えます。

 さすがに私も息子の言動が怖くなったのもあって、息子が寝静まった後に会社から帰宅した夫にこのことを相談しました。


 夫は、仕事で疲れているからなのか、私の話をあまり真剣に聞いてくれず、「小さな子供にはよくあることだろう」と、そう言うので、しばらく様子を見ることにしましたが、数日後に放っておけない事件が起こりました。


 その夜、夫が会社から帰宅したのは22時を過ぎたころでした。いつもの様に先にシャワーを浴びて、二階に下着を取りに行った時の事です。


 その時二階から「おい、どうした!大丈夫か!?」と夫が叫ぶので、慌てて私も見に行くと、布団に横たわったままの息子は、顔が青ざめ、手足を苦しそうにばたつかせていました。


 夫は子供を抱きかかえ、落ち着かせて話を聞きました。すると、「おばあちゃんが、ぼくのくびをしめたの」そう言う息子の声は、明らかに恐怖に震えて、息子の首には手の痣が薄っすらと浮かび上がっていたんです。


 しばらくして泣き疲れた息子は、夫の腕の中で、ようやく寝息を立てはじめました。「一体これはどういう事なんだ‥‥‥?」と、息子の身に起きた事を一階で夫と話をしていたその時です。「バタン」と突然、二階にある子供部屋の扉が音を立ててひとりでに閉まりました。


 その直後、「ガシャン」という音と共に、キッチンの食器が勝手に落ちて砕けたのです。



 夫と目があった瞬間、夫が叫んだんです。「家を出よう」と。


 それ以来家に戻るのが怖くなってしまい、私たちは家に戻っていません。事情を不動産屋に話したのですが相手にしてもらえず、結局、その家を売りに出す事にしました――


「まだ売り物件になるまで一週間はありますので、良かったら検証してみませんか。こういうDM来てるんだけど、行こうぜ千春!!」


「即決かよ。忘れたのか?DMで指定された場所に行って散々な目に遭った事」


「いや、そうだけどさ。今回は大丈夫な気がする!」


 その自信が何処から来るのか分からないが、こうなった篤ははもう止められない。


「はぁ」と、小さくため息を吐きながら千春は、自分たちの元に来たDMの送り主と会う約束をする事になった。



「それにしても俺達も有名になったもんだよな。嬉しいっちゃ嬉しいけどさ、有名になると、廃墟の所有者に一々許可を取らなくちゃいけないから面倒だよな」


「どの口が言ってんだ?俺が全部やってるんだろうが」


「あはは…そんな怒るなって。でもさ、こうやって心霊スポットの情報とか募集すると結構来るもんだな」


「情報提供は結構助かる。せっかく廃墟に入る許可を取っても、何もない事なんかしょっちゅうだから、労力に見合わないんだよな…情報だけじゃなくて、曰く付きの物まで送られてくるけどな」


 大きく背伸びをしながら千春は篤を睨みつける。


 何故、千春が篤の事を睨んでいるかと言うと、登録者数20万人を記念してライブ配信をする事にしたのだ。


 その際に調子に乗った篤が「曰く付きの物も、どしどし送って下さいね!」と、言ってしまったからだ。そのせいで、千春が動画の編集作業をする為に借りた一室に、視聴者から送られてきた『心霊写真』や『呪物』で一杯になってしまうという出来事があった。


「いや、なんというかだな。殺風景な部屋だったし…ほら!日本人形とか飾る事によって部屋が華やかになるだろ?」


「篤はこの部屋の状況を見て華やかになったと本当に思うのか?そこら辺の事故物件よりこの部屋の方が怖いわ」


「これが本当の事故物件だな」


 篤のくだらない話に付き合う事が面倒になった千春は、先程届いた視聴者から送られてきた段ボールの中身を確認する事にした。


 配達されてきた段ボールの中身はやけに軽かったな、そんな事を思いながら中身を見てみると、中には四つ折りになったメモ紙と小さな石が入っている。


『呪物です』


 余程急いでいたのか、殴り書きの様な文字でただ一言メモ紙に書いてある。


「はぁ。篤のせいでこんなゴミも送られるようになっちまったじゃねぇか」


「それは悪かったって。まさかこんなに送られてくるとは思わなくてさ。その辺にあるような石だし、捨てたら良いんじゃね?」


 捨てるかどうか悩んだ千春であったが、メモには『呪物です』と、書いてある事から捨てずに部屋に置いておくことにした。


 ◇


 例のDMの送り主とアポを取る事に成功した2人は、週末に依頼主の元に会いに行くことになった。


 高速で片道2時間の距離。指定されたファミレスに着くと、依頼主である奥さんと旦那さんが待っていた。


 お互いに挨拶をして、例の家の鍵と場所を教えてもらい、検証が終了したら連絡する旨を依頼主である夫婦に伝えて、早速問題の家に向かう事にする。



「奥さん、やつれてたな」


「建売で買った新築住宅でそんな事があったらやつれもするだろ」


「あッ!!」


「運転中にデカい声出すなよ!危ないだろうが…それでなんだよ」


「いや、ずっと頭に引っかかってた事があるんだけどさ、今の千春の言葉でようやく気付いたわ。新築住宅なのになんで幽霊が出るんだ?」


 千春も篤の言葉でようやくその事実に気付いた。確かにファミレスで夫婦と会話した時にと話していたのだ。


「新築なのに幽霊、か。つまり、土地自体に何かあるとか?」


「その可能性もありそうだよな。付近の住民に聞き込み調査でもしてみるか?」


 その言葉に悩んでいるうちに、カーナビの音声が車内に響き渡る。


 着いた場所は、国道から一本外れた場所にある住宅地だ。近年に土地を分譲したのだろうか。あたりには新築であろう一戸建ての家が建ち並んでいる。


 少なく見積もっても20件以上はありそうである。付近の住民に話を聞こうにも、恐らく昔からここに住んでいる人達ではなく、新しくこの分譲地に越して来た人達であると考え、二人は聞き込みを断念する。


 ゆっくりと車を走らせながら探していると、すぐに目的の家を見つける事が出来た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る